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第三部 お腐れ令嬢
Episode44.第二皇子とワンコくん
しおりを挟む「暇だなぁ」
即位式が始まるちょうど数時間前──
控室のソファに寝転がりながら、気怠げに白金の前髪をかきあげる青年の姿があった。年齢は19ほど。皇族の証でもある白金の瞳を細め、小さなあくびをする彼の名前はカルロス・アスク・ロヴィニッシュ。
第二皇子である。
「ねぇワンコくん、即位式なんて途中で抜け出してさぁ、外で俺と遊ぼうよ。お堅い式をずっと見てるのも飽きたよ、それより体を動かしたい。俺と剣で打ち合おう? フェルベッド兄さんがいれば俺いらなくない?」
「耐えてくださいカルロス殿下。式に参加して、適切なタイミングでお言葉を発する。これも大事な公務の一つでしょう」
ワンコくん、そう呼ばれて嫌そうに声を発したのは赤銅色の髪を持つ青年だ。
豪奢な正装を纏う第二皇子に対し、こちらの青年は誉れ高い騎士団の正装。血と鉄でもって帝都を守り抜くという騎士公爵の紋章が、胸元で輝いている。
普段、皇族や皇宮の警護を取り仕切っているのは皇宮近衛隊と呼ばれる皇族直属の組織なのだが、こたびの即位式では人手不足ということもあり、騎士団も警備に全面協力している。
そんな騎士の一人──それも魔獣討伐部隊という精鋭集団たる『第七師団』の一員であり、シェルアリノ騎士公爵の嫡男でもあるオルフェンは、眉間を指で抑えながら嘆いた。
「いい加減、皇子権限を使って僕を呼び出すのやめてくれませんかねっ!? 側近でも執事でも侍従でもなんなら専属近衛騎士でもないんですけど!?」
「え、ダメ?」
「ダメに決まってるでしょう!? 本来あなたの傍に控えるべきは皇宮近衛隊の方で、その役割をぶん捕ってるんですよ。……ほら、殿下の傍に控えていた眼鏡の彼に、さっき睨まれたんですって。今はいないですけど」
だいいち、オルフェンは魔獣を討伐するのが仕事であって、誰かの傍にぴったり張り付いてボディガードをする役割ではない。シェルアリノ次期騎士公爵の身分からすると、その時の気分で第二皇子に呼び出され、暇つぶしの剣の打ち合いや雑談に付き合わされるのは、いい迷惑なのだ。
だけれども、肝心のカルロス皇子は至って気にしていない様子である。
「オルフェン」
「はい」
「俺はね、インテリ眼鏡よりワンコくんみたいな面白い奴が好きなの。あいつ、俺が抜け出そうとしたらストーカーみたいに追いかけてくるの。キモいでしょ」
「そりゃ護衛対象の傍から離れたらダメでしょう!? あと事あるごとに抜け出さないでくださいね!?」
カルロス皇子の専属護衛といえば苦労人として有名である。肝心の護衛対象がいつもフラフラ歩きまわり、探すのが大変だと嘆いていた。
「やっぱ俺好きだわぁ、ワンコくんのこと」
カルロスはぷっ、と吹き出して笑い転げた。
「男に好きになられても全然嬉しくない。女の子からのアプローチだったら大歓迎だけど。あとなんでワンコ扱い……」
「おいでって言ってくれたら文句言いながらやってくるじゃん。あと見た目がワンコっぽいし、可愛いからいいでしょ」
「僕ってそんな犬顔……?」
ほっぺたをペタペタと触るオルフェン。
そういえば、と、カルロス皇子がソファから起き上がった。
「前夜祭でフェルベッド兄さんが、例の《黒蝶の姫君》と接触していたね」
「陛下がロサミリス嬢に?」
「そ。《黒蝶の姫君》ことロサミリス・ファルベ・ラティアーノ。ただの伯爵令嬢かと思いきや、騎士団がその実力を惚れ込んだ稀代の剣豪、サヌーンルディア次期伯爵を兄に持つ。しかも、婚約者はロンディニア公爵の嫡男であるジークフォルテン次期公爵」
本人に大した実力がなく、周りの人間が優秀なだけなら、カルロス皇子も気に留めることはなかっただろう。しかし、この令嬢はそうではなかった。
「騎士団の事務部に入ってすぐ、権力にあぐらをかき怠慢だったオーダイン男爵令嬢に接触。本人の改心させ、真面目に働くように仕向けた。これ、簡単そうに聞こえて全然簡単な事じゃない。しかも、事務部の内部的な問題──貴族が平民の職員に仕事を押し付けるという行為に気付き、事務部の改革に踏み出した。そして実際、その改革は成功。事務部の雰囲気改善に繋がったと聞いている。そのときの彼女はわずか13歳、凡人に出来る事じゃないよね」
「よくご存じですね、殿下」
「騎士団本部は皇宮から目と鼻の先にあるからね」
「なるほど。さすがですね」
小さく頷いたオルフェンに、カルロス皇子は「まだあるよ」と得意げな顔をしてみせた。
「気になって調べてみたけど、彼女には姉がいるんだね。ロゼリーヌ家からきた養女のビアンカ。最初はかなり性格が悪くて、婚約者を奪おうとしていたらしいじゃないか。でも彼女は、そんな姉を追放するわけでもなく、淑女の教えとしてダンスやら何やらを徹底的に指導し、清く正しい淑女に更生させた。びっくりしたなぁ、この事実。まさかこんな面白い令嬢がいるなんてさ」
ロサミリスがビアンカを更生させたのもエルダを改心させたのも、そんな崇高な理由ではなく『やられたらやり返した』という超絶わがままな理由なのだが、そんな事など知るはずもないカルロス皇子は、ロサミリスをやり手の令嬢だと認識した。
にっ、とカルロス皇子は口角をあげる。
「口だけなら何とでも言える。大事なのは結果だ。──ロサミリス嬢か。あのじゃじゃ馬姫を更生させるために皇宮に来るっていう話だったら、どっかのタイミングでちょっかい出せるかなぁ」
そこに、ドタドタと大きな足音を立ててカルロス皇子の専属近衛騎士がやってきた。
「殿下! いつまでサボっておられるのですか、そろそろ会場に入っていたかがないと、困ります!」
銀縁眼鏡をかけ、サラサラの黒髪を持つカルロス皇子の専属近護衛。
インテリ眼鏡と言われても気にしないのは、二人に信頼関係が築かれているからだ。こんな風に皇子として皇子としてみっともない姿を見せるカルロス皇子だけれど、やるときはきっちりする人物。ただその『やるとき』までのスイッチ入りが遅いだけである。
「えーもうちょっといいじゃんー。ほら、いまワンコ君とお話し中だしー?」
「ダメです! あなたは第二皇子……いえ、即位式後は皇弟として陛下を支える立場になるのですよ!! もっと毅然とした対応で式に臨んでもらわないと、下の者への示しがつきません!」
専属近衛の彼が、カルロス皇子の後ろ襟を掴んだ。
「申し訳ありませんオルフェン様。どうぞ、持ち場に戻ってください。あとはこの、ズリッチめが殿下をお連れ致しますので」
「あ…………はい。これはご丁寧にどうも……」
「仕方ないなぁ。ごめんねぇワンコ君、持ち場に戻って? 俺行くわー。じゃねー」
「行ってらっしゃい……?」
引きずられながら部屋から出ていくカルロス皇子は、へらへらと手を振っていた。
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