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高橋 かなえ
9 あたしのためにしてくれたこと
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約束の土曜日はあっという間にやってきた。
場所はいつもどおり由美子の家のキッチンで、お昼をすませてから集まろうという話になっていた。
学校の違うあたしたちは、結局当日まで一度も集まることができなかった。習い事や塾。それから部活。中学生の放課後は忙しいのだ。
追加の材料は由美子のママがそろえてくれた。
——当日家族は出かけてるから、気兼ねなく作れるよ——
由美子のこのラインには驚いた。大人がいないのに入っていいんだ。
部屋に遊びに来るだけじゃない、キッチンも使うのに。うちのママだったらそんなの危ないって、絶対オッケーしてくれない。
なのに由美子は、IHだし使い慣れてるから大丈夫だよって、なにも問題に感じていないようだった。
家族は足を痛めたおばあちゃんのリハビリを見学に行くので、忙しいんだそうだ。
由美子は信頼されてていいなぁ、なんて思ってたんだけど。
さっきから三度もチャイムを押しているんだが、由美子は出てこない。
ガレージには車がなく、どの部屋の窓もカーテンが引かれている。人のいる気配が感じられない。
おかしいな。もう一時半になろうというのに、杏も凛花も誰もいないなんて。
思いちがいがないかグループラインを見直し、もう一度チャイムを押そうと手を伸ばす。
すると、とつぜん後ろから冷たい指にまぶたをおおわれた。
「だぁーれだ」
由美子は絶対こんな子どもじみたことはしない。ちょっとだけかすれた音の入る、いたずらなこの声は……。
「もう、凛花でしょ」
あたしの声に手の主は体を震わせて笑い出した。ちがう。この笑い方は、杏だ!
ふり返ると杏の後ろに得意げな凛花の顔があった。
「残~念でした」
「かなえ、たーんじゅーん」
凛花が得意げにハズレをつげると、杏がバシバシ肩をたたいた。
真面目に答えたあたしがバカだった。このひきょうもの。だれが声の主と目かくしの相手がちがうと思うもんか。
「ずるいな。っていうかあんたたち、もしかしてそろってどっか行ってた?」
バッグのほかに二人の肩にはエコバッグがかかっている。あたしが見ているとわかると、杏はいまさら隠すようにバッグを後ろに回した。
「えへへ。ちょっとそこまで」
「サプライズだよ」
「えっ、それ言っちゃったらサプライズになんないんじゃん?」
凛花の発言に杏がダメ出しをする。突っ走る二人の後ろから由美子がもうしわけなさそうに顔を出した。
「待たせてごめんね。急に必要だってことになって、急いで行ってきたの」
「それならそうと、ラインしてよ。なに買ってきたの?」
あたしの質問に杏がすぐさま反応する。
「ヒ・ミ・ツ」
「必要だけど、リストに上がってなかったものだよ」
「また、凛花は。よけいなヒント出す」
杏に注意されても、凛花は痛くもかゆくもないって顔でニヤニヤしている。その隣で由美子も苦笑する。
どうせ二人が無理を言って引っ張り回したにちがいない。
由美子が家の鍵を開けると、凜花はあたしの背中を押した。
「ま、いいから、いいから。さあ、入ったぁ」
「ここ、凜花の家じゃないじゃん! ずうずうしいな」
この家の住人の由美子はとびらを押さえてみんなが入るのを待っている。
「入ったらリビングで待ってて。まだ道具の準備ができてないの」
「了解。じゃ、おじゃましまーす」
あたしの背中を押していたはずの凛花が最初に飛びこみ、その後ろに杏が続いた。
「あー、由美子んちのにおいだ。なつかしいな。ぜんぜん変わってなーい」
杏のえんりょのない声が上がり、変わってないのはあんたたちのほうだよ、と心の中でつぶやいた。
見た目はちょっと大人びたけど、中身は小学生のまんま。
凛花なんか変なテンションになってろうかでおどってるし。
玄関に置かれた細いヒールの靴を横目に、あたしはぼろぼろのハイカットシューズを少し離れた場所にそろえた。
「適当にくつろいでてね」
玄関の鍵を閉めた由美子はリビングに顔を出し、そのままキッチンに向かった。
あたしも手伝うよと顔を出すも、困った顔の由美子を見て、人の家の引き出しを他人が勝手に開けてまわるわけにはいかないか、と思い直す。
杏があたしをつかまえてリビングに引きずりこむ。
「ほら。かなえはこっち」
「ジャーン。サプライズ大公開! 今日は、私たちが奥手でシャイなかなえをおしゃれに大変身させてあげようと思って、色々持ってきたよっ」
凛花はエコバッグの中身をガラスのローテーブルの上にひっくり返した。ヘアスプレーやワックス、くしに自立式の鏡までヘアスタイリングに使うあらゆるものが転がり出る。
「ちょっと凛花。そんな雑にあつかったら壊れるよ?」
「大丈夫、大丈夫♪ いいから、ほら。座って」
杏の注意を流して、凛花がテーブル前のソファーを強引にすすめる。
「もう。家具に傷つけたりしたら、二度と由美子んち使わせてもらえなくなるんだからねっ」
頬を膨らませながら、杏も同様にエコバッグの中から化粧道具を取り出してテーブルの上に並べ始める。
どうして、どうして?? これは一体どういうことなの?
二人の屈託のない笑顔を前にあたしは凍りついた。
場所はいつもどおり由美子の家のキッチンで、お昼をすませてから集まろうという話になっていた。
学校の違うあたしたちは、結局当日まで一度も集まることができなかった。習い事や塾。それから部活。中学生の放課後は忙しいのだ。
追加の材料は由美子のママがそろえてくれた。
——当日家族は出かけてるから、気兼ねなく作れるよ——
由美子のこのラインには驚いた。大人がいないのに入っていいんだ。
部屋に遊びに来るだけじゃない、キッチンも使うのに。うちのママだったらそんなの危ないって、絶対オッケーしてくれない。
なのに由美子は、IHだし使い慣れてるから大丈夫だよって、なにも問題に感じていないようだった。
家族は足を痛めたおばあちゃんのリハビリを見学に行くので、忙しいんだそうだ。
由美子は信頼されてていいなぁ、なんて思ってたんだけど。
さっきから三度もチャイムを押しているんだが、由美子は出てこない。
ガレージには車がなく、どの部屋の窓もカーテンが引かれている。人のいる気配が感じられない。
おかしいな。もう一時半になろうというのに、杏も凛花も誰もいないなんて。
思いちがいがないかグループラインを見直し、もう一度チャイムを押そうと手を伸ばす。
すると、とつぜん後ろから冷たい指にまぶたをおおわれた。
「だぁーれだ」
由美子は絶対こんな子どもじみたことはしない。ちょっとだけかすれた音の入る、いたずらなこの声は……。
「もう、凛花でしょ」
あたしの声に手の主は体を震わせて笑い出した。ちがう。この笑い方は、杏だ!
ふり返ると杏の後ろに得意げな凛花の顔があった。
「残~念でした」
「かなえ、たーんじゅーん」
凛花が得意げにハズレをつげると、杏がバシバシ肩をたたいた。
真面目に答えたあたしがバカだった。このひきょうもの。だれが声の主と目かくしの相手がちがうと思うもんか。
「ずるいな。っていうかあんたたち、もしかしてそろってどっか行ってた?」
バッグのほかに二人の肩にはエコバッグがかかっている。あたしが見ているとわかると、杏はいまさら隠すようにバッグを後ろに回した。
「えへへ。ちょっとそこまで」
「サプライズだよ」
「えっ、それ言っちゃったらサプライズになんないんじゃん?」
凛花の発言に杏がダメ出しをする。突っ走る二人の後ろから由美子がもうしわけなさそうに顔を出した。
「待たせてごめんね。急に必要だってことになって、急いで行ってきたの」
「それならそうと、ラインしてよ。なに買ってきたの?」
あたしの質問に杏がすぐさま反応する。
「ヒ・ミ・ツ」
「必要だけど、リストに上がってなかったものだよ」
「また、凛花は。よけいなヒント出す」
杏に注意されても、凛花は痛くもかゆくもないって顔でニヤニヤしている。その隣で由美子も苦笑する。
どうせ二人が無理を言って引っ張り回したにちがいない。
由美子が家の鍵を開けると、凜花はあたしの背中を押した。
「ま、いいから、いいから。さあ、入ったぁ」
「ここ、凜花の家じゃないじゃん! ずうずうしいな」
この家の住人の由美子はとびらを押さえてみんなが入るのを待っている。
「入ったらリビングで待ってて。まだ道具の準備ができてないの」
「了解。じゃ、おじゃましまーす」
あたしの背中を押していたはずの凛花が最初に飛びこみ、その後ろに杏が続いた。
「あー、由美子んちのにおいだ。なつかしいな。ぜんぜん変わってなーい」
杏のえんりょのない声が上がり、変わってないのはあんたたちのほうだよ、と心の中でつぶやいた。
見た目はちょっと大人びたけど、中身は小学生のまんま。
凛花なんか変なテンションになってろうかでおどってるし。
玄関に置かれた細いヒールの靴を横目に、あたしはぼろぼろのハイカットシューズを少し離れた場所にそろえた。
「適当にくつろいでてね」
玄関の鍵を閉めた由美子はリビングに顔を出し、そのままキッチンに向かった。
あたしも手伝うよと顔を出すも、困った顔の由美子を見て、人の家の引き出しを他人が勝手に開けてまわるわけにはいかないか、と思い直す。
杏があたしをつかまえてリビングに引きずりこむ。
「ほら。かなえはこっち」
「ジャーン。サプライズ大公開! 今日は、私たちが奥手でシャイなかなえをおしゃれに大変身させてあげようと思って、色々持ってきたよっ」
凛花はエコバッグの中身をガラスのローテーブルの上にひっくり返した。ヘアスプレーやワックス、くしに自立式の鏡までヘアスタイリングに使うあらゆるものが転がり出る。
「ちょっと凛花。そんな雑にあつかったら壊れるよ?」
「大丈夫、大丈夫♪ いいから、ほら。座って」
杏の注意を流して、凛花がテーブル前のソファーを強引にすすめる。
「もう。家具に傷つけたりしたら、二度と由美子んち使わせてもらえなくなるんだからねっ」
頬を膨らませながら、杏も同様にエコバッグの中から化粧道具を取り出してテーブルの上に並べ始める。
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