【第一章完結】バレンタインまであと少し

にけ❤️nilce

文字の大きさ
10 / 21
高橋 かなえ

10 あたしのともだち

しおりを挟む
 キラキラと細かなラメの反射するグロス。
 バヤリースオレンジみたいな色のキュートなマニキュア。
 リボンをかたどったロマンチックなピンクのチークケース。

 お姫様になろうよ、ドレスを着て舞台に立ったあの頃みたいに。
 色とりどりのコンペイトウのように甘くてかわいいあこがれの世界が、テーブルの上から誘いかける。
 
「杏、凛花。悪いけどあたし、そういうのはもう……」

 震える声を絞り出すと、凛花がすごいいきおいでさえぎった。

「なに言ってんの。小さい時は、かなえが一番こういうの好きだったじゃん。化粧だって真っ先に興味持つと思ってたのに。なんなの。だっさいかっこうばっかしてさ」

 四年生までのあたしなら確かに凛花のいうとおりだ。
 コーディネートを考えるのが大好きで、それだけでワクワクしていられた。
 思いどおりにならないくせっ毛だっていつかうまくまとめて見せようと、ママに動画を見せてもらって練習してた。
 でも今はあのころのあたしとはちがう。広がるくせ毛をギュッとしばりつけ、身体のラインをひろわないくすんだ色の服を選ぶ。
 もう二度と、身のほど知らずのイタイ子だって笑われたくないから。

「人は変わるんだよ。あたしはもう、そういうのには興味がないの」
「ウソ。そんなはずない」
「決めつけないで。あんたたちにあたしのなにがわかるって言うの?」

 とがった声が飛び出して、やかましかったリビングがシンとなる。

「わかんないけど……でも、今日くらいいいじゃん。せっかく持ってきたんだし。かなえは私と肌の色が近いから、しっくりくると思うんだよね。ほら、これなんかよくない?」

 とりなすように笑って、杏はあたしの乾燥してガサガサになった、みにくい魔女のような手を取った。
 テーブルの上からバヤリースオレンジのマニキュアをつまみあげ、爪の横にならべてみせる。

「ほら。絶っ対、似合う」
「どこがよ。そんなの、かんちがい女と思われる」

 なにがおかしいのか、杏はぷっとふき出した。

「なにそのひどい思いこみ。ぜんぜんそんなことないから。ぬってみようよ。ほら」

——もしかして、自分のことかわいいって思ってる? ——

 頭にあの時の男子の言葉が浮かんで、思わずマニュキュアのびんをはじき飛ばした。

「ちょっ……あぶないよ。どうしたの?」
「わかってんの! あたしにかわいいものなんて似合わない。化粧なんかしたら、それこそ女装みたいになんだからっ」

 杏が目を見開いてこちらを見る。なにしてんだろ、あたし。一人であばれてバカみたい。
 凛花が顔をしかめ、飛んで行ったマニキュアを拾い上げる。

「はぁ? なんの冗談よ。男になんか間違いようがない体して」
「だから、それが嫌なんじゃん」

 潤んだ目で凛花をにらみつけると、ついに涙がポロポロとこぼれ落ちた。
 やだな。あたしみたいなゴリラ女が泣いても、みっともないだけなのに。

 二人ともびっくりして固まってる。なにも知らないんだから、意味がわからないよね。
 あたしがだれにも言わなかったんだ。

 あの時のことは、ママにも、友達にも、先生にも、だれにも言えなかった。
 男の子からイタイかんちがい女と思われてる恥ずかしい子だって、知られたくなかったから。
 知ればきっと、手放しでほめてくれてた杏や凛花の目が覚めてしまう。
 本当のあたしは恥ずかしい子なんだってわかってしまう。

 凛花が口をとがらせる。

「なにも泣くことないじゃん。なんなの。意味がわからないよ」
「とにかく、よけいなお世話なのよ。化粧のことだけじゃない。バレンタインのことだってそう。勝手に気持ちを決めつけられて、ずっとずっとうんざりしてた。ほっといてほしいんだよ。土足でふみこんで、かき回さないで」

 とうとう言ってしまった。とたんに杏の大きな瞳が涙に覆われる。

「ずるいよ。言われたからってすぐ泣いて。あたしが悪いみたいじゃん。いっつもそう。あたしの気持ちは無視するくせに、自分ばっか……」
 
 素直に泣いてずるい。傷ついたって顔してずるい。
 あたしは泣くことないって責められるのに、ずっとがまんしてきたのに、こんな簡単に、泣けば許されると思って。
 ……違う。杏はそんな子じゃない。あたし、杏に嫉妬してる。

「だって。かなえが泣いたら、私も悲しいから」

 杏は鼻をすすって泣きくずれた。
 私も悲しい? なにそれ。そんなことで泣いてるの? 言われてショックだったからじゃなくて? 
 凛花は石のように固まってだまりこんでいる。

「あんたたち、何度言ってもまともに聞いてくれないから、正直うざい」

 言い過ぎだ。この言葉は全部がほんとってわけじゃない。いつもいつもじゃないんだ。
 なのに、どうしてこんな言い方になっちゃうんだろう。
 がまんしてきたことを伝えたいだけなのに。
 杏は泣いてるし、凛花はうつむいてて……まるでこっちが一方的にいじめてるみたいだ。

 ピンクのエプロンをした由美子が、パイレックスの耐熱ボールをかかえてリビングにもどってきた。

「おまたせ。ごめんね。湯せんに使える大きいボール、ふだんはいらないから物置にしまってあって……どうしたの?」

 由美子は目を丸くしてあたしたちを交互に見た。とびらを開けるといきなりお通夜みたいになっているのだ。それはおどろくだろう。
 由美子の問いを無視して凛花があたしにたずねる。

「かなえ、いつからかスカートはかなくなったよね。色も地味なのばっか選んでさ。なんでなの」

 あのことにはふれたくなくて、むっとだまりこんだ。由美子は静かに成り行きを見守っている。

「あたしのなにがわかるのって言うけど、知るわけないよ。かなえがなにも教えてくれないんじゃん。そのくせわかってくれないって責めるのはずるくない?」

 凛花のいうとおりだった。
 なにも言わないでもわかってほしいなんていうのは、うちの弟みたいな幼児さんが言うことだ。

 それでも知られるのは怖かったし、それと同時にわかってくれないことにどうしても腹が立ってしまう。
 あたし、めちゃくちゃだ。ともだちにいったいなにを期待しているんだろう? 
 杏がつらそうに顔を上げる。

「かなえが何か抱えてるんだろうなっていうのはわかってたよ。どんなことかまではわかんないけど。でも、だから私、元気にしてあげればいいんだと思ってた。イベントとかオシャレとかかなえの好きだったこと、楽しいことでいっぱいにして、嫌なことを忘れさせてあげられたらなって。だけど私はバカだから、うざいことしか……でき、なくて」

 言いながら感情がたかぶったのか、最後はしゃくり上げるみたいになった。
 ローテーブルの上にもどされたオレンジ色のマニキュアに目を落とす。
 そっか。杏はただ私に元気を出してもらいたくて、準備してきたんだ。
 喜んでもらおうと思って、サプライズだって、気持ちを盛り上げようとして。
 その気持ちを思うと胸が痛んだ。

 由美子はかかえていたボールをテーブルに置き、あたしたちを一人一人見た。

「私は、無理に話さなくてもいいと思うの。きっと何か理由があるんだってことは、みんなわかってるんだから。でも、もしもかなえちゃんが聞いてほしくなったら……その時のために聞く準備だけはしてるよ」

 あたしのともだちはみんな、優しい。

「うん。私、まじめに聞くから。自分の気持ちを押し付けたりしないよう気をつける」
「……私も、からかったりして悪かったよ。服のこともバレンタインのことも」

 杏が姿勢を正して宣言すると、凛花もそれに続いた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。 毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。 そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。 数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。 平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、 幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。 笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。 気づけば心を奪われる―― 幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...