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高橋 かなえ
11 別にいいじゃん
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あの日。思い返せば百瀬と別れた後、私は泣けなかった。
何事もないような顔をして家に帰って、翌朝もふつうに学校行って、いつもどおりの一日を過ごした。
いや、そうじゃない。もっと、いつも以上にがさつに、強くふるまったんだ。
まるで、自分が先輩たちになすりつけられたゴリラ女の印象そのもののように。
それだけじゃない。嫌がってることを知っててわざとに百瀬のことを、ももちゃんと呼んだ。
声を、喋り方を、体型を、運動のできないことをバカにした。
あきれた顔をする百瀬を見て胸が痛んだけど、それより何よりあのときのみじめなあたしを知ってる彼をどうにかしたくて、止められなかった。
助けてくれたのに、本当にバカだ。
「あんなやつ」と百瀬を見下すことで、あたしは自分をとりもどそうとした。
あの時の情けない自分を上書きして、なかったことにしようとしたんだ。
上に立った一瞬は気分が良くて、でも満たされることはなかった。
そんな自分でいるほうがよっぽど情けなく惨めなことだともわからずに、必死で。
同時に、あたしは身のほどを知っていると証明するかのように、スカートをやめ、やぼったい服に身を包んだ。
いったいだれに対してそうしていなければならないと思っていたんだろう。
ずっと、あの時の言葉に囚われて。
「あたし、百瀬に……」
「えっ、ももちゃん? もしかして、かなえに女装なんて言ったの、ももちゃんなの?」
さっそく凛花が早合点する。
「いや、まって。そうじゃなくって……」
急に鼻水がたれそうになった。あたふたしている間に、凛花が怒り出す。
「私も男子にはさんざん言われてきたわ。まな板とかまな板とかまな板とかさぁ」
くりかえす言葉に怨念がこもっていく。
大きな布リボンが胸元をかざっていて目につかないが、凛花の胸は今でも少年のようにストンとしていた。凛花はそのことをすごく気にしている。
あたしは大きいのが恥ずかしいけど、そんなこと言うと凛花にはぜいたくだとキレられてしまう。
杏は鼻を啜り上げながら、太ももにくいこんだニーハイソックスに人差し指を突っこんではき口を伸ばした。
「そうそう。すれ違いざまに足太っとかさ。笑って流してるけど地味にグサーって来る」
着圧ソックスなんだろう。ももには規則正しくならんだしまもようが赤く浮かび上がっている。
「違うの」
由美子が手渡してくれたティッシュで鼻をかみ、誤解を解こうと口を開くが、またしても凛花にさえぎられる。
「わかるー。やめてって言っても聞いてくれないよね。冗談だろ、女のヒス怖って、こっちが空気読めてないみたいに言われんの。許せん」
「言われた相手が笑えないのに、冗談なんてありえないよねー」
杏が大きくうなずくと、由美子が感心したようにほーっと息をついた。
「みんな似たような経験してるんだね」
「ウソだ。由美子にそんな冗談言うやついないでしょ」
由美子の言葉に凛花が大きな声を出す。あたしも想像できない。
「そういうのはないけど……」
「だよねー。なんか由美子には言いづらいのよ。かなえはいじりやすいけど」
由美子の言葉をさえぎり凛花はあたしを横目で見た。
由美子にはやっちゃいけないと思うことをあたしには平気でやれる。そう言われてカチンとこないわけがない。
「は? なんでよ」
「なーんか、言いやすい」
まるでほめ言葉であるかのように得意げな顔をしているけど、あたしは嫌だ。
「あたしはなにを言っても聞いてもらえなくて、かなり憂鬱だったけど? 凛花だって冗談だろって言われるの、許せなかったんじゃなかった?」
凛花の表情が固まる。杏がおずおずと手を上げた。
「うっ……ごめん。私も本気で嫌がってるわけじゃないと思ってた」
「嫌って言ってんのに」
言いやすい相手をいじったりからんだりするのは、する側は親しみの表現だって言うし、周りにも仲がいいかのように見えてるかもだけど、ちがうよ。
ゆるしてくれるだろう。受け止めてくれるだろう。
もっと言えば、多少相手が怒ったところでどうとでもなるだろうと、たかをくくられているんだ。
だから、自分の気持ちを優先してくれない相手を平気で責めることができるんだ。
それくらい別にいいじゃん、冗談だろ? なんて。
上級生にはなにも言えなかったあたしも、百瀬には本人が言われたくないと知っていることをわざとに取り上げて、いじってきた。甘えてたんだ。
あの時先輩に、なにを言われてもなんてことないなんて言っていた百瀬だけど、本当はしんどかったりするだろうか。なんともなくなんかないよね。
「あたしも似たようなことをしてきたから、軽い気持ちだったのは理解できるよ。でも……」
あのときの上級生も軽い気持ちだったのかな。
あたしならいいだろうって思ったのかな。
でもその軽い気持ちのせいで、あたしは自分らしさを失って、何年も苦しんだんだ。
「それが、だれかの人生をめちゃくちゃにすることもあるんだって、今はわかる。話してもいい? どうしてあたしが地味なかっこうでいようとするのか」
四年生の時に起きたことを打ち明けよう。
大丈夫。いまなら、みんなになら、きっと伝わる。知ってもらいたいんだ。
深く息をすい、パーカーのすそをぎゅっとつかんだ。
何事もないような顔をして家に帰って、翌朝もふつうに学校行って、いつもどおりの一日を過ごした。
いや、そうじゃない。もっと、いつも以上にがさつに、強くふるまったんだ。
まるで、自分が先輩たちになすりつけられたゴリラ女の印象そのもののように。
それだけじゃない。嫌がってることを知っててわざとに百瀬のことを、ももちゃんと呼んだ。
声を、喋り方を、体型を、運動のできないことをバカにした。
あきれた顔をする百瀬を見て胸が痛んだけど、それより何よりあのときのみじめなあたしを知ってる彼をどうにかしたくて、止められなかった。
助けてくれたのに、本当にバカだ。
「あんなやつ」と百瀬を見下すことで、あたしは自分をとりもどそうとした。
あの時の情けない自分を上書きして、なかったことにしようとしたんだ。
上に立った一瞬は気分が良くて、でも満たされることはなかった。
そんな自分でいるほうがよっぽど情けなく惨めなことだともわからずに、必死で。
同時に、あたしは身のほどを知っていると証明するかのように、スカートをやめ、やぼったい服に身を包んだ。
いったいだれに対してそうしていなければならないと思っていたんだろう。
ずっと、あの時の言葉に囚われて。
「あたし、百瀬に……」
「えっ、ももちゃん? もしかして、かなえに女装なんて言ったの、ももちゃんなの?」
さっそく凛花が早合点する。
「いや、まって。そうじゃなくって……」
急に鼻水がたれそうになった。あたふたしている間に、凛花が怒り出す。
「私も男子にはさんざん言われてきたわ。まな板とかまな板とかまな板とかさぁ」
くりかえす言葉に怨念がこもっていく。
大きな布リボンが胸元をかざっていて目につかないが、凛花の胸は今でも少年のようにストンとしていた。凛花はそのことをすごく気にしている。
あたしは大きいのが恥ずかしいけど、そんなこと言うと凛花にはぜいたくだとキレられてしまう。
杏は鼻を啜り上げながら、太ももにくいこんだニーハイソックスに人差し指を突っこんではき口を伸ばした。
「そうそう。すれ違いざまに足太っとかさ。笑って流してるけど地味にグサーって来る」
着圧ソックスなんだろう。ももには規則正しくならんだしまもようが赤く浮かび上がっている。
「違うの」
由美子が手渡してくれたティッシュで鼻をかみ、誤解を解こうと口を開くが、またしても凛花にさえぎられる。
「わかるー。やめてって言っても聞いてくれないよね。冗談だろ、女のヒス怖って、こっちが空気読めてないみたいに言われんの。許せん」
「言われた相手が笑えないのに、冗談なんてありえないよねー」
杏が大きくうなずくと、由美子が感心したようにほーっと息をついた。
「みんな似たような経験してるんだね」
「ウソだ。由美子にそんな冗談言うやついないでしょ」
由美子の言葉に凛花が大きな声を出す。あたしも想像できない。
「そういうのはないけど……」
「だよねー。なんか由美子には言いづらいのよ。かなえはいじりやすいけど」
由美子の言葉をさえぎり凛花はあたしを横目で見た。
由美子にはやっちゃいけないと思うことをあたしには平気でやれる。そう言われてカチンとこないわけがない。
「は? なんでよ」
「なーんか、言いやすい」
まるでほめ言葉であるかのように得意げな顔をしているけど、あたしは嫌だ。
「あたしはなにを言っても聞いてもらえなくて、かなり憂鬱だったけど? 凛花だって冗談だろって言われるの、許せなかったんじゃなかった?」
凛花の表情が固まる。杏がおずおずと手を上げた。
「うっ……ごめん。私も本気で嫌がってるわけじゃないと思ってた」
「嫌って言ってんのに」
言いやすい相手をいじったりからんだりするのは、する側は親しみの表現だって言うし、周りにも仲がいいかのように見えてるかもだけど、ちがうよ。
ゆるしてくれるだろう。受け止めてくれるだろう。
もっと言えば、多少相手が怒ったところでどうとでもなるだろうと、たかをくくられているんだ。
だから、自分の気持ちを優先してくれない相手を平気で責めることができるんだ。
それくらい別にいいじゃん、冗談だろ? なんて。
上級生にはなにも言えなかったあたしも、百瀬には本人が言われたくないと知っていることをわざとに取り上げて、いじってきた。甘えてたんだ。
あの時先輩に、なにを言われてもなんてことないなんて言っていた百瀬だけど、本当はしんどかったりするだろうか。なんともなくなんかないよね。
「あたしも似たようなことをしてきたから、軽い気持ちだったのは理解できるよ。でも……」
あのときの上級生も軽い気持ちだったのかな。
あたしならいいだろうって思ったのかな。
でもその軽い気持ちのせいで、あたしは自分らしさを失って、何年も苦しんだんだ。
「それが、だれかの人生をめちゃくちゃにすることもあるんだって、今はわかる。話してもいい? どうしてあたしが地味なかっこうでいようとするのか」
四年生の時に起きたことを打ち明けよう。
大丈夫。いまなら、みんなになら、きっと伝わる。知ってもらいたいんだ。
深く息をすい、パーカーのすそをぎゅっとつかんだ。
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