【第一章完結】バレンタインまであと少し

にけ❤️nilce

文字の大きさ
12 / 21
高橋 かなえ

12 ゴリラとお姫様

しおりを挟む
 あの時起きたことをみんな話してしまうと、なあんだ、と言う感じがした。
 なあんだ。あたしはなにも変わってなかったんだ。

 あれからずっと、自分がうんと醜く汚いものになったような気がしていた。
 みんなにもそれがいつかわかってしまうんだって思って、ずっと怖かった。

 だけど違った。
 
 三人の目にうつる、怒りや、いたわりが、あたしがほんとうに大事にされてきたことを教えてくれる。
 ママやパパが過保護なまでに心配し、大切にあつかってくれた、あたしのままだったんだってことを。
 あのことが起きる以前と、ほんとはなにも変わってなかった。
 あたしはゴリラなんかじゃない。ちゃあんとずっとお姫様だったんだ。

 
「なあんだ。結局、ももちゃんがかなえの王子様だったって話か」
「ごちそうさま~♪」

 話を聞き終えた凜花が半ばあきれ気味に言うと、杏がニヤニヤ笑ってあたしをこづいた。

「あーもう、王子様とかそういうんじゃなくて」

 否定しながら、でも以前みたいなペースを崩されるような嫌な感じが湧いてこないことに気づいた。
 杏や凛花の態度が変わったわけでもないのに。

「でも、百瀬くんって勇気あるね。自分だってなにされるかわかんないのに」

 由美子が深く感心する。本当にそうだ。あたしにはとてもできそうにない。

「実際、百瀬もからまれてたし。助けてくれたのはレトリバーなんだけどね」
「またまたぁ。素直じゃないな。かなえがももちゃんを好きになった理由、これではっきりしたわ」
「好きじゃないってば。なんでそうなるのよ。からかうのやめてって言ってんじゃん」

 あたしの指摘に凛花の目が点になり、ああ、これもいじりか……とつぶやく。

「なんかしゃべるの怖くなるな。あれもこれもダメなのかって考え出したら、な~んもしゃべれない。こんなの、ただのノリだよ?」
「冗談って言われても面白くないって、凛花だって言ってたじゃん」
「そうだけどさー」

 あたしの指摘に凛花はため息をついた。

 「ただのノリだよ」と言う言葉から、ふと凛花のパパの姿が浮かんだ。
 運動会で会ったときのことだ。同じ白組だったから、四年生の時だろうか。
 徒競走で凛花がはじめて一着をとった。
 うれしくてたまらなかったんだろう。ちょうど待機席近くに現れたパパに、とびはねながらそのことを報告しに行ったんだ。
 でもパパは、開口一番に凛花の帽子が飛んで髪が乱れたことをからかった。
 「まるでメデューサが呪いながら追いかけてきたみたいで、気持ち悪かったぞ~」って。
 
 あたしは瞬間、凛花が泣くんじゃないかと身構えた。
 けれど無言で笑っていた。
 隣で聞いていた凛花のママもにこにこしているだけで、だれもなにもとがめなかった。

 周囲にいたメデューサを知らない男子に聞かれて、凛花のパパは画像を検索して見せた。
 髪の毛がヘビになってるかいぶつの姿に「メデューサ、やべ」とはやしだすと、パパはまるで良いセンスだとほめられたかのように得意げな顔をして「こいつはギリシャ神話の怪物で、姿を見たものを石にするんだ。きっとみんなこのメデューサの呪いで失速したんだぜ」と笑いをとった。
 せっかくの凛花のがんばりを笑いのネタにしてしまったんだ。

 あんまりひどいとおもったからあたしは凛花に慰めの言葉をかけた。
 するとこう返ってきたんだ。
 「あんなの、ただのノリじゃん」って。


「ただのノリでも冗談でも、イヤなものはイヤ。あたし、凛花のことは好きだけど、イヤなことをがまんしながら付き合いたくはないよ」

 口にしてはじめて気がついた。
 あの日百瀬に言われた「言われっぱなしでいるな」という言葉は、ゴリラのお前ならやっつけられるだろうなんて意味じゃない。
 やつらの言葉なんか聞くな。ちゃんと自分を守ってやれってことだったんだ。
 あたしは大事に育てられたお姫様なんだから。
 相手の言葉を真に受けて、すっかり自分がゴリラであるかのような気持ちになっていたあたしには、素直に受け取れなかったけれど。

 運動会の日のあたしも凛花に怒って欲しかった。自分のために泣いて欲しかった。
 百瀬も、きっと同じ気持ちだったんだ。

 だから言わなきゃいけない。こんなことを言ったら嫌われるかもしれないと思うことでも。勇気を出して自分を守らなきゃいけない。

「だから、ほんとにやめて」

 凛花は口をとがらせ、しぶしぶと言った様子で約束した。

「わかった、なるべく気をつけてみる」
 
 ふてくされた凛花の横顔を見て思う。
 凛花は、ちゃんと自分のことをお姫様だって思えているんだろうか。
 あたしを大事なお姫様だと思わせてくれたのはママやパパだ。
 その肝心のパパが凛花をメデューサだと言い、ママがちっともかばってくれなかったら、凛花はどうやって自分をお姫様だと信じればいいんだろう、と。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。 毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。 そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。 数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。 平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、 幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。 笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。 気づけば心を奪われる―― 幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...