【第一章完結】バレンタインまであと少し

高橋 かなえ

14 ごめんね、ありがとう。

「えっ。本気にしてなかったの？　ぜんぜん？　あたし、いつも怒ってたよね？」

　心の底からおどろいた。
　小学校の時もけっこう強く反発してきたし、ショッピングモールで再会した時なんか、一緒にチョコ作りたくないとまで言ったのに。
　その後平気でグループラインに誘ったりしたのも、あたしのいうことを本気にしていなかったからなの？
　
「さすがに今日はマズいと思ったよ？　関係解消しようと思ってたって聞いてショックだったし。でもいつもなんだかんだ許してくれてたじゃん。かなえも本当はいじられたいと言うか、そういうお約束だと思ってた。だからなんて言うの、青天の霹靂へきれき？　みたいな……」

　はぁ、と間抜けなあいづちを打つ。ここまで伝わっていなかったとは、こっちこそ青天の霹靂だ。

「ヤなこと言う男子もたぶんおんなじ。何にも悪いと思ってないよ。ちょっとくらい怒られてもいじられて喜んでるんだって思うし、笑って流してたら受け入れられたって考える。マジギレされたら冗談のわからないやつってこきおろして、自分を守ればいいんだし」
「えっ、えーっ？」

　ぶっちゃける凛花に杏が声を裏返す。

「言われる側で考えてるみたいだけど、杏だってそうでしょ。グループライン作る時、ショッピングモールで気まずかったことなんか忘れてた。違う？」
「忘れてないよ！　たしかに、かなえだから大丈夫じゃない？　って言ったけど……」
「塾行きがてら、あんなに怒んなくてもいいのにって愚痴ってたじゃん」
「それは……でも、違うのっ」

　必死で言い訳しようとする杏を受け止めつつ、それはつまり、あんなに怒るなんて冗談のわからないやつだなと自分を正当化してたってことなんだ、と思う。
　さらに凛花は続ける。

「ももちゃんのことだってきっと、上級生たちにとっちゃ女子の前でカッコつけてる裏切り者って認識だね」
「裏切り者？　百瀬がなにを裏切ったっていうの。最初から仲間ですらないのに」
「うーん。男を？　なんていうか、お約束を楽しむセンスがないつまんないやつって感じね。兄のノリがイマイチな時、パパがよく言うもん。センスねーなーお前って」

　思わずはぁ、とため息をついた。
　斜め上の発想のように聞こえるけど、でももし凛花の言う通りだとしたら、百瀬を女みたいとこき下ろしたことにもつじつまが合う。
　お前なんか男扱いしないぞってことか。
　最初から仲間だとも思ってない百瀬には、何のおどしにもならなかったみたいだけど。


「そんな相手にばかり都合のいいお約束なんて知らないよ。じゃあ何やっても通じないってこと？　詰んでんじゃん。どうすればいいのよ」

　あたしの問いに由美子も杏も凛花に真剣な顔を向ける。

「知らない。でも、これではっきりしたんじゃない？　由美子の言うとおり、あれは単なるかまってちゃんの言いがかりだって」

　弱いあたしが悪かったんじゃない。あたしのせいじゃない。
　頭を声に支配されるたび落ち込んできた、あたしの時間を返してほしい。
　自分はみにくいと思い込み、かわいくなりたい気持ちを押し殺したみじめな気持ちをつぐなってほしい。
　おしとやかな由美子をうらやみ、一軍女子をねたみ、どうどうとおしゃれを楽しむ杏や凛花に気後れしたあたしの黒い気持ちが、何の根拠もない言いがかりのせいだったなんて……。

「なんか、あたしバカみたい」
「ちがう。バカなのは、かなえちゃんじゃない。関わり方を知らない相手の方だよ」

　由美子がきっぱりと言い切った。

「それに、そんな相手をかばうことになるとも知らないで、なだめようとした私もバカだった。……ごめんね、かなえちゃん」

　ううんと大きく首を振る。
　凛花が少し恥ずかしそうに口を開いた。

「私も、ごめん。かなえの気持ちも考えず、ノリが通じるのが仲がいい証だってかんちがいしてた」
「あっ、私も。なんか、いっぱいごめん。考えなしでごめん～～」

　杏が泣きながら抱きついてくる。
　あんなにも違うと線を引いてきたみんなが、今はこんなにも近い。
　勇気を出して話してよかった。
　ちゃんと聞いて受け止めてくれるともだちがいて、うれしい。
　
「ううん。いいんだ。ありがとう」

　あの日、うずくまっていた小さなあたしを、みんなが迎えに来て抱きしめてくれたような気がした。