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高橋 かなえ
19 あなたがあたしにくれたもの
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杏があたしの手首をつかんで、百瀬の前につき出した。
「あ、あのね。かなえのメイク、私と凛花でやったんだよ。凛花がヘアアレンジして、私はマニキュアもぬったの。見て」
険悪になってしまったのをフォローしようとしてくれてるんだってわかってるけど、恥ずかしくてたまらない。
あたしはだだっ子のように抵抗し、指をぎゅっとにぎりこんだ。
「こら。かなえ!」
だって怖いんだもん。思わず百瀬に悪態をつく。
「女装みたいでしょ。あたしはあんたみたいに細くも、白くもないもんねっ」
百瀬はため息をつき、いかにもうんざりといった様子でひたいに手を押し当てた。
「はぁ。また嫌味か。悪かったね。男らしくなくて」
その態度に胸が痛んだ。
百瀬の傷つきを思ってではない。
自分が嫌われたんじゃないかと悲しんでだ。
あたしは、なんて思いやりがないんだろう。
相手が傷つくとわかっていて口にし、なお自分のことばっかり考えてる。
「別に、そんなこと言ってないし」
まるで相手の受け取り方が悪いとばかりに、言い訳してしまう。
あたしの言葉に百瀬は気色ばんで早口にまくし立てた。
「じゃあ、どういう意味? けんか売ってるとしか思えないんだけど。だいたい俺が人にそんな失礼なことを言う人間だと思ってるわけ?」
百瀬が怒るのは当たり前だ。
言われてもいないのに、あたしをあざ笑う言葉が飛び出してくるに違いない、そう決めつけて攻撃したんだから。
そんな人じゃないってわかってるはずなのに。
浮かんでいたのは、私をあざ笑ったあの日の上級生たちの姿だ。
そうなると一瞬で、目の前の百瀬が見えなくなってしまった。
「失礼な人だとは思ってない。ただ、あたしは百瀬を……うらやましいと思ってるから」
そして、あの上級生たちの目に映った醜いあたしを、恥ずかしいと思っているから。
自分が、あの日見た細くてきれいで、勇気があってかんたんに傷ついたりしない百瀬みたいだったらって、思わずにはいられなかったから。
「はぁっ? 意味がわかんない」
何を思い浮かべたのか、百瀬はなぜか今、一番傷ついたような顔をした。
「でもほんとに、けんか売るつもりなんかじゃなかった。傷つけたかったわけじゃないのに。どうしていつもこんなことになるのか、自分でも……ごめん」
恥ずかしさともうしわけなさで声がふるえる。
意味がわからないのも当たり前だと思う。でもこの気持ちは嘘じゃない。
自分のことでせいいっぱいすぎて、ちっとも相手を大切にできない。
こんなあたしのままじゃ、イヤだ。
「あっそ。別にいまさら傷つきゃしないけどさ。高橋がなんでうらやましがってんだか知らないけど、そこはだいたい俺にとってはコンプレックスだから。あんまりふれてほしくはないね」
あふれてしまった気持ちを折りたたむようにして、百瀬は静かに言った。
百瀬が容姿、主に体格にコンプレックスを持っていたことにはもちろん気づいてた。
「ももちゃん」とか「姫」とか言われてムッとする姿を何度も見てきたのだから。彼を知っている人ならきっとみんな理解しているだろう。
大葉がそんなふうにいうのは見たことがないけれど、王子やバスケ部の連中、学年の違う大葉兄ら先輩からも日々ネタにされていた。
あたしたち女子だってそうだ。
抵抗しても聞き入れてもらえない悔しさは誰よりもわかっていたはずなのに、あたしも同じことをしていたんだ、と改めて思う。
「わかった」
嫌味は考えなくてもすらすら出てきたのに、今はこんな短い一言しか出てこない。
「高橋のつめ。吉永さんとおそろい?」
百瀬は気持ちを切り替えるように明るい声を出し、あたしの手を取った。
直接触れた百瀬の指は細くて綺麗だけど案外筋張っている。間違いようもないくらい男の人の手だった。
「百瀬君、大胆……」
由美子のつぶやきに頬がかあっとなる。
「あっ、えっと」
「気づいた? かなえとは肌の色が近いから。似合うでしょ」
あいまいな返事をする私の代わりに、杏が言葉をおぎなう。
杏の指が並ぶと引っ込めたくてたまらなくなった。
似合うでしょ、なんてどう返していいか困るようなこと、あたしにはとても言えない。
「いいんじゃない? 俺の妹も好きそう。こういうの」
百瀬は照れもせずに返した。
まだ小学校に通う彼の二つ下の妹が、かつてのあたしと同じようにおしゃれ好きだったことを思い出す。
だいぶセンスは奇抜だった気がするけど、百瀬に似てきゃしゃで色白、そしてあたしと同じ天パでそばかすのある女の子だ。
あたしも好き。気に入ってるの。
似合わないと決めつけ胸の奥でうずくまっていた、小学生のあたしが弾けるように声を上げた。
すると言葉が自然と飛び出した。
「あ、ありがと」
顔を上げて百瀬の顔を見ることまではできなかった。
ひどいこと言ったのに、意地悪言ったり、ちゃかしたりしないでいてくれて、ありがとう。
あの日、あたしをかばってくれてありがとう。
その時は素直に受け取ることができなかったけど、あたしを叱ってくれてありがとう。
浮かんだ感謝の思いと同じだけ、胸の中にいた上級生の姿が薄くなっていく。
「もも……せくんの指の形、きれいだよね。今度ぜひ塗らせて」
「え、やだよ」
杏が触れようとすると百瀬はさっと手を引っ込めた。
「もったいない。男子だって楽しめばいいと思うんだけど」
百瀬もそういうところがあるけど、杏は異性との距離が無防備なほど近い。
なぜか少しだけ胸がざらっとする。
ちらりと由美子と目が合った。由美子はきっと苦い顔をしているだろうあたしにそっとほほえみを返してくれる。
あの日の声はきっとこれからも何度もよみがえってくるだろう。
その度にパニックになり、また思ってもいないことを口走って誰かを傷つけてしまうかもしれない。
だけどあたしは思い出すことができる。
あの声の言うことは嘘だと言ってくれた人たちのことを。
失敗してしまうこともあるだろう。
それでも今のあたしは失敗に気づくことができるし、責任を取ることや、前に進むことだってできるんだ。
「あ、あのね。かなえのメイク、私と凛花でやったんだよ。凛花がヘアアレンジして、私はマニキュアもぬったの。見て」
険悪になってしまったのをフォローしようとしてくれてるんだってわかってるけど、恥ずかしくてたまらない。
あたしはだだっ子のように抵抗し、指をぎゅっとにぎりこんだ。
「こら。かなえ!」
だって怖いんだもん。思わず百瀬に悪態をつく。
「女装みたいでしょ。あたしはあんたみたいに細くも、白くもないもんねっ」
百瀬はため息をつき、いかにもうんざりといった様子でひたいに手を押し当てた。
「はぁ。また嫌味か。悪かったね。男らしくなくて」
その態度に胸が痛んだ。
百瀬の傷つきを思ってではない。
自分が嫌われたんじゃないかと悲しんでだ。
あたしは、なんて思いやりがないんだろう。
相手が傷つくとわかっていて口にし、なお自分のことばっかり考えてる。
「別に、そんなこと言ってないし」
まるで相手の受け取り方が悪いとばかりに、言い訳してしまう。
あたしの言葉に百瀬は気色ばんで早口にまくし立てた。
「じゃあ、どういう意味? けんか売ってるとしか思えないんだけど。だいたい俺が人にそんな失礼なことを言う人間だと思ってるわけ?」
百瀬が怒るのは当たり前だ。
言われてもいないのに、あたしをあざ笑う言葉が飛び出してくるに違いない、そう決めつけて攻撃したんだから。
そんな人じゃないってわかってるはずなのに。
浮かんでいたのは、私をあざ笑ったあの日の上級生たちの姿だ。
そうなると一瞬で、目の前の百瀬が見えなくなってしまった。
「失礼な人だとは思ってない。ただ、あたしは百瀬を……うらやましいと思ってるから」
そして、あの上級生たちの目に映った醜いあたしを、恥ずかしいと思っているから。
自分が、あの日見た細くてきれいで、勇気があってかんたんに傷ついたりしない百瀬みたいだったらって、思わずにはいられなかったから。
「はぁっ? 意味がわかんない」
何を思い浮かべたのか、百瀬はなぜか今、一番傷ついたような顔をした。
「でもほんとに、けんか売るつもりなんかじゃなかった。傷つけたかったわけじゃないのに。どうしていつもこんなことになるのか、自分でも……ごめん」
恥ずかしさともうしわけなさで声がふるえる。
意味がわからないのも当たり前だと思う。でもこの気持ちは嘘じゃない。
自分のことでせいいっぱいすぎて、ちっとも相手を大切にできない。
こんなあたしのままじゃ、イヤだ。
「あっそ。別にいまさら傷つきゃしないけどさ。高橋がなんでうらやましがってんだか知らないけど、そこはだいたい俺にとってはコンプレックスだから。あんまりふれてほしくはないね」
あふれてしまった気持ちを折りたたむようにして、百瀬は静かに言った。
百瀬が容姿、主に体格にコンプレックスを持っていたことにはもちろん気づいてた。
「ももちゃん」とか「姫」とか言われてムッとする姿を何度も見てきたのだから。彼を知っている人ならきっとみんな理解しているだろう。
大葉がそんなふうにいうのは見たことがないけれど、王子やバスケ部の連中、学年の違う大葉兄ら先輩からも日々ネタにされていた。
あたしたち女子だってそうだ。
抵抗しても聞き入れてもらえない悔しさは誰よりもわかっていたはずなのに、あたしも同じことをしていたんだ、と改めて思う。
「わかった」
嫌味は考えなくてもすらすら出てきたのに、今はこんな短い一言しか出てこない。
「高橋のつめ。吉永さんとおそろい?」
百瀬は気持ちを切り替えるように明るい声を出し、あたしの手を取った。
直接触れた百瀬の指は細くて綺麗だけど案外筋張っている。間違いようもないくらい男の人の手だった。
「百瀬君、大胆……」
由美子のつぶやきに頬がかあっとなる。
「あっ、えっと」
「気づいた? かなえとは肌の色が近いから。似合うでしょ」
あいまいな返事をする私の代わりに、杏が言葉をおぎなう。
杏の指が並ぶと引っ込めたくてたまらなくなった。
似合うでしょ、なんてどう返していいか困るようなこと、あたしにはとても言えない。
「いいんじゃない? 俺の妹も好きそう。こういうの」
百瀬は照れもせずに返した。
まだ小学校に通う彼の二つ下の妹が、かつてのあたしと同じようにおしゃれ好きだったことを思い出す。
だいぶセンスは奇抜だった気がするけど、百瀬に似てきゃしゃで色白、そしてあたしと同じ天パでそばかすのある女の子だ。
あたしも好き。気に入ってるの。
似合わないと決めつけ胸の奥でうずくまっていた、小学生のあたしが弾けるように声を上げた。
すると言葉が自然と飛び出した。
「あ、ありがと」
顔を上げて百瀬の顔を見ることまではできなかった。
ひどいこと言ったのに、意地悪言ったり、ちゃかしたりしないでいてくれて、ありがとう。
あの日、あたしをかばってくれてありがとう。
その時は素直に受け取ることができなかったけど、あたしを叱ってくれてありがとう。
浮かんだ感謝の思いと同じだけ、胸の中にいた上級生の姿が薄くなっていく。
「もも……せくんの指の形、きれいだよね。今度ぜひ塗らせて」
「え、やだよ」
杏が触れようとすると百瀬はさっと手を引っ込めた。
「もったいない。男子だって楽しめばいいと思うんだけど」
百瀬もそういうところがあるけど、杏は異性との距離が無防備なほど近い。
なぜか少しだけ胸がざらっとする。
ちらりと由美子と目が合った。由美子はきっと苦い顔をしているだろうあたしにそっとほほえみを返してくれる。
あの日の声はきっとこれからも何度もよみがえってくるだろう。
その度にパニックになり、また思ってもいないことを口走って誰かを傷つけてしまうかもしれない。
だけどあたしは思い出すことができる。
あの声の言うことは嘘だと言ってくれた人たちのことを。
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それでも今のあたしは失敗に気づくことができるし、責任を取ることや、前に進むことだってできるんだ。
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