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女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』その(39)獲物を狙う女豹。

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NOZOMI Ladies Fight School(NLFS).

ノゾミ・レデイース・ファイト・スクールは年に2回(3月と9月)入校テストを行っている。とは言っても、簡単な体力テストとスパーリング、そして重視されるのが面接である。
テスト生に主に接するのはNLFSの鬼コーチ鎌田桃子。それに、柔術を指導する山岡謙信、打撃(ムエタイ)を指導するバッキー氏が審査する。

世の中には物好きな少女がいる。
鎌田桃子はこれまでに100人近い少女と会ってきた。皆、格闘技でそれなりの実績を持った娘ばかりだが、そんな実績や身体能力は考慮されるものの問題は精神面にあると考えている。

「うちは単なる女子格闘技スクールじゃない。女子の中で強くなるのではなく、女性の地位向上を目指し男女平等の世の中を格闘技を通して訴えていこうというテーマがあります。その為に男性と戦うことになります。そんな覚悟はありますか?」

それだけで帰ってしまう少女もいる。

いくら才能があっても、最後の最後には自分は女だという女であることに逃げてしまいがちだ。
女であることに甘えることは許されない。それだけの覚悟が必要だ。

多くの少女と会ってきた鎌田だが、大抵の少女は彼女にギロっと睨まれると怯えたような表情になり、それだけで鎌田は「うちには合わないようね」と不合格の判定を下す。

そんな中で、シルヴィア滝田と会った時は衝撃だった。当時、ケンカ空手少女との異名があったシルヴィアだが、どんなものか?と面接すると鎌田を睨み返してきた。かなり気が強い。
彼女の実績も身体能力もかなりのもので文句なしの合格。今では総合のトレーニングも積み、その実力はコーチ役の自分より上だと鎌田は思う。

女子レスリングのスターであった桜木明日香はシルヴィアとは逆に気が弱そう? 否、シャイな性格に見えたが、その澄んだ瞳に可能性を感じた。
それに、NOZOMIは彼女を評価していた。桜木明日香は天才だ!と。

不思議なのは奥村美沙子だった。
どこにでもいそうな、賢そうで清楚な少女だった。鎌田が睨んでも怯える様子も睨み返してくることもない。
何事にも動じる気配がなく、身体能力も高く異常に身体が柔らかい。
聞けば小学校時代までは体操をやっており、格闘技は中学に入ってから柔道をちょっと齧ってきたに過ぎない。スパーリングをやらせれば全くの素人。
こんな少女には無理かな?、、と思ったが、どうしても気になる。
NOZOMIに判断を仰ぐと「逸材よ...」の一言。その通りだった。


NLFS所属選手として実際にプロのリングに立ったのはNOZOMIと鎌田桃子、
シルヴィア滝田、奥村美沙子、桜木明日香の5人である。
他にムエタイトレーナー、バッキー氏推薦の天海瞳という少女は、エキシビションマッチでリングに立ち男子キックボクサーを倒している。
でも、まだ中学生であり本格的プロデビューは来年になるであろう。
天海瞳も天性の才能があり、根っからの格闘技好きで気が強くキラキラしている。彼女の根性には、鬼コーチである鎌田も苦笑することしばしば。

他に練習生が天海瞳を含め中学生が4人。小学生が2人いる。


今年の春の入校テスト。
3月3日の雛の節句に行われた。
希望者は6人。

最初に面接。
この中に逸材はいるのだろうか?

最初の5人に鎌田はがっかりした。
体力テスト、スパーリングする前に肩を落として帰っていった。

最後の一人。

「名前は?」

「はい! 6番堂島麻美です。宜しくお願いいたします」

そのハキハキした口調に気を感じ、鎌田は書類から目を上げた。

少女はまっすぐ鎌田を見つめている。

ゾクリ! とした。

「アナタ、まだ小学生なのね? 今月卒業式になるのかしら?」

鎌田は少女の視線に気圧されそうになりながらも、それを隠すように逆にギロリ!と睨み返して言った。

「はい! 今月15日が卒業式です」

鎌田はこの堂島麻美という名前に聞き覚えがあった。

「で、入校志望の動機は?」

「将来、尊敬するNOZOMIさんと戦い超えたいと思ったからです!」

(この少女は何を言ってるの?)

「NOZOMIさんと? うちがどういうスクールか知ってるの? 女子同士は基本試合しないの。男子と戦うことになるのよ。それが動機なら、他の格闘技団体で実績を上げてから挑戦すれば?」

「はい!男子選手を次から次と倒してNOZOMIさんに認めてもらいます。それにNOZOMIさんから色々学びたい。ここに入れば、男子と戦えるのでハイレベルの経験が出来ると考えました。NOZOMIさんは30才で引退すると聞きましたので時間がない。外にいれば遠回りになって間に合いません」

そう言うと、少女はまた真っ直ぐ鎌田を強い目で見つめた。

ゾクリ!

なんなの? この目は...。

鎌田をこんな目をした少女は見たことがない。


かちゃっと部屋のドアが開いた。

「麻美ちゃん、やっぱり来たのね?」

シルヴィア滝田が入ってきた。

「鎌田さん。この娘があの堂島源太郎さんの娘さんです。話したかもしれないけど、(天海)瞳とスパーリングした堂島龍太君の妹さんです」

「・・・・」

堂島麻美は兄とこのシルヴィア滝田のスパーリングも身近で見ていた。
凄まじい打ち合いであった。


鎌田は動機の点が気になったが、一応面接は通過ということで、次は体力テスト。これが、背筋力、握力、反復横飛び、身体の柔軟性等、小学生女子とは思えぬほどの数値を記録した。
聞けば走力(短~長)、跳力、泳力までも学校では男子を含めても1、2を争うそうで圧倒的な身体能力。

鎌田は正直驚いた。一緒に見ていたシルヴィアも目を丸くしている。

それに、ルックスも美少女でスター性もありそうだ。

麻美はまた少し身長が延びた。
167cm 54kg  まだ線が細く身体は出来上がっていないが鋼のような芯がありそうだ。それに柔らかい。

奥の方から20代半ばぐらいの男子が現れた。NLFSで雇っているスパーリングパートナーである。

「この方(男子)はアマチュアだけど総合格闘技で実績のある山内さんです。堂島さん、アナタのレスリング、空手の技術を駆使して自由に思い切って挑んで下さい」

麻美はオープンフィンガーグローブを渡されると山内と対峙した。

そこにいる一同が吃驚した。

開始の合図と共に恐るべき速さの高速タックルが決まるとあっという間にテイクダウン。そのままマウントになると拳を垂直に振り上げ顔面殴打。

一番驚いたのはスパーリング相手の山内であった。彼も何人ものテスト生の相手をしてきたが、いつもはテスト生にケガをさせないよう気を使って加減して相手をしてきたのだ。
こんな経験は初めてだった。あの桜木明日香を思わせるような高速タックルは防ぎようがなく、マウントからのパンチで早くも口の中を切ってしまったようだ。なんだ!この少女は...。

これが小学生の女の子なのか? 真剣に相手をしないとこっちがやられる。


麻美は空手やレスリング単独でのスパーリング経験は豊富だったが、こんな総合格闘技でのスパーリングは初めてだった。速攻が見事に決まりマウントにはなったが、拳を振り下ろしながらも次の攻め手が見つからない。
そういう点ではまだまだ素人の12才の女の子なのだ。

山内は現在プロを目指して日々練習している立場だが、地区のアマチュア大会ではそれなりの実績がある。175cm 70kg 屈強な25才男子である。
そんな彼が本気になるとジワジワと形勢逆転。気が付くと逆にマウントになろうとしていた。それでも麻美はレスリング仕込の寝技で必死に抵抗する。
やがて、山内は麻美の腕を取ると腕ひしぎ逆十字。そこで鎌田桃子よりストップがかかった。悔しそうにしている麻美と、それを信じられないといった表情で見ている山内。

山内の実力は、スパーリング相手としてNLFSがわざわざ雇った存在。
スクール内で彼に勝てるのはNOZOMIと鎌田桃子、シルヴィア滝田、それに奥村美沙子だけ。
奥村美沙子にしても彼に勝てるようになったのは半年前である。
天海瞳は打撃戦なら五分五分だが、総合ルールだと歯が立たない。

そんな山内を、一度もリングに立ったことのない素人女子小学生があそこまで追い込んだのだ。


鎌田桃子はそっとシルヴィア滝田の耳元にささやいた。

「凄い女の子ね。さすが堂島源太郎さんの娘さんだわ。でも...」

「でも?」

シルヴィアにしても、堂島麻美の実力がここまでとは?と思わなかった。

「でも、彼女の目を見て...」


堂島麻美の入校テスト。誰がどう見ても完璧で文句なしの合格であった。
でも、鎌田桃子にはどうしても気になる点があった。
その一つは志望動機、もう一つは?

「シルヴィア、堂島麻美の目が気にならない。ずっと考えていたんだけど、
あの目は、あの眼光は猛獣よ。例えるなら獲物を狙う豹のよう。ちょっとでも隙を見せると首筋にガブッときそうで私はゾッとする。NOZOMIさんが蛇なら彼女はleopard(豹)よ」

そこへスパーリングを終えた麻美が2人に挨拶しに寄ってきた。

「ありがとうございました!」

ゾクリ!

鎌田とシルヴィアは目を見合わせた。


シルヴィア滝田は思った。

堂島麻美はヒョウ。

あの娘は獲物を狙う女豹。


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