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16.準備
しおりを挟むとうとうこの日がやって来てしまった。
ルドウェル兄上の手紙が届いてから1ヶ月が経つ。
あれから、ルドウェル兄上と何度か手紙のやり取りをしていて、つい先日届いた手紙には《大体の候補が決まったので、一週間程で候補者に王宮からの手紙が届くだろう》と書かれていた。
そして一週間が過ぎ、レティシアの元には既に王宮から手紙が届いている。
陰の者を通して、ユラから手紙が届いたとの知らせが来ていた。何でも、レティシアはそれを見た途端、発狂したとか…普通の令嬢なら喜ぶ筈なのだけれど?
一年も私や兄上達と離れて暮らすのは耐えられないだそうだ。ユラ談。
私はユラから届いた手紙を読みながら、にやけていました。嬉しいよね。私達と離れるのが嫌だって!
レティシアの理想の結婚は、たとえ政略結婚でも母上と伯母上の様に気軽に行き来出来るのが良いらしい。もし仮に王妃になってしまえば、気軽にローレンス領地へ行く事は疎か、頻繁に私と会う事が出来なくなる。
レティシアは、それだけは何としても避けたいみたい。
レティシアは侯爵という立場上、頻繁にお茶会や舞踏会には参加しているが、静かで自然豊かなローレンス領地に長く居たせいか、レティシアも私と同じく人の多い華やかな所はあまり好きではなく、貴族特有の泥々とした空間や会話が苦手だった。レティシアがローレンス領地から王都にあるヴィンセント家の邸へ帰る時は、いつも悲しそうな顔になっていたからね。本当、レティシア可愛い。
そんな訳で、私は現在そわそわしながら、玄関近くの二階の階段の手すりに足を掛けて、腹筋をしてい待っていた。誰をって?レティシアだよ。
王都の邸へ帰って居たレティシアが、元々今日ローレンス領地へやって来る予定だった。
多分、私の予想では王都から送られて来た花嫁候補の手紙も持って来るだろう。
もう知ってるのだけれどね。
「お、お嬢!!そんな姿を奥様に見られたらお叱りを受けますよ!!」
「大丈夫よ!母上は丁度街へ出掛けているから」
手すりに足だけでぶら下がっている私をエイミーは見つけると、驚いて駆け寄って来た。
まあ、母上にこんな姿を見られたら大変だけれどね?
「それより!もうすぐレティシアお嬢様の乗った侯爵家の馬車が邸へ到着するので、降りて来て下さい」
「やっとね!今、降りるわ。よっと」
レティシアを乗せた侯爵家の馬車が到着する事を聞いて、ぶら下がっている状態のまま、手すりに引っ掛けていた足を離すと、一階のホールへ華麗に一回転して着地した。エイミーは、流石お嬢と拍手をしている。
そうこうしている内に、侯爵家の馬車が邸へ到着した様で、私は乱れたスカートの裾を直して、玄関の前でレティシアを待ち構える。
「リディーーー!!」
「わぁっ!!お、お帰りなさい、レティ」
「リディ、私ーーー…どうしましょう、どうしたらいいの」
「ん?レティ、来て早々どうしたの?」
玄関の扉が開くと同時にレティシアが真っ青な顔をしながら、興奮気味に私に飛びついて来た。
私はレティシアを落ち着かせる様に、背中を優しく摩ってあげながら、レティをそのまま庭に連れて行き、用意してあったテーブルの椅子に座らせて、私も席に着いた。
背後から着いて来ていたユラが、家の使用人に代わって、手際良く紅茶を用意した。レティシアは、出て来た紅茶を一口飲むと、やっと落ち着いたのか。ゆっくりと口を開いた。
「リディ、聞いて頂戴。私、第一王子殿下の花嫁候補に選ばれてしまったの…」
うん。知ってる。もう、その為の準備も出来てるのよ。
「あら、良かったじゃない。選ばれたら玉の輿よ?」
「嫌よ。だって、王宮へ行ったら一年も帰って来れなくてなるのよ?リディやアルヴァスお兄様、ルドウェルお兄様に会えなくなるなんて耐えられないわ」
「兄上達には会えるんじゃないかしら?二人とも王都にいるし、ルドウェル兄上は王宮の財務官なのだから」
レティシアの予想通りの返事に、私は苦笑いをしながらも、レティシアの話しを聞いてあげた。
「リディには会えないじゃない」
すると、レティシアはポツリと呟いて、目に涙を溜めながら上目遣いで私を見つめていた。
うん。可愛い。天使過ぎる。ちょっと、意地悪し過ぎたかな?
「でもね。レティは侯爵家だから断れない。参加は決定事項でしょう?」
「ええ、そうよ」
私の言葉にガックリと項垂れるレティシア。
「その花嫁候補に選ばれた者は、侍女や従者を連れて行っていいのよね」
「リディ、詳しいのね。そうよ、ユラを連れて行くつもりよ」
そりゃあ、レティシアより先に知ってるからね。それよりも重要な事をレティシアに言わなくてちゃね!
「レティと一緒に私も行くわ!」
「え?!リディも招待状が届いたの?」
「違う違う!!私もレティの侍女として行くのよ」
招待状が私の元に届く訳ないじゃない。そんな事になれば、全力で父上と兄上達が阻止してくれるもの。私だって、行きたい訳じゃないけれど、レティシアの為だもの。それに、私は王妃って柄でもないからね。目立ちたくもないし。陰で動きたいタイプよ。
私の言葉にレティシアは、椅子から立ち上がり、私の元へやってくると抱きついて喜んだ。
「嬉しいわ!リディとユラが居れば心強いもの!これからは毎日一緒に居られるのね!」
「私だって、レティとずっと会えなるのは辛いもの。ちゃんと父上と伯父上には話しておくから、レティは心配しないで」
私はニヤニヤしながらレティシアの頭を撫でていたら、ユラはすっごい呆れた顔をしていた。
長い事一緒にいると、ユラの表情が豊かだという事が分かって来た。微々たるものだけれどね。
「ちゃんと喜怒哀楽があるんだね!」って言ったら、レティシアが驚いていた。「私の専属侍女になってから、一度もユラの表情が変わった所なんて見た事がないわ」って、レティシアが言っていたけれど、そんな事ないのにね?
今だって、ほらーーー元主人の事を害虫を見るかの様な目で見ているもの。
ほんと、酷くない?
「とりあえず、レティシアのドレスを新調した所なの!丁度、花嫁候補の試験に持って行ける様な物を何着か仕立てたので、明日届く筈だから見てくれるかしら?」
「まあ!ありがとう、リディ!」
私の顔を見ると、ニッコリと愛くるしい笑顔で私を見つめてくれた。
あーもう!可愛い!!私の天使!!私、貴女の為なら何でも出来るわ。
王宮へ登城するのは、あと二週間後…
幾ら何でも早過ぎるって思うのだけれど、まあ準備時間を与え過ぎても、無駄に新調したドレスを沢山持ってくる令嬢とか出て来そうだからね。
手紙を受け取って、三週間程なら凝ったドレスでも頑張って二着、そこまで凝ってないドレスでも三、四着出来て良い方ね。
別にズルしてる訳じゃないけれど、私はレティシアの未来の為に準備は入念にしなくてはいけないから。
次の日、仕立て屋が持って来てくれたドレスをレティシアに全てのドレスを試着してもらい、細かな修正をして、ドレスの準備は出来た。
レティシアのドレスは普段着を合わせて5着程で、当日に持って行くドレスは新調した物と合わせても10着程度だ。あまり荷物が多くなり過ぎても嫌なので、それに何かあれば、後宮でまた新しくドレスを仕立てればいい。
他の令嬢達に比べれば、少ない方だけれど、競うところはそこじゃないからね。
私達の侍女服も完璧な出来栄えで、文句なし!暗器を収納出来る所も沢山作ってもらった。沢山入るよ!
仕立て屋が帰った後は、前に頼んでいた暗器が出来上がったので、武器屋の主人が持って来てくれる事になっていた。
レティシアは、母上と伯母上にこってりと礼儀作法やダンスのレッスンなどの指導を受けている。
私は逃げました。レティシア、ごめんね。
ちなみに私はちゃんと父上の許可を得る事が出来ました。うん。父上はちゃんと知ってましたよ。伯父上には伝えておくと言ってくれました。
伯父上が駄目だと言う事はない。寧ろ、喜んで付いて行ってくれと言うだろうと言っていた。そうなの?
母上と伯母上から逃げ切り、私は邸へやって来た武器屋の主人を応接室へ通してもらい、ユラとディールと共にテーブルの上に並んだ色んな形をした武器達を吟味していた。
「ほれ、依頼の品を持って来たぞ。こんな依頼を受けたのは初めてじゃったもんで、老いぼれの儂が久々にワクワクしながら作ったわい。お嬢様のご要望通りに出来ましたでしょうかな?」
「いえ。急な依頼で、それも変わった物にも関わらず、受けて下さってありがとうございます。早速拝見させて頂きますね」
武器屋の主人は、背中の曲がった小さい背丈に白髪頭に仙人の様な白く長い髭のご老人で、仙人しか見えない。手とか震えてるし、大丈夫なのか?って思ってたのだけれど、ディール曰く腕は確かで、若い頃は凄腕の陰だったって言っていた。
縁側でお茶を啜っているのが似合いそうなお爺ちゃんにしか見えないのだけれど。
改めて、武器屋のお爺ちゃんが作ってくれた暗器達を見た。
見た目は普通の貴族達が持つ物と変わらない扇子、骨は鉄製で出来ていて、先は鋭く尖っている。それを少し頑丈な布を被せて簡単に取り外しが出来る様になっている。いざとなったら、布を外して投げつけられる。普通に扇子として使う事も出来て一石二鳥な品物。
ブローチは、開けられる様になっていて、中に解毒剤や煙玉などを入れれる様になっている。ブローチの他にも、中に物が入れられたり、ロープを切れる小さなナイフを仕込んであるアクセサリーも数点作ってもらった。
暗器の出来は、全て文句の言いようがない品物だった。
いや、完璧な仕上がりだわ。
「そう言えば、アレは出来上がりました?」
「ああ、お嬢様の言われた通りに作っては見たけどのう。何せ初めて作る物じゃ。もう少し時間が欲しいのだが、とりあえずいち度履いて見てくれんか」
そう言って、お爺ちゃんが箱から取り出して来たのは、見た目は普通のブーツ。
膝下までの長さがある茶色のブーツなのだけれどーーーー
「うん。はき心地も悪くないわね」
私はお爺ちゃんからブーツを受け取って、早速履いてみた。はき心地も問題ない。普通のブーツよりも大分重たいけれど、これぐらいならすぐ慣れるわ。
「このブーツ…普通のブーツと違って、結構重たいのですが、何か仕掛けでも?」
私と同じブーツを履いたユラが重たそうに脚を上げ下げしていた。
「ふふん!そうよ!これはね、まず爪先に鉄が埋め込まれているのよ」
「鉄…ですか?」
「これなら、蹴りを入れても足も痛くないし、寧ろ鉄が入っている分、相手への蹴りの威力が上がるでしょう?あとは、踵のヒールの部分はスライド出来るようになっていて、中にナイフを仕込んでいるの。後は重りを入れているわ。後宮では、激しい運動が出来ないから鍛えられないでしょう?動けない分、少しでも足を鍛える為にね。どうかしら?」
「流石、お嬢様ですね」
「褒めないでよー」
「褒めてないです」
話し足りないのだけれど、熱弁した後にユラはすーっごく呆れた顔をしていた。
棒読みで拍手してくれたから、喜んだらスッパリと否定されました。
「気に入ってもらえた様で良かったわい。また、何か依頼があれば何でも言っておくれ」
「ありがとうございます。また、宜しくお願い致しますわ」
これで大体の準備は整った。
他にする事と言えば、ユラと王宮の隠し通路に精通しているディール、エイミーと作戦会議を行うぐらいかな。念には念を。
後は花嫁候補の試験ーーーいや、乙女ゲームのシナリオを待つばかりだった。
__________
次回は閑話になります。
これまでの登場人物一覧も載せたいと思っています。
応援ありがとうございます!
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