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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて
42 消せない過去(1)
しおりを挟むスカーピリナ国の王レオンに剣のことを聞くと、レオンは困ったように言った。
『まぁ説明してやってもいいが……クローディアにはわかるのか? 武器に詳しそうには見えないが……』
レオンにそう言われて私は困ってしまった。以前リリアと一緒に武器の本を読んだが、正直に言ってリリアの解説付きでも難しく思えた。しかも今ここには解説をしてくれるリリアがいない。
『確かに説明されてもわからないかもしれません』
素直に白状すると、レオンが声を上げて笑った。
『ふはは。だろうな! まぁ、俺との会話をしてくれようとしたのはわかった、ありがとな。でも無理はするな。無理をしなければいけない関係は苦しいからな』
無理をしなければいけない関係は苦しい。私はその言葉に痛いほど、共感できた。
『そう……ですね』
私が俯くと、レオンが私の頭に手を置いたかと思うと髪をぐしゃぐしゃにした。
『ちょっと、何するんです?!』
私は髪を整えながらレオンを睨みつけると、レオンが困ったように言った。
『そうそう、その顔の方がまだいい。クローディア、辛気臭い顔をするな』
私はレオンを見上げて言った。
『だからって髪をぐちゃぐちゃにしなくても……』
『頭を撫でたんだよ。髪をぐちゃぐちゃにしたかったわけじゃないから許せ』
どうやらレオンは私の頭を撫でたつもりだったらしい。
てっきり髪をぐちゃぐちゃしたかったのかと思ったが違ったみたいだった。私が無言で髪を整えていると、レオンが私を見ながら、背中に手を回すと剣を半分引き抜いた。
その瞬間、護衛騎士の三人が瞬時に私の前に立ち塞がったので、私はみんなの間からレオンの剣を見た。
レオンの剣は、展示室に飾ってあるような剣とは違い、少し淡い紫に光っており、ガルドやラウルやアドラーやレガードの持っていた剣と同じような輝きだった。
レオンは剣を鞘に納めると、穏やかな顔で言った。
『剣を見せただけだ』
私は護衛騎士の三人に「剣を見せてくれただけよ」と言うと、三人はまた後ろに下がった。
レオンは私を見て目を細めながら言った。
『クローディア、俺の剣は特別なんだよ。この剣にはハイマ国の王太子さんが秘密裏に我がスカーピリナ国に伝えてくれた、強度を保ち軽い剣にする技術が使われている。本当に凄い技術だ。俺は何度もこの剣に守られている』
私は思わず、レオンを見つめた。
ハイマの王太子と言うと、フィルガルド殿下だ。
私はフィルガルド殿下が秘密裏にスカーピリナ国に伝えてくれた、という言葉にとても引っかかりを感じた。
ハイマ国が国際的にも高い地位を保っているのは、ハイマの技術力が高いからだ。
そんな国の心臓ともいえる技術を秘密裏にスカーピリナ国に伝える理由とはなんだろうか?
私は、もう一度武器展示室を見渡した。
ここにある武器は、リリアの借りてきてくれた本には載っていたが、ガルドや、ラウルやアドラーが使っている愛剣とは違うように思えた。
もしかしてここにある武器は、本に載っているような一般的な武器が展示されており、ガルドたちが普段使っている剣はここに展示してある剣とは別の技術で作られているのだろうか?
嫌な予感がして私は思わず息を飲んだ。
そして、ゆっくりと尋ねた。
『なぜ秘密裏に技術を……?』
私の疑問にレオンが片眉を上げた後に、『この国の王太子妃のあんたになら言ってもいいか……』と言って教えてくれた。
『数年前に我が国の宰相が国を代表して家族でこの国を訪れたんだ。その時、この国の令嬢に宰相の娘が酷い暴言を吐かれたというのだ。憤慨した宰相に王太子とその側近がお詫びにって、俺の剣に使われている技術と材料の一部を、作る剣の本数を制限すること、絶対に口外しないことを条件に譲ってくれた』
お詫びに貴重な技術を譲る?! 待って?! それって大丈夫なの?とても貴重な物なんじゃ……
背中に冷や汗が流れた。心臓の音が段々と早く大きくなっていく気がする。
王太子と側近が令嬢が暴言を吐いたせいでお詫びをする。それってもしかして……
ふと、遠い昔にフィルガルド殿下が私によく見せていた泣きそうな顔を思い出した。
『クローディア、どうか話を聞いてください。私がいつまでもあなたを守れるとは限らないのです』
『クローディア、お願いです。どうか他の人の話にも耳を傾けて下さい。皆、私自身のことなどなんとも思っておりません』
『クローディア、話を……聞いてください……どうか……』
私は目の前が真っ暗になった。
私だ……私のせいで、フィルガルド殿下は苦悩の末にスカーピリナ国の宰相に国の心臓である技術の一部を渡したんだ……
フィルガルド殿下と側近のクリスフォードが令嬢の失態を必死であやまるなんて……
その令嬢――私だ!! 私が原因としか思えない。
それにクローディアの記憶にも、どこかの国の令嬢に暴言を吐いた記憶がある。
しかも厄介なことにクローディアは語学が堪能なので、他国の令嬢とも言葉が通じてしまう。だから、暴言もしっかりと相手に理解されてしまうのだ。
あの頃クローディアは、話も聞かずにフィルガルド殿下に女性が近づくだけで攻撃的な態度を取っていた。
こんな形で迷惑をかけていたなんて……!!
どうして今まで気付かなかったのだろう。他国の令嬢に暴言を吐いて、何も問題が起きないなんて有り得ないのに!!
これまでそんな当たり前のことにも考えが及ばなかった自分の能天気さに、吐き気がした……
私が自分の浅はかさに呆然としていると、レオンが心配そうに言った。
『クローディア、どうした? あ、技術とか言ったから、王太子さんの研究施設のことを思い出させたか? 雷が落ちたんじゃどうしようもねぇけど、王太子さん、しばらく城に戻れねぇんだろ? 本当に大変だったな。まぁ、俺も今回は王太子さんに会いに来たようなもんなんだが、早く向こうが落ち着いて、会えるといいんだけどな』
私は唖然としながらレオンを見つめた。
「え?」
私はまたしても全く知らなかったことを聞いて、思わず固まってしまったのだった。
なに……それ……何も聞いてない……
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