ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

たぬきち25番

文字の大きさ
71 / 308
第二章 お飾りの王太子妃、国内にて

52 王城内で(2)

しおりを挟む
 ジーニアスは、すぐに大声で見張りの兵士を呼んだ。ようやく見張りがジーニアスの声に気付いたので、ジーニアスがムチを服の中にしまいながら、冷静に辺りを見回すと、先ほどの刺客が落としていったと思われるハンカチが目に入った。
 拾おうとすると、どこか疲れた様子の兵士が駆けつけて来た。

「どうかされましたか?」

 慌てて駆けつけた兵士に向かって文官が座ったまま声を上げた。

「どうかされたではありません。今、ここで刺客に襲われました!! なぜ見張りの兵がいないのですか?!」

 兵士が驚いたように言った。

「襲われた?! 申し訳ございません。現在、王太子殿下の庭で、王太子妃殿下の襲撃事件が起こり、皆そちらの応援に行っているのです!! 王太子殿下の研究施設の災害で騎士はそちらに多く行っておりますし、今は、スカーピリナ国からお客様もお見えですので、本殿だけではなく、来賓館などの警備もございますし、他国の王族の方もいらしておりますので、国王陛下や、王妃殿下、王太子妃殿下にも通常よりも多い人数で警備にあたっておりますので、人手が足りずに……」

 ジーニアスが青い顔で兵士に詰め寄った。

「王太子妃殿下が襲われた?! 無事ですか?! クローディア様はご無事なのですか?!」

 詰め寄るジーニアスに兵士は恐怖を覚えながら答えた。

「王太子妃殿下は、ご無事です。護衛騎士はもちろんのこと、騎士団の副団長と、側近殿も王太子妃殿下のお側におられて王太子妃殿下をお守りしたとのことです」

 ジーニアスは、大きく胸をなで下ろしながら言った。

「ラウル殿とアドラー殿がおられたのか……よかった……それなら安心ですね。ですが、こうも同時に事件が起こるとは……偶然だとは思えないですね……」

 文官が、ようやく立ち上がりながらジーニアスを見ながら言った。

「そうですね……普段なら、この辺りには警備兵がいて、簡単には入れないですが、王太子妃殿下襲撃ともなれば、皆そちらに向かいますよね……警備を手薄にしたかったように思います。仕組まれていたと考える方が自然ですよね」

 ジーニアスも文官の言葉に頷くと、気になっていたことを尋ねた。

「……ところで、なぜ刺客が旧ベルン国の人間だとわかったのですか? 何か話をしたのですか?」

 ジーニアスの問いかけに、文官が答えた。

「ああ、私の口をハンカチで押さえた刺客が『効かない』と言ったのです。訳すと……効かない、です。私の祖母は旧ベルン国の人間なので、私はベルン国の言葉がわかるのです」

「旧ベルン国の言葉で……効かない? 刺客はハンカチで口を?!」

「はい」

 文官の言葉を聞いたジーニアスは、再び青い顔をして焦った様子で先ほど素手で拾おうとした刺客が落としたハンカチをポケットから出した懐紙で包みながら拾い上げると、そのハンカチを自身のポケットに入れながら言った。

「なんということだ!! それを早く言って下さい!! 今すぐ、ヒューゴ殿のところへ行きますよ!!」

 ジーニアスは文官の手を取った。実はジーニアスには文官がハンカチで口を覆われていたのは見えなかったのだ。文官も元気なので、恐ろしい可能性に気付くのが遅れた。

「え? 私はこれから、婚約者と食事に……」

 困惑する文官に向かってジーニアスは焦りながら大声で言った。

「そんな悠長なことを言っている場合ではありません!! 毒を使われた可能性だってあるのですよ?! 遅効性の毒だったらどうするのです?!」

「え? 毒?!」

 ようやく事態の深刻さがわかったようで、文官も顔を青くしながら素直にジーニアスに従った。ジーニアスは文官を走らせて毒が回ってもいけないので、文官を背中に乗せて移動することにした。

「早く乗って下さい!!」

 ジーニアスがかがむと、文官は首を振って断った。

「いや、自分で動けますから、いいですよ?!」

「早く!! 死にたいんですか?! それとも抱きかかえられたいのですか?!」

 文官は瞬時にジーニアスに令嬢運びと言われる、いわゆるお姫様抱っこで運ばれる自分の姿を想像して鳥肌がたった。女官に人気のあるジーニアスにそんなことをされては後で何を言われるかわからない。

「ジーニアスさんに令嬢運びって~~~!! すみません、背中でお願いします!!」

 いつも穏やかなジーニアスの緊迫した様子に、文官も大人しくジーニアスの背に乗った。
 ジーニアスは、文官を背に乗せると、兵士に向かって言った。

「ここはあなたにお任せします。そこの記録文書も私が戻るまで預かって下さい。では、私たちは急いで薬草保管室に向かいます!!」

「はっ!! 私に緊急の呼び出しなどありましたら、薬草保管室に届けさせます」
「お願いします」

 話を聞いていた兵士は、すぐ近くに置いてあったジーニアスの持っていた記録文書を手に持つと姿勢を正しながら返事をして、ジーニアスたちを見送ったのだった。





 薬草保管室には、ヒューゴを含めて数人の薬師がいて、帰る支度をしていた。ジーニアスと文官が部屋に入ると、室長が困ったように言った。

「そろそろ帰ろうかと思っていたので、急ぎでなければ明日にしていただけると……」

 室長が明日にしてほしいと伝えると、ジーニアスは室長ではなく、後ろにいたヒューゴを見ながら言った。

「ヒューゴ殿。この方が、旧ベルン国の人間に毒を盛られた可能性があります。すぐに調べて下さい。命に関わります」
 
 そう言ってジーニアスはポケットから刺客が落としていったハンカチを取り出して、テーブルの上に置いた。

「これが、刺客が使ったハンカチです。微かですが、植物の毒特有の刺激臭がします」

 そう言った瞬間に、薬草保管室が緊迫した空気になった。

「刺激臭?!」
「急いで窓を開けろ!! 毒薬検査薬を持って来い!」
「旧ベルン国なら神経系の毒の可能性がある、すぐに解毒薬を!!」

 薬草保管室の皆が慌てる中、ヒューゴは頷きながらジーニアスを見て言った。

「後は私に任せて、ジーニアスさんは、外で待機して下さい。そして、誰もこの部屋に入れないようにして下さい!」

「わかりました。お願いします」

 ジーニアスは、文官をヒューゴに託すと部屋の外に出たのだった。


しおりを挟む
感想 955

あなたにおすすめの小説

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつもりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を助けようとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。

パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、 クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。 「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。 完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、 “何も持たずに”去ったその先にあったものとは。 これは誰かのために生きることをやめ、 「私自身の幸せ」を選びなおした、 ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。