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第四章 お飾りの王太子妃、郷愁の地にて
11 騎士の想いと矜持(2)
しおりを挟むレガードの背丈ほどの槍のような武器ランスを持ったドルフは、仲間に向かって声を上げた。
「この男は私が引き受けよう」
そして今度は、レガードに向かって言った。
「さぁ、あの時の続きだ。ハイマ騎士殿」
ふと、レガードはドルフと会話が出来ることに気付いた。
旧ベルン国で話をしていた時、ドルフはベルン国の言葉で会話をしていた。だが今はハイマの言葉を使っていた。
騎士になるためにレガードは体術、剣術、戦術などは必死に学んだが、言葉はハイマの言葉しかわからない。ハイマを出てからはずっと誰かに通訳を頼んでいたので歯がゆい思いだった。
それなのにドルフは、レガードがハイマの騎士だとわかるとハイマの言葉で話しかけて来た。その事実がレガードの胸に少し焦りを感じた。
レガードは焦りを吹き飛ばすように、ドルフを睨みながら剣の柄を持つ手に力を入れた。
「ドルフ殿、私がお相手いたします」
つい数ヶ月前までのレガードなら、ドルフの巨大な武器を見て怯んでいたかもしれない。
だが――今は違う。
軍事国家スカーピリナ国にはありとあらゆる武器を持つ兵がいた。クローディアを護衛するために同行していたハイマの騎士は、この旅の間中、ずっとスカーピリナ国の兵と共に訓練をして来たのだ。
当然、ドルフのように巨大なランスを使う兵もいたのだ。さらに世界最強を誇る軍の訓練は無駄もなく合理的だった。おかげで、ハイマ騎士全体のレベルも底上げされた。特にレガードは元々センスがあったのでかなり成長した。
レガードは真剣にドルフのランスを見つめながら思った。
――少しでも当たれば、致命傷になりかねない。全ての攻撃を避け切る必要がある。
ドルフがランスを振り上げた瞬間、周囲に風が巻き起こった。
一緒に訓練してたスカーピリナ国の兵のランス使いよりも、ドルフの方が力が強い分致命傷になりかねない。幸いランスは攻撃力が高い分、死角も多い。
レガードはドルフがランスを振り上げた瞬間に攻撃を仕掛けようとした。すると、今までランスを振り上げていたドルフが、すぐに反応してランスの柄でレガードの攻撃を防いだ。
ドルフはレガードの剣を受けながら、レガードを見下ろすように言った。
「ランスの最大の欠点は隙が多いこと。私が考えないとでも?」
レガードは急いでドルフから距離を取った。そしてドルフの攻撃範囲と反応を見るために、さらにスピードを上げてドルフに斬りかかる。それをドルフが止めるという攻防を繰り返していたのだった。
レガードは常にこちらから攻撃を仕掛けることで、ドルフの強力な攻撃を封印した。
――攻撃している間は、向こうはそれをやり過ごすしかない。
レガードはいつか訓練の時に言っていたラウルの言葉を思い出し、とにかくランスを封じるために高速で剣を振り上げていた。
さらにレガードの隣でハイマの兵も健闘し、お互い一歩も引かない攻防を見せていた。
レガードの剣をひたすら受け続けていたドルフは顔を歪めながら声を上げた。
「くっ……やるな。私としたことが……少々時間をかけすぎた」
ドルフがそう呟くと、突然レガードから離れて、ランスを目の前にかざしながら言った。
「貴殿は強い……だが、これで……終わりだ!!」
風が周囲の小石や葉を巻き上げるほど吹き荒れた。
「くっ!!」
レガードが風に目を細めていると、ドルフがランスを凄い勢いで縦横無尽に振り回しながら、レガードに向かって行った。
まるで大きな岩が向かってくるように隙もなければ、逃げるという選択肢もない。自分の後ろには多くの仲間がいる。
レガードは必死に、目を開いて突破方法を考えた。
――もう、これしかない。
レガードは腰を低くして剣をかざした。
「無駄だ!! 剣では、この攻撃からは逃げられない!」
ドルフは高速でランスを振り回しながらレガードにぶつかって行った。
「……はっ……く」
逃げ場のないレガードにドルフのランスが牙のように爪痕を残した。
レガードの騎士服が赤く染まっていく。
「今度は私の勝ちのようだ」
そう呟いた瞬間、レガードの鋭い剣がドルフを襲った。
「くっ……何?」
ドルフの服が赤く染まる。
ドルフは片手をランスから離して、自分の傷を押さえた。
「隙がないのなら……作るしか……ない」
レガードは肩用防具にランスの先が当たるようにして致命傷を避け、攻撃の衝撃に耐えた。
そして、攻撃を終えて隙が出来た瞬間にドルフの胸元から腹部かけて攻撃した。
――攻撃の後は隙ができる。攻撃をやり過ごして機会を待て。
これも訓練中にラウルが言った言葉だった。
ラウルの言葉は、絶対絶命の状況で何度も活路を見出してくれた。
ドルフは、レガードを唖然として見ながら言った。
「まさか、自分を盾にして隙を作ったというのか……? なんという男だ……ぐっ!」
大きな金属音が辺りに響いた。
皆が振り返ると、ドルフのランスが地面に落ちていた。
ハイマ兵と戦っていた他の者がイドレ国の者たちが、一斉にドルフを見た。
一方、レガードは傷を負いながらも、今だに剣を正面で構えていた。
傷を負いながらも剣を離そうとしないレガードを見て、ドルフは胸元を押さえながら呟いた。
「申し訳ございません……皇帝……陛下」
レガードは決して剣を持つ手を離さずに、ドルフを睨みつけながら言った。
「皇帝? ……例え誰であろうと、絶対に彼女に手は……出させない!!」
レガードの言葉にドルフは少しだけ口角を上げた。
「お前のような男にそれほどの覚悟をさせる女性か……」
ぐらりと身体を傾けたドルフに女性が飛びついて来た。
「ドルフ様~~~!! 早く!! 誰か、ドルフ様を!!」
女性は取り乱したように声を上げると、イドレ兵がドルフに近付きドルフを支えた。
そして女性は煙幕を使い、辺りに煙を振りまいた。
煙で視界を塞がれた時、レガードの耳にドルフの声が聞こえた。
「また引き分けか……」
思わず目を閉じたハイマ騎士たちが、煙が消えて辺りを見回すとドルフたちの姿は消えていた。
そして門の近くで馬の鳴き声と馬の足音がした。
――逃げられたか……
レガードは剣を持ったままその場から動けなかった。これがラウルやガルドだったら完全に捕えていただろう、と思い己の未熟さに悔しさを感じていたが、身体が石のように動かない。
肩用防具はドルフの攻撃で粉々に砕けてしまったので、攻撃を完全には防げず、傷を負ってしまった。
「レガード!! 無事か?!」
「レガード!!」
レガードは焼けつくような痛みと熱を放つ自身の傷を感じていた。
仲間の声が聞こえる。
仲間は無事のようで安堵した。
大丈夫だ、声をかけたいが声が出ない。
さらに……声の方を見ることも出来ない。
全身に心臓が転移しているかのように自分の身体中から心音が聞こえる。
耳のすぐ近くに心臓があるようにも感じる。
左肩が焼けているように熱いが、動けない。
さらに……身体に鉛が入ったように……重い。
それでも剣から手を離さずにレガートは、倒れることなく地面に立っていた。
『クローディアを守る』
今、自分が倒れるわけにはいかない。
レガードはすでに思考はなく、気力だけで立っていた。
そして遠くから「皆!! 応援に来た」と叫ぶラウルの声が聞こえた。
ラウル副団長?
――戦場でラウル副団長やガルド元副団長の声が聞こえると、もう大丈夫だって身体の力が抜けるんだよな~~。こう、ふわっとな……絶対の安心感っていうかな……俺も、そんな男になりたいぜ。
昔、先輩の騎士たちが飲みながらそう話しているのを横で聞いていた。
その時は、ラウル副団長は確かに強いからな、と何気なく思っていた。
だが、そうではなかった。強いからだけではない。
いつも何かあったら助けてくれる。
いつも勝利を勝ち取っている。
いつも誰かのことを守り切っている。
――日頃からのラウルに対する絶対的な信頼……
レガードはようやく、先輩たちの言葉の裏に含まれていたラウルとガルドへの賛辞の本当の意味を、知った気がした。
――ああ、そうですね。先輩方……私もそんな男に……なりたいです。
ラウルが来てくれた。もう……大丈夫……だ。
ラウルの声を聞いた途端、レガードの身体から自然に力が抜けた。
剣の落ちる音がして、レガードの身体がゆっくりと傾いた。
「おい、レガード!!」
レガードは仲間の兵の言葉に答えることもなく、そのまま傷の痛みと出血で気を失ったのだった。
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