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第四章 お飾りの王太子妃、郷愁の地にて
24 歓迎の夜会会場
しおりを挟むその後、私は大公邸で食事をして、ここから夜会に向かうことになった。準備を整え、私はアドラーとラウルとサフィールと共に馬車に乗った。ちなみにディノは御者席に座っている。
私は、ふと斜め前に座るサフィールに気になっていたことを尋ねた。
「サフィール様、なぜ私にあのバラを見せてくれたのですか?」
サフィールは「あ、ああ……」と目を伏せた後に困ったように言った。
「気を悪くしないでほしいのだが……ディアがベルン奪還に手を貸したと聞き、さらにディアが発案したという作戦の全貌を知った時、私は見事な手腕を尊敬すると同時に……不安に思ったのだ。ディアが生き急いでいるように思えてな……」
私だけではなく、アドラーやラウルまで硬直しながらサフィールを見ていた。
「……え?」
生き急ぐ?
サフィールは、困ったように慎重に言葉を選びながら話を続けた。
「何かを焦っている……どう表現するのが適切なのかわからないが……居場所を探している……そう感じて不安で、先日、ディアの夫が側妃を迎えようとしていることを知った。もしかして、ディアは夫が側妃を迎えることで焦っているのかもしれない、と思った。私はそんなディアが心配で、あのディアを体現したかのような華麗なバラを見せてあなたが素晴らしいと、あなたの居場所があるということを伝えたかった」
あ……
私は思わずじっとサフィールを見つめた。私はラノベでは断罪される悪役令嬢だ。いずれはフィルガルド殿下から捨てられる。
私に幸せな未来などない……ずっとそう思っていた。
でも……
本心ではずっと私は穏やかで……あたたかな生活を望んでいた。
サフィールの言う通り――居場所を……探していたのかもしれない。
私はサフィールに「ありがとうございます」と言って微笑みかけると夜会会場に向かったのだった。
その時の私はサフィールを見ていたので気づけなかった。ラウルとアドラーがつらそうな顔をしていたことに……。
◇
私たちを歓迎する夜会会場は、王宮のすぐ近くにあるパルテノン神殿のような見た目の建物だった。
中はとても広く豪華な丁度品が飾られて、想像以上に多くの招待客で溢れていた。
私は陛下や王妃と話をしたり、他にも多くのダラパイス国の貴族と話をした。他国での夜会だからか、普段は少し離れた場所で様子を見ているアドラーとラウルは、不自然なほど私から離れなかった。
ラウルとアドラーの距離が近いので、少し目立っていたように思う。
目立っていたといえば、会場内で一番目立っていたのはブラッドだった。
ブラッドは色とりどりの美しいドレスを着た令嬢に囲まれて、色彩豊な要塞のようになっていた。
やっぱりブラッドってモテるのね……
私は思わず、ずっと令嬢たちに囲まれているブラッドを見ながら息をついた。
ブラッドは信じられないほどの美形なのだ。さらに隣国の公爵子息。モテないはずがない。
なんとなく胸の中に強い風が吹き荒れるような息苦しさを感じて、ブラッドから視線をそらした。そして、美しくライトアップしている庭を見つめた。
「ねぇ、アドラー。ラウル。少しだけベランダに出てもいいかしら?」
夜会会場には多くの護衛がいる。だから少しだけ息抜きをさせてほしかった。
私が尋ねると、アドラーとラウルが顔を見合わせた後に「では少しだけ」と言ってベランダに出た。
ベランダに出ると、恋人繋ぎをして見つめ合ったり、キスしそうなほど顔をくっつけて笑い合っていたり、寄り添っている男女が数組いたが、私の姿を見るとそそくさと去って行った。私は王太子の庭だけではなく、ここでも男女の邪魔をして貸し切り状態になった。
「また邪魔をしてしまったわ……」
思わず呟くと、アドラーが何気なく言った。
「また? 以前にもそんなことがあったのですか?」
「ええ……フィルガルド殿下の庭に行った時……」
そこまで言うと、アドラーがしまったという顔をしたので思わず言葉を切ってしまった。
無言になった私に、ラウルが少し大袈裟に両手を広げて言った。
「クローディア様、もしもあなたに翼があったら……今、空を飛んでフィルガルド殿下に会いに行きたいですか?」
ラウルの言葉に、アドラーが慌てて「おい、ラウル」と言って止めようとしたがラウルはじっと私を見ていた。
もしも翼があったら――会いに行くか……?
私は大きく両手を広げているラウルの右手に右手を当ててハイタッチのようなまねごとをした。
周囲に手と手を合わせる大きな音が響いた。
その瞬間、アドラーは驚いて大きく目を開けて、ラウルは驚いた後に嬉しそうな顔をした。
私はそんな二人を見ながら答えた。
「いえ。私には私のやるべきことがあるわ。それに……私、レオンのお披露目会には絶対に出席したいわ。王族としての務めというのはもちろんだけど……友人というか……よくしてもらった人だから、晴れ姿を見たい……空は飛んでみたいけれど……」
私は本心からそう思っていた。
フィルガルド殿下に会いたいし、バラのことを聞きたい。
でも……それは、今ではない……
私の答えを聞いたアドラーが口角を上げながら私の前に両手の手のひらを差し出した。
私はアドラーの両手にも両手を当てた。すると周囲に手と手を合わせた小気味よい音が響いた。
その瞬間。強い風が吹いて、アドラーの頭に大公家で見たどこかから飛んできたゴリンの花びらがついた。
「アドラー、花びらがついたわ。かがんで」
私がアドラーの髪から花びらを取るために手を伸ばすと、アドラーが困ったように頭を下げながら言った。
「クローディア様のお手を煩わせるなど……どこから飛んできたのでしょうか?」
私はアドラーの髪についていたゴリンの花びらを見ながら声を上げた。
「……どこかな?」
私は周囲を見たが、ゴリンの花は見当たらなかった。
「ああ、あそこでしょうか。ゴリンの木はこの国を象徴する木ですからね……」
ラウルが少し離れた場所を見上げると、会場から少し離れた丘にゴリンの木が風で揺れていた。
「あんなところから……」
アドラーがゴリンの木を見ながら呟いた。
私はその呟きを聞いて、遠くにあるゴリンの木と、アドラーの頭についていた花びらを見た。
花びらが……飛んできた……?
私はすぐに背の高い、アドラーとラウルを至近距離で見上げながら言った。
「そうよ……どうして今まで気付かなかったの?」
私の言葉に、ラウルとアドラーが顔を見合わせて首を傾けたのだった。
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