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第四章 お飾りの王太子妃、郷愁の地にて
47 再びの歩み(1)
しおりを挟む数日後、当所の予定では直接スカピリーナ国に向かうと言っていたレオンが、ダラパイス国に戻るとの連絡を受けた。
停戦のおかげで早く戻れることになったからとのことだった。
そして……陽が傾きかけた頃。
賑やかな出迎えと共に、レオン率いるスカーピリナ国軍がダラパイス国の王宮の敷地内に入って来た。
「スカーピリナ国、国王レオン陛下のご入城!!」
軍が入城するというので、城門を全開にしているので防犯のために私は、ラウルとアドラーとリリアと一緒に遠くのバルコニーからレオンの入城の様子を見ていた。
「レオンは国王陛下なのよね……いつも気さくに話かけてくれるから少し遠い人に感じるかも……」
レオンはあまり派手に着飾ることはしないが、銀糸のような髪が夕日を受けて赤く染まり、まるで燃えているように見える。その姿が悠然として存在感があり、さらに大きな剣がよりレオンの存在を引き立たせていた。
私のすぐ後ろに控えてくれていたリリアが少し考えるように言った。
「レオン陛下はクローディア様には王族というよりも一人の人間として接してほしいと思っているように見受けられます」
一人の人間として……
それは、私も理解できる。フィルガルド殿下の妻になってから私は、自分ではなく『フィルガルド殿下の正妃』という存在になった。
会う全ての人間にフィルガルド殿下の正妃としての扱いを受ける。そうすると、段々自分は何者なのかわからなくなり、自分が消えてしまいそうになる。
普段から、自分に自信があり自分が確立している人ならそうは思わないかもしれない。でも――私はそうではなかった。
ただ私にはブラッドというふてぶてしい人が側にいて、私の立場などお構いなしに接してくれた。
レオンも、もしかしたらそんな存在を求めているのかもれない。
そんなことを考えながらレオンの様子を眺めていると、遠いのではっきりとはわからないが、レオンが顔をこちらに向けた気がした。
「レオン陛下が、こちらに気付かれましたね」
私の隣に立っていたラウルがそう呟いた。
「ラウル、よく見えるわね」
私がレオンのいる方とは反対側にいるラウルの方を見てそう言うとラウルが再び声を上げた。
「クローディア様、レオン陛下をご覧ください」
レオンの方を見ると、レオンは私を見て手を上げていた。よくわからないが、手を振っているように見えたので、私も急いで手を振ると、より一層レオンの腕の動きが大きくなった。
すごい……確実に見えてる……
「レオンも……目がいいわね……」
道の真ん中を堂々と歩いているレオンと違い、私たちは部屋の前のバルコニーから見ているのだ。それなのに私たちに気付くのは、かなり目がいいのだろうと思う。
「クローディア様、レオン陛下にお会いに行かれますか?」
私はブラッドに聞いた今日の予定を思い出して腕を組みながら答えた。
レオンはこれからダラパイス国の国王、つまり私の祖父とあいさつをしたり、夜会に出席したりとかなり忙しい。私たちがすぐにダラパイス国を発つので、歓迎の夜会も今日行われるのだ。レオンも戦場からの長旅で疲れているだろうから、夜会まで少しでも休んでほしい。
「そうね~~。これから、レオンはダラパイス国国王陛下とお話した後に、歓迎の夜会があるのでしょう? 私もそろそろ夜会の準備があるし……夜会で話をしようかな」
リリアが微笑みながら答えた。
「かしこまりました。それではクローディア様、そろそろ中へ……夜会の準備を始めましょう」
「ええ」
私はレオンが見えなくなると部屋の中に入ったのだった。
◇
それから、夜会の時間になった。
今日の私のエスコート役は、ブラッドだったのでブラッドの衣装に合うように落ち着いた色のドレスを着た。
「クローディア殿、お手をどうぞ」
ブラッドは相変わらずドレスを褒めることもなく、私に手を差し出した。
「ありがとう」
私としても、ブラッドにドレスを褒められるなんて思ってもいないので、すんなりとブラッドの手を取った。ブラッドと一緒に歩いていると、ふとブラッドが呟くように言った。
「あなたは、落ち着いた色のドレスが好きなのか?」
私は、夜会のためにいつも以上に気合の入った全身黒い服を着て、髪を後ろに流し輝きが増しているブラッドを目を細めて見上げながら答えた。
「まぁ、嫌いじゃないけど……ブラッドのエスコートだから、あまり華やかなドレスじゃ浮いちゃうでしょう?」
レナン公爵家のブラッド君の服装は……全身黒。とても似合っているが、そんなブラッドの隣に立つには落ち着いた色以外を選べないのだ。私はベルベット生地のかなり落ち着いた色合いのワインレッドのドレスを着ている。
当たり前のように答えると、ブラッドは驚いたのか目を大きく開けながら立ち止まり、私をじっと見つめながら言った。
「私に合わせてその服を?」
私は首を傾けながら言った。
「当然じゃない」
真っ黒なブラッドの隣で、華やかなドレスと来たらさすがにちぐはぐになってしまう。せめて中のベストだけでももう少し明るくしてくれたら、明るい色のドレスでも問題ないのだが……
私は固まるブラッドの顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
ブラッドは、口を押えた後に私を見ながら言った。
「悪い……今度からはそう言ったことも気を遣うことにする」
私はその反応を見て悟った。
もしかしてブラッド……私以外の女性をエスコートして夜会に出たことない?
私はどうしても気になってブラッドに尋ねた。
「ねぇ、ブラッドって……夜会で誰かをエスコートしたことある?」
ブラッドは至って真面目な顔で「ゲイル伯爵のパーティーであなたをエスコートした」と答えた。
その言い方……もしかして、私が初めて?!
そう言えば、レナン公爵子息だというのに、ブラッドはいつも夜会では一人だった気がする。
「卒業式の後のダンスは?」
気になって尋ねると、ブラッドは無表情に答えた。
「……忙しくてな。出ていない。卒業後のダンスについては、あなたも人のことは言えないと思うが?」
確かに私も卒業式の後のダンスはサボった……いや、結婚式前で忙しかったので欠席したのでブラッドのことは言えない。でも、私以外に卒業後のダンスに出ない人がいるとは思わなかったので驚いてしまった。ブラッドが誰とも夜会に出たことがないのがとても意外だった。
だが、すぐにブラッドが誰もエスコートしなかった理由を思い出し遠い目をしてしまった。
――モテ過ぎたんだね……レナン公爵家のブラッド君は……
ブラッド君は、超絶美形。しかも筆頭公爵家の嫡男。それなのに……婚約者なし!!
うん。ご令嬢の争奪戦で大変なことになるね……
私はブラッドを見て深く同情した。
「何かひどく不快なことを考えているようだが、夜会会場に着いたぞ」
私は気を取り直すと「ええ」と言って夜会会場に入ったのだった。
◇
夜会が始まると、レオンは、ダラパイス国の国王の隣に座っていた。レオンの前にはレオンにあいさつをしようという人々の長い列が出来ていた。
「そうか……レオンは王様だから、あの場所から動けないのか……」
国王というのは、警備の関係で多くの国で椅子に座ったまま動かないことが多い。椅子に座ったままの王の代わりに王太子や王太子妃が動いて皆にあいさつをしたりするのだ。
私は、玉座に座ったままのレオン見て少し寂しく思えたのだった。
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