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雪合戦まであと24日
しおりを挟む「本当にいいのか? ご両親はいるのか?」
次の日。俺は平塚に連れられて、彼の家にやってきた。
平塚の家は平屋の広い一軒家だった。駐車場や庭もあり、とてもきれいに整えられていた。
「誰もいないけど、両親には平塚を家に呼ぶこと伝えてあるから、遠慮せずに入って」
誰もいない家にお世話になるのは申し訳ないが、事前に伝えてくれているのなら安心だ。
「……お邪魔します」
小学生の頃は公園や河川敷ばかりで遊んでいたので、俺は友達の家にはほとんど遊びに行ったことがない。
友人宅に行くと、かなりの確率でゲームをすることになり、画面酔いをして迷惑をかけるので、昔からなるべく行かないようにしていた。
「野沢って、人の家とか行かないの?」
不意に尋ねられて驚いて平塚を見た。
「え? どうして?」
「まぁ、すげぇ警戒してるっていうか……明らかに慣れてないし……普通、親いないって言ったら、みんな喜んで遠慮なく上がるからさ。それに靴をそんなにきれいにそろえて上がる同級生、初めて見たわ。なんか菓子折りとかも出て来そうだな」
「あ~~一応、お菓子持参したけど……どうぞ。つまらないものですが」
俺は鞄から親に用意してもらったファミリーパックのお菓子を取り出して、平塚に渡した。
「はぁ? 冗談だったのに!! しかも学校に持ってくるなよ。持ち物検査あったら怒られるぞ。でもまぁ……ご丁寧にどうも……」
「持ち物検査……それは盲点だった」
母親に『平塚家に行く』と言ったらお菓子を持たされたので、何の疑問も持たずに持ってきたが、確かに学校には菓子類などは持ち込み禁止だった。
「ははは、俺としては野沢がお菓子準備してくる方が盲点だった。今度から何も持って来るなよ」
「今度があるのか?」
「ある」
「あるんだ……」
「とにかく、こっち上がって」
「うん」
俺は、平塚に玄関に上がってすぐの客間に案内された。
扉を横にスライドさせて開けた途端、まず視覚よりも嗅覚を刺激された。
(イグサの匂い。ここ、畳の部屋だ……あ、こたつがある!! こたつだ!!)
匂いの後に目で部屋の中を見ると、鮮やかな緑が目に入った。やはりここは畳の部屋だ。
少し高くなった場所に畳が敷いてある。小上りの和室だ。
大きな木目調のこたつが中央に置かれ、低い位置にある明り取りのための小窓からは障子を通した柔らかな光が差し込んでなんとも心地がよい。
俺の家には畳もこたつもないので、かなり羨ましい。
「適当に座ってて」
平塚は俺を客間に案内すると部屋を出て行った。
きれいに掃除されているのに、ティッシュやウエットティッシュやゴミ箱などの生活必需品は完備されており、おしゃれで色とりどりの座布団やクッションが和ませてくれるので、過度に緊張もしない。
(こたつだ!! 初めて入る!!)
ダウンを脱いで鞄の隣に置くと、俺は憧れのこたつに足を入れた瞬間に違和感を感じて中をのぞきこんだ。
柔らかなオレンジ色の光が暖かそうでさらに身体の力が抜けた。
(ん? ああ、それでここ高くなってるのか……)
しかもこたつに入ると掘りごたつになっていた。
(平塚のご両親のセンスすげぇいいな……ああ、あったかい、ずっと入っていたい)
さっきまでは緊張していたが、今はとても和んでいる自分がいた。
「お待たせ」
すっかりこたつの虜になり、和んでいると、平塚がグレーのダボッとしたパーカーと、黒のワイドパンツに着替えを済ませ、飲み物と、俺の持って来たお菓子を持ってきてくれた。
家でもなんとなくシャツやストレートパンツを着てカッチリしている印象のある平塚が、俺の私服と似たような姿で現れたので少し意外だった。
「俺だけ着替えて悪いな」
そして平塚はすぐに俺の斜め横に座ってなんともいえない緩んだ顔をした。
俺はあまりにもイメージとのギャップに動揺しながらもそれを隠して平塚を見た。
「いや、平塚は自分の家のわけだし……それで、話って?」
本来雪合戦の打合せというのなら、学校で充分なはずだ。
それなのに、あまり話をしたこともない俺を家に呼ぶなんて、裏があるとしか思えない。
平塚が俺の斜め横に座ると、お盆の上から俺の前にお茶を移動させながら言った。
「野沢って意外とせっかちだな」
「……まぁ、平塚が何を企んでるのか気にするし」
すると平塚の声が一段低くなった。
「へぇ~~野沢は、俺が何か企んでるって思うんだ」
笑っているのに、恐怖を感じる平塚から思わず視線をそらした。
「この状況でそう思わない人間はいないと思うけど……」
「そう? 普通はそんなこと思わない。やっぱり野沢は不思議だ」
平塚は俺をじっと見ていた。
正直居心地が悪く、少し早口で尋ねた。
「どうして俺を選んだ? 高山の方が頭いいじゃん」
平塚がお茶を一口飲んだ後に俺を見た。
「単純に成績だけで考えたら、学年トップは、1組にいるし、2位は4組にいる。3位は5組にいて、高山は4位。さらに、3組には野球部のエース岩田とキャッチャーの杉山のバッテリーがいるし、5組にはバレーの選抜の田崎がいる。バスケ部のエースは3組にいる。正直に言って、3組はかなり有利で、俺たち2組は不利だ。それなら、他のクラスとは全く違ったアプローチで行こうと思ったんだよ。野沢って、ずっとヒマがあれば本読んでるだろ?」
俺は知らなかったが、高山は学年で4位のようだった。
それに平塚はよくみんなのことを知っていた。
(さすが、裏で生徒会を動かす生徒会副会長だな……でも、不利だからこそ、違うアプローチか……)
「……本……そういう理由だったのか……」
自分が軍師に選ばれた理由と共に、現状がかなり厳しいことを知った。
平塚は、俺を見て小さく笑った。なぜだろう、俺はこの笑いを見て……嫌な予感がした。
「俺さ、将来、農業で起業しようと思っているんだ。農業って参入障壁が高いから、どうしても世襲制になりやすいっていうかさ。それだと個人に頼ることになって需要と供給が安定しないだろ? だから企業に就職するみたいに農業を会社化したビジネスモデルを構築して、経験なくても農業ができる環境を作りたいんだよ。会社に入れば、仕事場は用意してあるし、パソコンって支給されるだろ? そんな風にビニールハウスを用意して、トラクターを支給して誰でも働けるようにして、数人で畑を管理して休みも定期的に取れるようにしてさ……市場を安定させたいんだよ。俺、食べるの大好きだからさ……」
「農業を会社みたいに?」
「そう」
将来の夢という話になると『俺は将来起業する』という人間はいるが、具体的にどんな分野でどのように起業するのか、そこまで落とし込んで言える人間は少ないのではないか。
しかも平塚はまだ中学生だ。そこまで将来を決めていれば、高校や大学、これから迫り来る大きな選択を前にしてもブレることなく決めることができるだろう。
俺の背中に汗が流れるのを感じた。
平塚の将来の夢は立派だ。
だが、なぜそんなことを俺に言うのかわからない。
平塚が将来起業家になるという夢を持っているなんて聞いたことがない。こんな素晴らしい夢、絶対に皆の噂になっているはずだ。
平塚の意図はわからないが、なぜか身体が硬直して背中が冷たくなる感覚を覚えながらも平塚を見ていると、平塚が口角を上げた。
「正直、雪合戦なんて、面倒だけど……文化祭も体育祭もほとんど毎年同じ。生徒会に入っても、新しいことを自分たちで考えて試せる機会もほとんどなくて、本当につまらない。でも、雪合戦ってかなり自由度が高いよな」
(雪合戦が自由度が高い? そんな風に考えたことはないな……)
絶対に体育祭や文化祭の方が行事として大きいし、クラス一丸となるイメージだ。
だが、平塚はそうは思っていない。
「この前、職場体験に行っただろ……クラスって、会社に似てると思った。大半の人間は、ただ日々を過ごしている。そして、一部の人間だけが学校という場を楽しめる。学校は期間決められてるけど、会社はそうじゃない。俺はさ、せっかく人生の大半を過ごす会社っていう組織をもっと楽しめる場所にしたい。そのために生徒会に入って、人が自分から動きたくなる場所にするにはどうしたらいいかを試してる」
優等生で人望の厚い平塚から飛び出した楽しいは、俺の思う楽しいとは違う可能性があるように思えた。
だが上手くこの想いを言語化することはできないが、言葉の抑揚などから、平塚の言う楽しいへの想いはしっかりと感じ、大きく息を吐いた後に彼を見た。
「この表現でいいのかわからないけど……きっと平塚が言ってる楽しいってさ、面白おかしく過ごすって意味じゃないんだろ?」
なんとなく感じたことを告げると、平塚がニヤリとこれまで見せたことのないほど黒い笑みを浮かべた。
「はは、本当にいいな、野沢って。そう……苦しさも大変さも感じるけど、心から湧き出す楽しさ。個人の生き甲斐を作る場所にするつもり」
生き甲斐……
その言葉に俺はなぜか震えた。
もしかしたら、未知のことに巻き込まれる恐怖かもしれないし、退屈な日常が変わりそうになる信号を受け取ったのかもしれない。
「俺さ、今回の学校行事で起業の準備したいんだよね……この学校のヤツには誰にも言ってない俺の夢聞いたんだし、協力してくれるよな?」
平塚の目は、怖いほど真剣だった。
同級生からこんな瞳を向けられて、俺にはすでに断るとか逃げるという選択肢は消されていた。
そのくらい平塚の声や表情には見えない何か力があった。
「……具体的に、平塚は俺に何を望んでいるんだ?」
恐る恐る尋ねると、平塚がニヤリと笑った。
「逆風にも強い組織を作りたい。知力・体力上位は全て他のクラスにいる。そのためみんなすでに諦めムード。当然士気もどん底。だからこの不利な状況を利用して、人がこの状況をどうすれば"楽しめるか"を検証したい。そのために、野沢がこれまで読んだ本の中で使える知識があるなら教えてほしい」
不利だからこそ利用するって……
(やっぱり、本気で起業するって決めてる人間の考えることはすごいな……)
俺は正直、進路さえあやふやだ。将来自分が何をしたいのか、どんな高校に行きたいのか、そんなことさえ決められない。それなのに同級生は、すでに将来を決め、それに向けて実験までしようとしている。
(どこでこんなに差がついた?)
でも、今回平塚に指名されたことは幸運なことだったのかもしれない。
世の中にはこんなことを考えて、すでに動いている人間がいるということを知れた。
俺はじっと平塚の顔を見た。
「実験さえできれば、勝利には――本当にこだわらなくていいのか?」
「ああ。勝利よりも、人がどうすれば気持ちよく動いて、生産性を高めることができるのか、俺はそれが知りたい。金曜日にまた家に来て何か使えそうな本があるか教えてくれるか?」
――なぁ、平塚。それって勝利よりも難しくないか?
口から出かかって言葉を呑み込んだ。
今日は火曜日。
金曜日まであと3日。
「わかった。努力する」
俺はゆっくりとうなずいた。
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