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雪合戦まであと25日
しおりを挟む(次は学活だから……原岡先生か……)
教室に入って自分の席に座るとすぐに担任が入ってきた。
俺のクラス2年2組、男女合わせて38人の担任は、教師2年目の女性体育教師の原岡 蘭先生だ。肩より少し下の髪を後ろで結んでいる。元競泳の選手だったらしく、逆三角形のしっかりとした肩は遠くからでも原岡先生だとわかる。熱血体質で、たまに無茶なことを言うが、勉強熱心で、考えを押し付ける系の先生ではなく、話を聞いてくれる系の教師なので、生徒からは慕われ、女子からはラン先生と呼ばれている。俺は原岡先生と呼ぶが……
「みんな、来たよ!! ついに来たよ!! 谷寒東中伝統の雪合戦が!!」
みんな特に言葉を発することはないが、クラスからどんよりとした空気が漂ってくる。
言葉にしなくても伝わる。
――クソッめんどくせぇ!!
俺も例に漏れずそう思っていた。
みんなの気持ちとは裏腹に原岡先生のテンションは高い。
「雪の時期になると、学校までの階段が雪で埋まります。それを2年生当番制で4人と地域の消防団の方々が協力して除雪します。ただ、日数を考えると1クラスだけ免除されます。その免除されるクラスを雪合戦で決めます!」
この学校の正面には階段がある。一応、裏に車で除雪でき、学校の敷地内に入れる道はあるのだが、かなり細く、周辺の交通量も多い。そのため生徒の安全を考慮して、登下校は大通りに面して広い歩道がある道につながる階段を利用することが決まっている。
(……わざわざ勝負なんてしなくても、1日ぐらい雪かきやるけどな……)
正直なところ、たった1日だけだし、雪かきをしても問題ない。
むしろ雪合戦など面倒なことをするくらいなら、雪合戦免除で1日雪かきをする方が楽だとさえ思える。
俺たちの沈んだ様子を感じ取っているだろう原岡先生は、鋼のメンタルで相変わらずテンション高く話を続けた。
「ということで、今日は雪合戦のクラスの責任者『大将』を決めます!! 他の責任者の『軍師』と『将軍』は『大将』の指名制なので、指名された人はよろしく! それじゃあ、『大将』決めましょう」
変な呼び方だが、これはこの学校の伝統だ。
この雪合戦は地元のテレビ局が取材に来たり、地元の情報誌にまで取り上げられるのでこの辺りの人は、ほとんど知っている。大抵は勝ったクラスの『大将』がテレビや新聞などのメディア関係のインタビューに答えている。
だから、みんなも動揺することなく、先生の言葉を受け入れていた。
実はこの雪合戦、地元の人や、卒業生も楽しみにしているらしく、例年、雪合戦の後は甘酒やフライドポテトや、豚汁が振舞われ、ちょっとしたお祭りのようになる運動会や文化祭に並ぶイベントなのだ。
「それでは、大将をやりたい人、立候補して!!」
原岡先生の軽快な問いかけに反して、教室内は水を打ったように静かだ。
みんな先生から目を逸らして下を向いている。
「……うん。そうだろうと思って、先生は紙を用意してきました!!」
原岡先生は手の平サイズの紙を取り出して、前の人に配った。前の人は後ろに順番に回していく方式だ。
一番端の一番後ろの俺にまで紙が配られた。
先生が俺を見たので、紙を上げてもらったことを伝えた。
この席に座った人は、先生に配られたことを報告する義務がある。
先生がこっちを見たら紙を上げる。奇跡のくじ運でこの席を引き当ててもう2回目の俺は慣れたものだ。
「はい、ではその紙に大将に推薦したい人を書いて、この箱に入れて下さい。制限時間10分」
これは原岡先生の好む方法だ。じゃんけんや、くじではなくこうして投票制にしている。
彼女曰く、『みんなは将来選挙に行きます。それの練習です』となんともそれらしいことを言って煙に巻いている。
誰かが『選挙では候補者があらかじめ決まっています』と言ったが、原岡先生は『本来選挙って年齢制限はあるけど、基本的に誰が立候補してもいいの。それにみんな名前も顔も知ってるでしょう?』と華麗に受け答えをしていた。
そしてにっこりと笑って――
『自分のこれからを任せてもいいと言う人を書いて投票してください。選挙のように』
その一言でみんなは黙ってしまったのだ。以来、この方法に異を唱える者はいない。
――雪合戦の責任者。それを任せてもいいと思える人物。
(やっぱり、アイツだよな……)
俺はこのクラスで一番頼りになる人物の名前を書いて、投票した。
◇
ピピピピ。無機質な電子音が鳴り響いたが多くの人はすでに投票を終えていた。2、3人が慌てて投票箱に投票用紙を入れると原岡先生が弾んだ声を出した。
「井村と坂田、開票よろしく」
原岡先生は学級委員長と副委員長に開票の指示を出し、学級委員長が読み上げ、副委員長が黒板に書き写す。
「え~と、平塚……平塚、平塚、平塚、俺井村……平塚、平塚、高山……平塚、俺井村……平塚……」
黒板は現生徒会の副会長平塚 栄一の下に正の字が書かれる。
ほとんどが平塚に表を入れていた。
ちなみに俺も平塚に入れた。
平塚はテニスクラブに所属し、県大会出場経験を持つ。さらに生徒会副会長。先生や生徒たちからの人望も厚い。生徒会長よりも慕われ、皆に公平で本当に理想のリーダーだ。
そして、学級委員長が最後の名前を呼んだ。
「……平塚、以上。大将は平塚」
井村が平塚を見ると、原岡先生も椅子に座ったまま平塚を見た。
「平塚、頼める?」
平塚はさわやかに「わかりました」と答えた。クラスのほとんどの票を集めた平塚が予想通り大将に決まった。
そして先生は、「井村と坂田は席に戻っていいよ」と言うと平塚を見て笑った。
「平塚、後は頼んでもいい?」
きっと先生も平塚に任せれば問題ないと思ったのだろう。
「はい」
平塚は前に出るとみんなを見た。
「大将になった平塚です。俺は勝ちよりも勝負の内容にこだわりたい。せっかくの機会なので受験に備えて、クラスの団結力を高めることを目的にしたいと思います」
さすが、平塚だ。ここで『絶対勝つぞ~~』なんて言われたらどうしようかと思った。
今回の雪合戦で雪かきを免除されるのはたった1クラスの狭き門だ。
それなら、これから受験に向けてクラスの団結力を高めるという目的の方がモチベーションが上がる。
これから受験で憂鬱なのに、さらにクラスの雰囲気まで悪かったら陰鬱になってしまう。
みんな、平塚の意見に反対はないようで、おおむね賛成しているようだった。
誰もが『これは平塚に任せれば安泰だ』と思った時だった。
「軍師は指名制なので、俺が指名します。……断らないように」
みんながクラスで1番成績のいい高山を見た。彼は卓球部で県大会に行ったこともあるはずだ。
軍師というくらいだ。
ここは絶対に高山だろう。
みんながそう思っていた時だった。
平塚は、俺を見て――笑った?
(え?)
目が合った気がして驚いていると、俺の耳に平塚のよく通る声が入って来た。
「軍師は、野沢。頼んだ」
みんなの視線が一斉に集まる。
正直、一瞬何を言われたのか理解不能だった。
俺の成績はクラスで8番。そこそこいい方ではあるが、クラスで1番に高山には到底及ばない。
意味がわからなくて固まっていると、平塚が再び口を開いた。
「野沢、聞いてる? お前を軍師に指名するって」
「え? 俺?」
(いやいや、どうして俺? 他にいくらでも適任者がいるだろ!?)
なぜ平塚が俺を指名したのか、全く理解できずに固まっていると、平塚が俺をじっと見つめた。
「野沢、受けてくれないか?」
クラスの全員の視線が俺に突き刺さる。その視線が何を意図しているのかわからないが、とても断れない雰囲気だ。
「…………わかった」
決死の覚悟で声を出すと、平塚がみんなを見ながら言った。
「今後の方針は、野沢と話し合って決めるから、方針が決まったら協力してな」
みんなはどこかぽかんとしていたが、クラスでもムードメーカーのサッカー部の相沢と、野球部の山岡が声を上げた。
「平塚に任せたんだ。二人に頼んだ。協力はする」
「おう、大将、軍師、頼むな~~」
クラスでも目立つ二人の言葉で他の皆も賛成する流れになった。
すると原岡先生が椅子から立ち上がった。
「決まったね!! それじゃあ、平塚、大将を、野沢、軍師頼んだ」
原岡先生に頼まれて「はい」と答える平塚に続いて俺も「はい」と答えた。
(ええ? どうして俺、指名された? 俺、平塚と仲良くないよな!?)
同じ小学校で、同じクラス、さらには同じ生徒会なので話をしたことはあるが、顔見知り程度。
なぜ俺を指名したのか、平塚の意図が全くわからず、困惑したまま学級活動の時間が過ぎ、どこか現実感のないままHRまで終わっていた。
鞄に教科書を入れていると、平塚が俺の前に歩いて来た。
「今日の放課後は生徒会の定例会があってさ、明日の放課後、時間くれよ。何か他に予定ある?」
ちなみに俺も生徒会役員なので生徒会があることは知っているし、なんならこれから定例会に出席する。
きっと知らないわけではないとは思うが……
(今日当番だったから、明日は図書当番じゃないな……)
俺の予定は、図書当番だけ。それがなければいつでもヒマだ。
そして明日は、図書当番でもない。
「予定はない。明日、時間ある」
「場所、俺の家でもいい? 学校から近いからさ」
「……は? ほとんど知らないクラスメイトを家に呼ぶの? 平塚、危機管理能力大丈夫? 俺が悪いヤツだったらどうするの?」
平塚の提案に俺は思わずひどく動揺して声を上げると平塚が笑った。
「あはは、そんなこという時点で悪いヤツじゃないだろ? まぁ、小学校の時から存在は知ってるし、生徒会も一緒だしさ、野沢のことは割と知ってるから問題なし。とにかく、明日俺の家な」
「わかった……お邪魔します」
「じゃあな」
平塚は約束を取り付けると、鞄を持ってすぐに教室を出て行った。
俺は、歴史小説を手に持つと小さく息を吐いた。
(軍師……俺に務まるか? 今からでも高山とかに変わった方がいいんじゃ……)
俺はとぼとぼと、鞄を持って生徒会室に向かって歩いたのだった。
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