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とある図書委員長の日常
しおりを挟む雪が降る――この町に、もうすぐ……
(ここか……)
本棚の前に立ち、左手を差し込み、少しだけ開けた本と本の隙間に、先ほど返却された本を戻し終えた。
仕事が終わり、カウンター内に戻ろうとしていると、窓際の椅子が大きく机の下から飛び出しているのが見えた。
ゆっくりと歩いて、椅子を机の下に戻すと、窓の外で暖房の室外機が全力で仕事をしている音がする。
そのおかげが、外は息が白くなるほど寒いのに、ここだけ季節が迷子になっているかのように暖かい。
窓から見える木の枝に葉はないが、細い枝が揺れているので、外は風が吹いているのだとわかる。
(外は寒そうだな……)
ぼんやりと窓の外を眺めた後に、図書館のカウンター内に戻ることにした。
野沢 斎、中学2年。役職、図書委員長。
そして本日――図書の貸し出し当番。
画面酔い体質のため、テレビ、ゲームその他、動画関係が苦手。そのため、小学生の頃は外で遊んでくれる友達もいたが、さすがにこの年齢になると、ゲーム以外で遊んでくれる友達もほぼいないので、放課後はヒマだ。
ヒマで図書室に通っていたら、気づいたら図書委員になり、先月3年生が受験のために委員長を退任したので、俺が引き継ぐという自然な流れで生徒会役員でもある図書委員長になった。ちなみに図書委員長が生徒会役員だというのは、引き継いで初めて知った。
そんな成り行きで引き受けた役職だが、生徒会役員とは名ばかりで、ほとんど図書委員の頃と変わらない。
「委員長、ありがとうございました」
図書館のカウンター内に戻ると、副委員の1年生の五十鈴 琴葉に声をかけられた。
「どういたしまして……どう? 宿題終わりそう?」
椅子に座りながら五十鈴を見ると、彼女が肩の少し上くらいまでの髪を揺らして俺の顔をのぞき込んだ。
「委員長。この問題、教えてくれませんか?」
五十鈴は人がいない時、図書当番をしながら宿題をしていた。そして時折、宿題のわからないところを聞いてくる。
「いいよ、どれ?」
「これです」
聞かれたのは数学だった。なぜか笑みを浮かべながら紙とペンを差し出されたので、図と棒人間が手に長い棒を持って、『?』を浮かべているイラストを書いた。
「……ああ。なるほど、補助線を引くんですね!」
彼女はそれだけで、解き方を理解したようだった。
……俺は何一つ教えていない。
五十鈴は問題を解き終わると、俺を見ながら笑った。
「ありがとうございます。委員長の教え方って独特で面白いです」
「独特? それっていいの、悪いの?」
「さあ? わかるなら面白い方がいいんじゃないですか? ちなみに、私は好きですけど……」
「どうも」
社交辞令をさらりと流して、俺はさっきまで読んでいた本に手を伸ばした。
すると五十鈴は、俺を見て不思議そうな顔をした。
「委員長、ずっと気になってたんですけど……この前そのタイトルの本の7巻を読んでませんでした?」
俺は長編歴史小説の5巻と書かれた本の表紙を見せながら答えた。
「よく気づいたなぁ、これ読み返し3回目だから」
「は? そんな長編を3回目?? それ文庫で2.5センチ以上あるんですよ? 全何巻でしたっけ?」
「全8巻」
「全8巻の長編小説を読み返し3回目って……委員長ってヒマなんですか?」
「……うん。ヒマ」
俺は要領が悪いのか、長かったり、少し難解な本は何度も読んでようやく納得できる。
1回目はストーリーや本の全体像を把握。
2回目で細部を楽しむ。
3回目以降でようやく、作者がどうしてこんな書き方をしたのか、文章にどんな仕掛けがあったのかなどを楽しむ。
ちょっと前に兵法にハマった時も、理解するために同じ本を、正確には覚えていないが10回は読んだ。
五十鈴が俺を見ながら心底残念そうな顔をした。
「……委員長。もっと青春した方がいいのでは?」
「青春してるつもりだけど……」
「いやいや、もっとこうあるじゃないですか! 委員長、割と顔はいいんだし、彼女とか興味ないんですか?」
「根暗な俺に彼女ができるとでも?」
「できると思いますけど……クールさを保ちつつ、大々的に彼女ほしいって感じを出せれば……」
「クール? なんか幸せとは程遠い属性っぽくて遠慮したい……それにクールを保って、彼女ほしいって大々的にってかなり難解なんじゃ……」
(相反することを同時にしなきゃ出来ないなら、つまり、彼女できないってことでは?)
無謀な提案に困惑していると、五十鈴が真剣な顔をした。
「とにかく委員長は、何も知らない人が見るとクール枠です!! 隠れファンだっているんですよ?」
「そんな……隠れなくていいのに……なぜ隠れる?」
「……それは、隠れたくなるからです。ですので、もっと、こう恋愛の方面に意識を向けてみるのはどうですか? 彼女ほしいな~~みたいな」
「……貴重なご意見を頂きまして誠にありがとうございました」
「ここで棒読み対応って……クールだと噂されている図書委員長の中身が、残念男子過ぎる……」
五十鈴は頭を抱えて大げさに溜息をついた。
俺はそんな彼女を見て小さく笑った。
(青春ね……そんなことを言えるのがもう異次元だな……)
正直に言って恋愛とかお付き合いとか、自分とは全く関係ない異次元なことのように感じて実感がない。"彼女"や"彼氏"だと口に出すことさえはばかれるほど、自分にはファンタジーだ。異世界に転移する方がまだ、現実味がある気がすると言ったら、また五十鈴に心配されてしまうだろうか?
「委員長、その全てを悟ったような顔止めてください」
(悟り……どんな顔だろう? 異世界転移を心配されるかな、と想像した顔……かな?)
「……あっ、終わった」
昼休みが終わるチャイムの音で、パソコンの電源を切った。暖房は職員室で一括管理なので消さなくて問題ない。それにもしかしたら午後にどこかのクラスが授業で使う可能性もあるからだ。
普段は鍵は開けておいてもいいが、今日は司書の先生が出張なので、鍵もかける必要がある。
「鍵、返してくる」
「ありがとうございます!」
五十鈴と一緒に図書室を出ると、廊下の寒さを足元から感じて身体が震えた。
「廊下は寒いですね……」
五十鈴も同じことを感じたようで身を小さくしてこちらを見上げていた。
「うん、寒い。それじゃあ、また」
「また」
寒さと時間に追われるように足早に廊下を歩いた。掲示板のポスターが人権から、薬物使用を止めるポスターに変わっていた。きっと美化委員の誰がこの寒い中、張り替えてくれたのだろう。
しかも今回のポスターには端っこの画びょうを使う場所に、セロハンテープで補強がしてあった。
(丁寧な仕事だな……)
他のポスターを見てもそんなことをしてあるポスターはなかったので、決まりというよりも個人の気遣いだろう。
見知らぬ誰かの仕事に感動しながら鍵を職員室に返し、教室に向かった。
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