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雪合戦まであと22日
しおりを挟むバーコードの角度を何度変えて、ようやくピッと音が鳴った。
半年ほど前に買った図書のバーコードを保護するシールは専用のものではなかったため、このバーコードリーダーと相性が良くない。
それでも使えないわけではないので、使い続けている。現在は別のシールを使用しているので新刊の読み取りは早くて快適なのでなお気になる。
次の日の放課後、図書委員としての仕事をしていた俺は、女子生徒が借りたいという本の貸し出し処理をしていた。
「ありがとうございました」
貸出手続きが終わったので、本を差し出しながら無機質に声を上げると、女子生徒が動かず俺の方をじっと見ていた。
「……? もういいですよ」
再び声をかけると、女子生徒が俺を見てはっとして声を上げた。
「ありがとうございました!! また来ます」
女子生徒は本を手にすると足早に図書館を出て行った。
丁寧に『また来ます』と返却を約束してくれるいい子だったが、逃げるように去って行った。
(もしかして、顔……怖かったのか?)
ただ黙っているだけで『怒っているのか?』と聞かれるが、全く怒ってないし、むしろ機嫌はいい。
周りを見回してみたが、すでに図書館には誰もいない。
俺は雪合戦のことを考えることにした。
あれから本を探したが、この学校の雪合戦に対応した本は出版されていない。
さらに言えば、平塚のいう、勝利ではなく人が気持ちよく動く、という状況を作り出すのはかなり難解だ。
なぜなら……
(みんな、雪合戦なんてやりたくないんだよな……)
やりたくないことを、楽しませるというかなりハードルの高い指令を受けたので、どうすればいいのか皆目見当がつかない状況だった。
「委員長、これ教えてもらえますか?」
突然声をかけられて慌てて顔を上げて、同じ図書委員の五十鈴を見た。
「え? あ、ああ。いいよ。どれ?」
内容はまたしても数学だった。
俺は五十鈴の宿題をのぞき込んで、またも差し出されたルーズリーフに図を書いて、問題の解き方のヒントを出した。「あ、なるほど……」五十鈴はまたしてもそれだけでさらさらと問題を解いた。
俺は特別何かを教えてたというわけではないが、五十鈴が問題を解くことが出来てほっとした。
「ありがとうございました。ところで、委員長。何かあったんですか? いつも本読んでるのに、今日は読んでないみたいだし……体調悪いんですか?」
五十鈴が俺の顔を覗き込むようなしぐさをしながら、眉をひそめた。
「いや……これまでは俺、インプットすることばかり考えてたんだけど、アウトプットすることになって……」
俺はこれまでひたすら本を読んでいたが、何かをするために本を選べと言われたので戸惑っていたのだ。
これまでそれなりに本を読んできたので、頭の中にはそれなりに本の内容が詰まってはいるが、この状況でどんな本を参考にするべきなのかが分からずにいた。
「委員長の言うことは相変わらずよくわかりませんが、具体的に悩みを言うと?」
「本を読むことと、読んだ本を活用するっていうのは違うということを実感している」
「あ~なるほど。授業中先生が黒板で問題を解くと理解できるのに、なぜか自分で解くと解けないっていうあの謎の現象ですね」
五十鈴がわかりやすい例で今の心情を言葉にしてくれた。だがそれが本当に今回の例を説明しているのか、判断が難しい。
「う、う~~ん。そうなのかな? そうかも?」
五十鈴の例に戸惑っていると、楽しそうに笑った。
「ふふふ、なん~~んだ。本のことか、てっきり委員長に好きな人でもできて、その人とのことで悩んでいるのかと思いました」
全く見当違いな心配をされて、かなり驚いてしまった。
「好きな人か……好きな人ね……好きな……またそんなファンタジーな……」
(好きな人……またしても非現実的な……ん? 恋愛? 恋愛の究極的なゴールって相手の心を動かすことだよな)
俺はじっと五十鈴を見た。
「あのさ、副委員長にもしも好きな人がいたら、どうやってその人の気持ちを動かす?」
「へ? な、な……」
五十鈴は一瞬驚いた後に、顔を赤くして少し困った顔をした。
「……もしもでいいんですか?」
「うん。もしもでいいよ」
「そうですね……好きな人のことを知りたいと思いますね。目で追ったり、知り合いに聞いたり……そして、ある程度どんな人か知ったら、どうやったら仲良くなれるのか考えて、一緒にいられる時間を作ったり、話しかけたりします」
「……知る、考える、行動する……」
・相手を知る。
・どうやって仲良くなれるか考える。
・一緒にいる、話しかける。
(あれ……このステップ。最近どこかで見た。どこだ? 思い出せ、思い出せ)
俺は頭の中にある引き出しから思い当たる情報を次々に引き出す。
(どれだ? 何だ? 何の本で見た? そんなに前じゃない。比較的最近読んだ本だ……何だ?)
必死で考えていると、ようやく俺の頭にそのステップが書かれていた本が思い浮かんだ。
(ああ――あれだ!!)
「ありがとう!! 助かった!!」
俺はつい嬉しくて五十鈴の手を取って笑った。
「え? え? 手?」
そしてなぜか真っ赤になる五十鈴の手を離すと、席を立った。
「ごめん、探したい本ある」
「え? あ、本……はい」
すでにその本の場所は把握しているので、迷うことはない。
心が焦ると、自分の動きがゆっくりに感じる。
俺はお目当ての本棚の前に立つと、目を滑らせた。
(あった……)
そしてすぐに目当ての本を3冊ほど手に取った。
幸い、今は雪合戦に必要な本をすぐに借りることができるように何も借りていなかったので、上限の3冊まで借りることが出来る。
急ぎ足で、図書のカウンター内に戻って3冊をバーコードに通した。
「またその本を読むんですか?」
五十鈴が呆れたように言った。
だが呆れるのも当然だろう。俺は一時期これらの本を何度も何度も借りていた。
「うん」
小さく笑うと、五十鈴が俺の手元の本を見たあとに、じっと俺の顔を見た。
「その本、そんなに面白いんですか?」
そう、この本は面白い。
たぶん面白いにもたくさんの意味があるように思う。
本が面白いという時、単純に笑える話を面白いということもあるが、泣ける話や、自分を成長させてくれるような難しい話なども面白いと表現することがある。
正直、俺は今日借りた3冊の本を読んで、笑ったことはない。
泣いたこともない。
とても難しいし、読むのも大変だし、何度も読んでもまた数年後に読むのだろうな、と思う。
それでも読みたいと思う、この心の動きはおそらく面白いと表現するのだろう。
「俺にとっては面白い」
「ふふふ、委員長らしいですね。今度、私も読んでみようかな?」
「うん。ぜひ」
俺は五十鈴に向かって静かに微笑んだ後に、手元の本を見つめたのだった。
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