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雪合戦まであと19日
しおりを挟む日曜日。最終日とあってすごい人手だったが、俺たちは北斎展を堪能した。
そして今は、展示会場を出たところだ。
やはり歴史に残る浮世絵師の作品はとんでもなく力のある作品が多く、俺は圧倒されて、まだ北斎の世界から抜け出せずにいた。
そんな中、平塚が俺を見ながら上機嫌に言った。
「北斎って、花とか地形図みたいなものも描いてたんだな。ちなみに野沢はどれが好きだった?」
本当にどれも言葉で言い表せない力があった。
存在が時空を超えていた。
そんな中、俺が一番好きだと思った作品。
「好き? 好きか……亀の絵かな。生きてるみたいだったし。よくわかんないけど、目が離せなかったし……平塚は?」
「俺は……船の絵かな? どの船も……小さく描かれていた船さえも、人間を間接的に感じて震えたっていうか……」
「船に人間を?」
「うん。停まってる船の並びとか……船の動きが人そのものに見えたっていうか……人が作って動かしているんだな~って」
「確かに船って人の作った物だし、その動きで人間を感じるっていうのもそう言われればそうだな」
平塚と感想を言い合っていると、平塚が楽しそうに笑った。
「あはは、野沢ってやっぱり面白いな」
「平塚だって面白いよ」
午後からはテニスの練習があるらしく、平塚は美術館のロッカーにラケットを預けていたのでそれを取り出した。
「昼、牛丼とかどう? ここから近いし」
「いいね」
美術館の隣には大きな公園があり、公園を抜けた先にお店がある。
俺は歩きながら平塚に昨日のことを話した。
「不満の抑制のために雪合戦? その視点はなかった。でも、納得はできるかも」
平塚はそう言うと、無言になって何かを考えているようだった。
俺はそんな彼を邪魔しないようにしばらく黙っていた。
今日は寒く、雲も多いが青空がまばらに見えるので、それなりに人もいる。それに北斎展の最終日だからか駐車場にも車が多く停まっていた。
公園で遊ぶ子供たちや、ランニングをしている人、恋人同士で寄り添っている人々、そんな人をどこか遠い世界の光景をみているかのような感覚で見ていた。
(さっきの北斎の絵の方がリアルに感じる……)
なぜ実際に見ている光景の方が現実的ではないのかわからない。
だがそんな不思議な感覚で平塚の隣を歩いた。
そして、そろそろ公園を抜けるという時、ずっと黙っていた平塚が立ち止まって俺を見た。
「あのさ、その具体的な目的とか、達成条件ってさ……野沢のさっきの話聞いたら、かなり大事なことかもって自覚した。少し考えてもいい?」
「うん、頼む」
俺も立ち止まって平塚を見ると平塚が小さく笑った。
「ああ、なんかいつもよりお腹空いた!!」
「俺も」
そして、二人とも牛丼の大盛を注文した。
日曜日のちょうどお昼時とあって店内はかなり混雑していたが、テニスのラケットを持った平塚が座れる二人用の席が空いていた。
「番号呼ばれるまでまだしばらくかかりそうだな。お茶いる? 持ってくる」
平塚はそう言うと、席を立った。
「え? いいの? ありがとう。いる」
平塚は俺の分のお茶も持って来てくれた。
お茶を飲んだ途端、どこか夢心地だった世界から現実に戻ってきた感覚になった。
相変わらず、平塚は何も話さない。
俺は窓の見える席に座ったので、外を見ていた。
すると俺と平塚の番号がモニターに表示された。
「行ってくる」
「ああ、悪い」
そして俺は平塚の分も牛丼を受け取ると席に戻った。
「ありがとう」
そして俺たちは黙々と牛丼を食べた。
なぜだろう、牛丼は北斎の絵よりも……リアルだった。
(食べ物って凄いな……)
俺はじっと食べかけの牛丼を見つめた。
きっと北斎展に行かなければ、牛丼は何よりもリアルだと感じることもなかっただろう。
不思議に思っていると、平塚が食べるのを止めて俺を見た。
「野沢」
「ん?」
俺は牛丼から平塚に視線を移して返事をした。
「達成条件……『勝利』にしてくれないか?」
「勝利?」
俺は思わずまじまじと平塚を見た。
平塚は、恥ずかしそうに言った。
「さっきの雪合戦の真意の話。それを聞いてようやくわかった」
俺は黙って平塚の話に耳を傾けた。
今日は日曜日で店内はかなり混雑している。それでも俺の耳にはそう大きな声でもない平塚の声ははっきりと届いた。
「俺は、今日まで個人がそれぞれの目的を持って組織の中で好きに動くっていうのが最高の組織なんだって思ってた。でも……よく考えてみたら、それって曖昧っていうか……大きな目的は明確にあって、それぞれがそれに向かって自分で考えて動くって方が方向がズレなくていいよな」
平塚はこんな短期間で、修正した。
こんなにすぐに自分の考えを修正し、新しい意見を自分の意見と混ぜて新しく構築する。そしてその決断ができることに震えがくるほど驚いていた。
平塚は、俺を見ながら口角を上げて彼らしい自信に満ち溢れた顔をして話を続けた。
「みんなそれぞれ自分に出来ることをしながらも、同じ方向に進む組織っていうが理想なんだって気づいた。そしてこの場合、みんなの力を借りて成し遂げたいことは『勝利』だ。きっとさっきの北斎の富士山みたいにさ、絵によって見える大きさや、角度、配置が違うように、勝利への関わり方が個人で違うけど目的が同じっていうのが理想だと思う」
俺はまるで最高の本と出会った時のような高揚感を覚えながら平塚を見た。
「わかった。じゃあ、『それぞれが自分にできることをして勝利を掴む』を達成条件にする、でいい?」
平塚はニヤリと笑いながら「ああ。よろしく」と言った。
そして、平塚は食事を再開した。
俺も食事を再開して、お味噌汁の器を手に持ち口に運んだ。
少し冷たくなっていたが、特に気にならなかった。
(ああ、これからどんな風に進めようか……)
というのも、俺の頭の中はすでに平塚の理想を実現するためにはどうすればいいのか、という思いでいっぱいだったのだった。
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