67 / 95
第八章 開花する才能
66 優秀な秘書の誕生
しおりを挟む――エイドが、秘書の勉強を始めて5日目のステーア公爵家にて。
エイドの目の前には、この5日間、秘書のことを教えてくれた、ステーア公爵家の第三秘書であるテオドールが、真剣にエイドの作った書類をチェックしていた。
ハワードに連れてきてもらって5日。
エイドは、公的な文書の作成はもちろんのこと、シャルロッテが、学生を続けながらでも、仕事をしやすいように、スケジュール調整する方法を学んだり、他の貴族とのやり取りなどのルールを覚えるなど、とても多くのことをテオドールに教えて貰った。
そんなテオドールに、これで最後となる書類に、不備がないかの確認をしてもらっていたのだ。
エイドがゴクリと息を飲むと、テオドールが書類から顔を上げた。
「はい……完璧ですね」
エイドの作った書類を確認した、テオドールが笑顔で言った。
「ありがとうございます。テオドールさんのおかげです」
エイドは、ほっとしながら書類を受け取った。
この5日間。
エイドは、3日目に洋服仮縫いに、一度だけ外に出たが、それ以外はずっと、ステーア公爵家に籠って秘書になるための勉強をしていた。
ハワードに、ここに連れて来て貰った当初は、町の幼い子供たちが通い、簡単な読み書きを教える学校しか出てないというエイドに、テオドールは、書類を読むことさえ難しいかもしれないと思っていた。
ところが、エイドはテオドールが、信じられないほど、高度な語学力を持っており、学術書クラスの本は問題なく読みこなし、貴族でも貴族学院でやっと勉強するような計算力も完璧に持ち合わせ、驚くべきことに、貴族学院のSクラス程度の知識を持っていた。
不思議に思ったテオドールが、『エイドさんは、どこでこの知識を?』と尋ねると、『昔からお嬢と一緒に勉強していましたので……お嬢は、幼い頃から家庭教師がするテストや、学院のテスト問題を持ち帰って、お嬢と俺とエマというウェーバー子爵家で働かせてもらっている俺の妹と、3人で、誰が一番点数が取れるかって、ゲームをしてたんです。きっとそのせいですかね~~』とエイドは、恐ろしいことを、笑いながら言ったのだ。
それを聞いたテオドールは驚愕した。
ウェーバー子爵家の令嬢は、幼い頃から、本人が意識していたか、どうかはわからないが、ただの下働きの者たちに高度な教育を施していたわけだ。
テオドールは、息を飲んで、エイドに尋ねた。
『今のお話ですと、Sクラス主席のシャルロッテ嬢と同等の知識を持つ者が、ウェーバー子爵家には、もう一人いるということですか?』
エイドは呆気なく頷いた。『ええ、いますよ。エマっていうですけどね、歴史、植物、土木関係の知識では、俺たちの中で一番です』
エイドの話を聞いたテオドールは、言いようのない興奮を覚えた。
それほどの人物がもう一人いるのであれば、もしかしたら、エイドは将来的には、ステーア公爵家で引き抜くことができるかもしれない。
これだけの男がこれまで全く表に出てこなかったのだ。そして、その男を世に送り出すのが自分になる。テオドールは、エイドをいずれ、ステーア公爵家に迎え入れることが出来るレベルまで引き上げようと決めたのだった。
――テオドールは、目の前にいる5日前とは、違い成長して、秘書の風格まで出てきたエイドを見ながら言った。
「いえいえ、エイドさんは、基礎力がありましたので……未経験者とは思えない理解力で驚きました。正直、ハワード様があなたをお連れした時は、5日など無理だと思ったものです。ですが……やり切りましたね。お疲れ様でした、エイドさん」
「テオドールさんが親身になって教えてくれたおかげです。それに俺……私の主が、涙を耐えて進む道です。絶対に側で支えると決めたので、5日でなんとかなって、ほっとしてます。もう、1人にはしたくないんで」
エイドの真剣な顔を見て、テオドールは、困ったように笑った。
「本当は、あなたを、ステーア公爵家の秘書にスカウトしたいですが、それほどハッキリと言われてしまうと、諦めざるを得ないですね……」
トントントン。
2人が話をしていると、扉がノックされて、ハワードが部屋に入ってきた。
「どうだ? 今日で5日目だが、延長するか?」
ハワードは機嫌よく、テオドールに尋ねた。
「いえ、とんでもない。もうどこに秘書として出しても問題ありません。王宮でだって働けるレベルです」
テオドールが自信満々に答えると、ハワードはどこか落ち込んだように見えた。
「そうか……では、もう帰るのだな。せめて今日の夕食は、一緒に過ごせるだろう?」
エイドとしては、夕食までには、ウェーバー子爵家に戻ろうと思っていたのだが、よく考えたら自分が急に戻っても、奥様が大変なだけなので、ハワードの提案に頷くことにした。
「じゃあ、夕食までごちそうになります。ハワード様、5日間、お世話になりました」
この5日間、ハワードは、勉強漬けのエイドに、軽食を差し入れしてくれたり、ハワードが仕事がない時は、朝食や夕食を一緒に摂ったりと、随分とお世話になったのだ。
エイドが心から感謝したのに、ハワードは眉を寄せながら言った。
「気持ち悪い!! エイドにハワード様など……普段通りにしろ」
エイドは、テオドールの手前、ハワードをいつも通り呼び捨てにするのも気が引けるが、ハワードがそう言うのなら普段通りの呼び名にしようと思っていると、テオドールがハワードに向かって言った。
「ところで、ハワード様、エイド様には妹さんがいらっしゃるそうですが、その方をスカウトしてはいかがですか?」
「え?」
急にエマの話題が出て、エイドが驚いていると、ハワードが顎に手を当てながら口を開いた。
「あ~~エマか……」
エイドはここ数日のエマの様子を思い出した。
実は、シャロン様にずっと勉強を教えてくれていた家庭教師の方が、再婚して別の領に行くことになり、やめることになったのだ。新しい家庭教師を探そうと話をしていると、シャロン様が『ねぇ、エマが教えてよ。僕、エマが先生がいいな~』と言った。すると、旦那様をはじめ、ご家族みんなも頷き、当のエマも乗り気で『シャロン様、やるからには、Sクラス狙いましょうね』『うん!! お願いしま~す、エマ先生』とノリノリなのだ。
「あ~~エマは……無理だと思います。シャロン様が、家庭教師をエマに依頼されているので……エマは、今、シャロン様もSクラスに入れると燃えています」
エイドは、2人の様子を思い出して、小さく笑った。シャロン様とエマは全力で頑張っているので、きっとSクラスに入れてしまうのではないかと思っている。
「優秀なシャルロッテ嬢と同等の知識を持った方を家庭教師……なるほど、それは合理的ではありますね。まぁ、そのような方をウェーバー子爵家もみすみす手放すはずは、ないですよね」
テオドールが納得して頷いていると、ハワードが声を上げた。
「あ、そうだ、エイド。シャルロッテ嬢のお披露目式をするとの連絡が入ったが、礼服は、持っているのか?」
エイドは思わず眉を寄せた。
「礼服? 先日作った服ではダメなのか?」
エイドの言葉に、ハワードは呆れたように言った。
「当たり前だ。だが……今は、イーグルたちも忙しいだろうからな。俺の数着持って帰れ。イーグルも直しくらいなら可能だろう」
「え? 服を2着も貰ったのに、礼服まで貰って、本当にいいのか?」
エイドが驚きながら尋ねると、ハワードが頷きながら言った。
「問題ない。後で執事に届けさせる」
「ハワード、ありがとな」
エイドが笑顔で、ハワードにお礼を伝えると、ハワードが口の端を少し上げながら呟いた。
「これでようやく、18年前の借りが返せたな」
「借り? なんのことだ?」
エイドが不思議そうに尋ねた。
――そうだ、エイドという男はこういう男なのだ。自分が他人にした親切など、この男にとっては当たり前で、見返りなどを求めたこともない。
だから、ハワードはずっとエイドに恩を返せずにいた。
そして、ようやく恩返しのチャンスが巡ってきたのだ。
――大切な女の子を助けたい。
エイドにとって、シャルロッテという存在がどういう存在なのか、聞くだけ野暮な質問だが、エイドが必死に線引きしている境界線を他人の自分が壊すわけにもいかない。
だから、ハワードが手伝えるのはここまでだ。
ハワードはエイドを見て真剣な顔で言った。
「なんでもない……エイド、ここからが勝負だぞ? 大切なお嬢を貴族連中から守り抜けよ」
本当は、ハワードだって表に立って、シャルロッテ嬢を守りたい。
だが、シャルロッテ嬢のためにも、ステーア公爵家である自分が、他の貴族の手前、公の場で、表立って手を貸すわけにはいかない。
「当たり前だ。絶対にお嬢に舐めたマネはさせねぇ」
エイドも真剣な瞳を向けた。
ハワードも、きっとエイドがいれば、シャルロッテ嬢は大丈夫だろうと思えた。
それならば、自分はエイドが大切にしている彼女を、間接的に助けよう。
それが、ハワードが唯一、心からの信頼を寄せる友人へできることだ。
「ふっ、エイド。シャルロッテ嬢の所がイヤになったら、ここに来い。私が雇ってやるよ」
ハワードがニヤリと笑うと、エイドもニヤリと笑った。
「有難いお誘いだが……それは絶対ありえないな」
「ははは、だろうな」
次に2人が会うのは、きっとシャルロッテのお披露目式だ。
ハワードは、友の活躍する姿が楽しみだと思えたのだった。
※この先は読まなくても、問題ありません。
↓
↓
――――――――――――――――――――
いつもお読み頂きまして誠にありがとうございます。
この『66 優秀な秘書の誕生』の回の初稿は、推敲が不十分でして、皆様に読みにくい思いをさせてしまったと反省しておりますm(_ _)m。
改稿、修正致しました。
大変ご迷惑をお掛け致しまして、申し訳ございませんでした。
今後ともどうぞよろしくお願いします。
217
あなたにおすすめの小説
【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った
Mimi
恋愛
声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。
わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。
今日まで身近だったふたりは。
今日から一番遠いふたりになった。
*****
伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。
徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。
シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。
お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……
* 無自覚の上から目線
* 幼馴染みという特別感
* 失くしてからの後悔
幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。
中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。
本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。
ご了承下さいませ。
他サイトにも公開中です
教養が足りない、ですって
たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。
【完結】王妃を廃した、その後は……
かずきりり
恋愛
私にはもう何もない。何もかもなくなってしまった。
地位や名誉……権力でさえ。
否、最初からそんなものを欲していたわけではないのに……。
望んだものは、ただ一つ。
――あの人からの愛。
ただ、それだけだったというのに……。
「ラウラ! お前を廃妃とする!」
国王陛下であるホセに、いきなり告げられた言葉。
隣には妹のパウラ。
お腹には子どもが居ると言う。
何一つ持たず王城から追い出された私は……
静かな海へと身を沈める。
唯一愛したパウラを王妃の座に座らせたホセは……
そしてパウラは……
最期に笑うのは……?
それとも……救いは誰の手にもないのか
***************************
こちらの作品はカクヨムにも掲載しています。
もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~
桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜
★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました!
10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。
現在コミカライズも進行中です。
「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」
コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。
しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。
愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。
だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。
どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。
もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。
※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!)
独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。
※誤字脱字報告もありがとうございます!
こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
陛下を捨てた理由
甘糖むい
恋愛
美しく才能あふれる侯爵令嬢ジェニエルは、幼い頃から王子セオドールの婚約者として約束され、完璧な王妃教育を受けてきた。20歳で結婚した二人だったが、3年経っても子供に恵まれず、彼女には「問題がある」という噂が広がりはじめる始末。
そんな中、セオドールが「オリヴィア」という女性を王宮に連れてきたことで、夫婦の関係は一変し始める。
※改定、追加や修正を予告なくする場合がございます。ご了承ください。
【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした
凛蓮月
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】
いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。
婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。
貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。
例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。
私は貴方が生きてさえいれば
それで良いと思っていたのです──。
【早速のホトラン入りありがとうございます!】
※作者の脳内異世界のお話です。
※小説家になろうにも同時掲載しています。
※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)
【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに
おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」
結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。
「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」
「え?」
驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。
◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話
◇元サヤではありません
◇全56話完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる