好きでした、婚約破棄を受け入れます

たぬきち25番

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第八章 開花する才能

73 暗号解読

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 私は特別講師室から、足早に離れた。
 そして、気が付くと教室の近くまで来ていた。
 私は、立ち止まって窓の外を見ながら、大きく深呼吸をした。

 焦ってはダメよ。
 私は、今私のできることをするのよ。

 そう何度も言い聞かせて、心を落ち着けた。

「よし」

 そして、私は教室に向かった。
 教室に向かう途中に、丁度、講義の終わったエカテリーナと会った。
 どうやら、私はあまり皆様を待せずに済んだようだ。

 それから、私たちは個室で食事を摂ることになった。
 今まで知らなかったが、サフィール王子殿下は、立場上、個室で食事を摂るように学院から言われているらしい。
 さらに殿下の食事は、みんなとは別に管理されているらしい。

「はぁ~~、やっと最終個人研究の報告会が終わったわ~~」

「おめでとう、エカテリーナ!!」

「ありがとう!! でも、最終個人研究は終わったのだけど、個人的に研究したいこともまだあるし、卒業までは研究を続けるつもりよ」

 他のクラスはギリギリまで皆、講義があるらしいが、Sクラスの生徒は、みんな最終個人研究が終わったら学院に来ることも少ない。だが、エカテリーナはさらに研究をするらしい。頭が下がる思いだ。

「そうなの? さすがエカテリーナだわ」

 私が心からエカテリーナに賛辞を贈ると、エカテリーナがこちらを見て「ありがとう」と言った後に、心配そうに眉を寄せながら言った。

「ところで、シャルロッテ、具合でも悪いの?」

「いえ、そんなことないわ」

「そう……もう食べないの?」

 実は、先ほどのハワード様の言葉が、胸の奥で引っかかって、食事が喉を通らなかったのだ。
 私は折角の楽しい雰囲気を壊すのが申し訳なくて、明るい声を上げた。

「え……う、うん。でも、大丈夫よ」

ガタン。

 すると、突然ゲオルグが立ち上がった。

「ちょっと、ゲオルグ、突然どうしたのよ?!」

 エカテリーナが驚くと、ゲオルグが私の手を取った。

「悪い、シャルロッテ、一緒に来てくれ」

「え……?」

 私はわけも、わからないまま、ゲオルグの手を取った。
 ゲオルグはしっかりと私の手を繋いで、2人に頭を下げた。

「殿下、姉上失礼致します」

「失礼致します」

 私も慌てて、頭を下げると、ゲオルグについていったのだった。
 ゲオルグの手はとても大きくて、剣の訓練や、ペンの持ちすぎで、所々が固くて、それが、彼のこれまでの、努力を重ねた生き方を証明しているようで、とても好きな手だと思った。


☆==☆==


 ゲオルグに連れて来られたのは、Sクラス棟の一番上にある、ガラス張りの観察スペースだった。
 私たちは、今日はもう講義はないが、すでに午後の講義が始まっているからか、観察スペースには、誰の姿も見えなかった。

「シャルロッテ、何があったのだ?」

 ゲオルグは、手を放して、私を真っすぐに見ながら言った。
 どこまでも真っすぐに、なんの曇りもないゲオルグの瞳に見つめられて、私は俯きながら、つい弱音を吐いてしまった。

「心配かけて、ごめんなさい。自分の弱さに気づいたの……私、すごく怖がりで、臆病だったみたいで、自分の気持ちにフタをしていたことに気づいて……でも……もう、大丈夫……だから、心配」

 そこまで言うと全身に人の体温を感じた。

「……ゲオルグ?」

 気が付くと、私はゲオルグに抱きしめられていた。
 私を抱きしめるゲオルグの腕が少し震えていて、私は動けなかった。

「じゃあ、どうしてそんなつらそうに、笑おうとするんだ。……私の前でそんな無理をするな」

 無理……確かに無理だったかもしれない。

「……」

 何も言えずにいると、ゲオルグが私の耳元に、口を寄せて呟いた。

「なぁ、シャルロッテ、このまま2人で、全てを捨ててこの国を出るか?」

「え?」

 私は思わず、ゲオルグから少しだけ離れて、ゲオルグの顔を見た。
 ゲオルグは困ったようなそれでいて、どこか決意のある瞳で私を見ていた。

「国境を越えて、海を渡った先にある、誰も知らないところで2人で暮らそうか。私たちなら、どの国に行っても仕事はできる。それに……船の旅も中々楽しいそうだろ?」

 ゲオルグと私は、一級鑑定士の資格を持っている。
 この資格は国際的な資格なので、どの国に行っても鑑定の仕事ができるだろう。
 例え冗談だとしても、――まさかゲオルグがこんな風に言ってくれるとは思わなかったので、胸が熱くなった。

「船……。そうね、楽しそう」

「シャルロッテの行きたいところに、どこにもでも連れて行ってやる。ずっとそばにいるから」

 ゲオルグが私をきつく抱きしめると、力強く言った。

「ゲオルグそれ、まるで――」

――プロポーズみたい。

 そう言いかけて、口を閉じた。

 自分は婚約破棄をされた令嬢。

 ゲオルグに私は相応しくない。
 これは、優しいゲオルグが私をなぐさめるために気を遣ってくれているのだ。
 誤解してはいけない。

 私の心に暗い影が落ちたが、ゲオルグの少し早い心臓の音が、私の心を落ち着けてくれた。
 大丈夫。
 私は大丈夫。
 ゲオルグとは、友人としてここまで心配してくれるほど、心を通わせることが出来たのだ。
 それだけで十分だ。

「まるで、なんだ?」

 きつく抱きしめられたまま、ゲオルグに尋ねられた。

「なんでもないわ……じゃあ、足掻いて、足掻いて、それでも上手くいかなかった時は……私を連れて逃げてくれる?」

 私もゲオルグの腕の中で少しだけ、冗談交じりに尋ねた。

「ああ、でも、シャルロッテがそれほど、尽力して報われないなどいう事態には、私がさせないがな」

 ゲオルグの顔は見えないが、真剣な顔をしていることは、なんとなくわかった。
 大切な友人の想いに答えたい。

「ありがとう……まず、私は仕分けの仕事で結果を出すわ」

「私も手伝おう。いつでも、頼ってくれ……シャルロッテ」

「よろしくお願いします」

 ――この道を進もう。もう、怖がらない。

 私は、ゲオルグの腕の中で、決意を新たにしたのだった。



☆==☆==


 ピエールに送ってもらって、屋敷に着くと、エイドが出迎えてくれた。

「おかえりなさい、お嬢」

 エイドと話し合って、仕事の時だけ、名前で呼んでもらうことになった。
 だから、普段屋敷では、これまで通り『お嬢』と呼ばれている。

「ただいま~~」

 ピエールがにっこりと笑いながら言った。

「それでは、明日お迎えにあがりますね」

「お願いします」

 エイドと2人でピエールさんを見送って屋敷の中に入ると、エイドが私を見て嬉しそうな顔をしながら言った。

「お嬢、何か嬉しいことでもあったんですかい?」

 ずっと心に引っかかっていたことが、流れたようで、私もスッキリしたのは確かだった。

「そうね、やることは決まったわね」

「そりゃ~よかった」

 私は、エイドからいい匂いがして思わず目を細めた。

「もしかして、エイド、今まで料理をしていたの?」

「ああ、匂いますか? そうです。今日の夕食の仕込みをしていました。
 午前中に、書類は出来上がったので、午後は時間がありますよ?」

「そうなの? じゃあ、先程のハワード様の講義で、少しわからないことがあって、エイドが見たら何か気づくかしら?」

「ん~~お嬢がわからなかったとこですか~~、そうですねぇ、一緒に考えましょうか」

 エイドと話をしながら歩いていると、シャロンが階段から降りてきた。

「あ~~お姉様~~おかえりなさ~~い」

「シャロン、ただいま。もうお勉強は終わったの?」

「うん!!」

「そう、よく頑張ったのね」

 私がシャロンの頭を撫でていると、エマが後から降りてきて言った。

「お嬢様、今日の腹黒……ハワードの講義はいかがでした?」

「それが、少しわからないところがあって……」

 すると、エマが目を輝かせた。

「わからないところ?! それはいけません、解明しましょう!!」

「ふふふ、心強いわ」

 どうやら、エマも一緒に考えてくれるらしい。

「お姉様~~僕もご一緒してもいいですか?」

 シャロンも嬉しそうに言ってくれたが、シャロンには難しい話になる。
 聞かれても、特に教育上問題があるわけではないし、退屈になったら自分で好きなことを始めるだろう。
 私は、シャロンと目線を合わせて言った。

「ふふふ、シャロンも一緒に考えてくれるの? 嬉しいわ。ありがとう」

「うん!! 僕も考える~~~」

「では、早速解明に向かいましょう!」

 こうして、私は大きなテーブルにあるサロンに移動して、エイドとエマとシャロンと一緒にハワード様も講義でわからなかったところを考えることにしたのだった。


☆==☆==

 私たちは、頭をひねって考えていた。

「そうですね~~確かに課題の辺りが……ポラリス指数で説明できる……ってわけでもなさそうですね……」

 エイドが眉を寄せながら言った。

「アルバランの法則を当てはめて、カノープス理論を使えばいいのでは?」

 エマが、経済学の本を開きながら言った。

「ん~~でもそれだと、このポルックス指数の説明がつかないのよね~~~」

「ん~~~~」

 私と、エイド、エマがテーブルの上に本や紙を広げて、唸っていると、シャロンが無邪気な声を上げた。

「ねぇ、お姉様」

「ん? どうしたの? シャロン」

「これって、つまりカストルの橋の話なのではないですか?」

「カストルの橋!!」

 カストルの橋というは、おとぎ話だ。

 あるところにカストルという青年がいた。
 彼は、船の扱いが得意で、いつも皆に『船を使って川の向こうにある木の実を摂って欲しい』と頼まれていた。
 というのも、この川の流れはとても早くて、カストルしか渡ることが出来ないのだ。
 だが、カストルもいつまでも自分1人で、みんなの分の木の実を取るにも限界がある。
 そこで、町のみんなに呼びかけて橋を作り、カストルが楽になるだけはなく、皆も木の実を取れて幸せになった。
 
 この話は、何事も1人でするには限界があるので、皆で協力して、よい環境を作ろうという教訓を伝えるお話だ。
 

「確かに、これはカストルの橋!!」

 エイドもはっとしたように声を上げた。

「難しく考え過ぎていたのね……」

 私は思わず頭を抱えた。

「ですねぇ……」

 エイドが頷くと、エマが頷きながら言った。

「なるほど、腹黒次……ハワードらしい、実に人を翻弄する小癪な暗号でしたね。
 ですが、もし、これが答えだとしたなら……実現するには、王国法第84条、王家及び、2大公爵家、3家以上侯爵家の承認が必要ですね……」

 もし、これを実現させるにはたくさんの人の助けがいる。
 つまり、たくさんの人を動かせるように、私が出来ることは、やっぱり宝石の仕事しかない。

「そうね……やはり未来への課題と言うだけあって、簡単には行かなそうね」

 私の言葉にエイドが、力強く言った。

「そうですねぇ~~、でも、お嬢の実力を見せることができれば、もう掴んだも同然の未来です」

「私も、そう思います。むしろ、実現して見えないだけで、もう掴んでいる可能性さえあります」

 エマが真顔で言った。エイドとエマにそう言われると、私までそうだと思えるから不思議だった。

 私は気づかせてくれたシャロンを見て微笑んだ。

「それにしても、シャロン。よく勉強しているわね~。助かったわ」

「お姉様のお役に立ててよかった」

 シャロンが嬉しそうに笑うと、エマも力強く言った。

「そうですね!! 物事の本質を見抜く力が育っています!! 素晴らしいです!!
 もう少し、レベルアップしてもいいかもしれないですね」

「本当に? 楽しみだな~~」

 こうして、ウェーバー子爵家の夜は更けていったのだった。


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