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第九章 幸福の足音
74 それぞれの明暗(1)
しおりを挟む初めての仕分けが終わって、数日経った頃。
私はゲオルグと一緒に、ランゲ侯爵の執務室に呼ばれた。
コンコンコンコン。
「失礼致します、シャルロッテをお連れしました」
「ああ、入って来てくれ」
「はい」
ゲオルグと一緒に、少し緊張しながら、ランゲ侯爵の元に行くと、ランゲ侯爵が私に小切手ケースを差し出してくれた。
「必要な経費を差し引いて、私とシャルロッテ嬢で残りを折半した。受け取ってくれ」
私は、ずっと仕分けの仕事をしていたが、報酬を貰ったことなどなかった。
ハンスの家には多額の援助をしてもらっていたので、何も貰わなくても構わないと思っていた。
だから、今回、仕分けの報酬を受け取るのは、初めてのことだったのだ。
「はい」
「確認して、何かあるようなら遠慮なく言ってくれて構わない」
「では、確認いたします」
私は、小切手ケースを開くと、思わず目を疑った。
「え?」
見たこともない額面に思わず手が震えた。
私が戸惑っていると、ランゲ侯爵が口を開いた。
「少ないだろうか?」
「いえ!!」
私は、思わず首を横に振った。
少ないなんて……むしろこんなに頂いてしまっていいのか不安だった。
「いや、実を言うと、私は仕分けという仕事がどんな仕事なのか、どれほどの富を得るものなのか、正確には知らなかったのだ。
だから、通常の後見人規約に乗っ取り、経費を除いた利益の折半としたのだが……。これほどの額面になるとは、思わなかったのだ。
陛下がおっしゃるには、今回の仕分けはかなり、精度が高かったので通常よりも利益が多いとはおっしゃってはいたが……シャルロッテ嬢の取り分を増やすように、割合を変えることも問題ない」
「いえ、このままで。快適な仕事環境を用意して頂いているのです」
「そうか、ではまた何かあったら遠慮なく言ってほしい」
「はい。それでは失礼致します」
私は震える手で、小切手ケースを持つと、ゲオルグと一緒に侯爵の執務室を後にした。
「今回の仕分けの評価は、かなり高く、各方面から賛辞の声が上がっているらしい」
初めて、前ホフマン伯爵がいない状態での仕分けだったので不安だったが、上手くいったようで、ほっとしていた。
「そう、よかった。あ、ねぇ、ゲオルグに報酬を払わなくていいの?」
「ふふ。何を言っているんだ。ランゲ侯爵家としてもう、充分過ぎるほど貰っている」
「ああ、なるほど。あの……私はこれで何かすることがあるの??」
「いや、諸経費も、すでに引いてあるんだ。だから、それはシャルロッテの物だ」
「そう……なのね、では有難くいただくわ」
私は、小切手を落とさないように鞄にしまったのだった。
☆==☆==
今日は仕事はなく、話だけだったので、学院の帰りにランゲ侯爵家に寄った。
だから、帰りはピエールではなく、ランゲ侯爵家の御者の方に送ってもらうことになった。
馬車に乗り、あまりの金額に怯えていると、ゲオルグが私を穏やかな顔でじっと見ていた。
「どうしたの? ゲオルグ?」
「いや……私はなかなか、大変な道を歩んでいるのだな、と思ったのだ」
ゲオルグの切なそうな顔に思わず胸が締め付けられた。
「……何かあったの?」
「なんでもない。つまらない1人事だ。
シャルロッテ、次の仕分けは、いつぐらいから始める予定だ?」
ゲオルグが話を逸らすように明るく言ったので、私はその質問に答えることにした。
「そうね。仕分けはもう少し先だけど、そろそろ、ホフマン伯爵からの地層検査の石が届くだろうし、質問状も届くと思うの。後は、ミーヌ侯爵領の、ウーノ鉱山の地層検査もそろそろだわ。
それに、ステーア公爵と次の外交についての打合せもあるし、陛下の意向もお聞きしなければならないわ」
「そうか、では、明日は学院はどうする?」
「私は午後から行きたいの」
「私は休みなので、シャルロッテに合わせる」
「では、明日の午前中にお邪魔するわ」
「ああ、シャルロッテの御者には、私から伝えて置こう」
「お願いね」
私たちは、明日の約束をして、馬車を降りた。
馬車を降りると、エマが出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ~~お嬢様」
「エマ、ただいま~~」
「では、シャルロッテ。またな」
ゲオルグが馬車に乗る前に微笑みながら言った。
「ええ、また」
エマと一緒にゲオルグを見送ると、私は、エマに話しかけた。
「エマ、お父様はいるかしら?」
「いらっしゃいますよ~~今、旦那様とエイドで、北側の壁の修繕をしています」
エマと話をしていると、丁度、お父様やエイド、それに、お母様やシャロンまで、戻って来た。
「お~~シャルロッテ帰ったのか~~」
「あ、お嬢、おかえりなさい」
「あら~~シャルおかえり~~」
「お姉様~~壁もう壊れそうなの~~」
みんなに「おかえり」と言われて、「ただいま」と答えると、エマが口を開いた。
「どうでした?」
「ん~~老朽化が酷くて、私たちではどうにもならないな~~専門家にお願いした方がいい」
「ですね~~」
お父様の言葉に、エイドも頭を掻きながら同意した。
私は急いで鞄から小切手を取り出して、お父様に差し出した。
「あの、お父様……これを」
「ん?」
お父様は、小切手ケースを開けると、青い顔になった。
「シャ、シャ、シャルロッテ!! これは一体なんだ?!」
「仕分けの報酬だそうです」
お父様が、小切手の額面をお母様に見せた。
すると、お母様が信じられないと、口に手を当てながら言った。
「これだけあれば、屋根も壁もドアも、抜けそうな床も、何もかも修理できますわ」
「それに、エイドとエマにもたくさんお給金を渡せるな!!」
「ええ、夕食のおかずも増やせますわ!!」
お父様と、お母様が手を取り合って喜んだ。
「シャル~~ありがとう!!」
「これで、壊れる前に屋敷を修理できる!! ありがとう、シャルロッテ!!」
お母様に抱きつかれて、お父様にまでお礼を言われて、私とエイドは、思わず顔を見合わせて笑ったのだった。
☆==☆==
ゲオルグが、ランゲ侯爵家に戻ると、丁度エカテリーナが王宮に出かけるところだった。
「おかえり、ゲオルグどうしたの? 落ち込んでるの?」
エカテリーナは、立ち止まると、ゲオルグの顔を覗き込んだ。
いつものゲオルグなら、こんなことをエカテリーナに相談はしなかった。
だが、今回は、思わず胸のうちを打ち明けてしまった。
「姉上……。シャルロッテが仕分けで多額の報酬を受けたことはご存知ですか」
「ええ。正直に言うと、これほどだとは思わなかったわ」
エカテリーナが頷くと、ゲオルグは、目に見えて落ち込みながら言った。
「姉上……これで、私はますます、シャルロッテに想いを伝えることが出来なくなりました」
「あ~~そうね~~このタイミングで告白しても、絶対に報酬目当てだと思われるでしょうね……」
そう、今の状況で、シャルロッテに思いを伝えても、その想いを信じてもらえない可能性がある。
「その通りです。だが……だからといって、未だに婚約破棄の傷が癒えていない彼女に告白することなど出来なかった」
珍しく落ち込むゲオルグに、エカテリーナが、目を細めながら言った。
「ふふふ。いつも生意気な弟が、可愛く見えるわ」
「からかわないで下さい」
ゲオルグが睨むと、エカテリーナが、美しい笑顔で言った。
「ごめんなさい。でも……諦めないんでしょ? あの子のこと」
「もちろんです!! そんな簡単に諦められるくらいなら……これほど苦労はしていません」
「ふふふ、そんなの、10年前から知ってわよ。
大丈夫。あなた、なかなか、いい男になったわよ。10年前、あの子に『大っ嫌いだ~』って言って盛大に落ち込んでいた人と、同じ人だとは思えないわ。自信を持ちなさい」
するとゲオルグが真剣な顔をしながら言った。
「うっ……もし、時間を戻せるのなら、私は迷わずあの時に戻って、全力でバカだった自分を止めます」
最近だと、随分大人びたと思っていたが、こんな姿はやはり、子供のようなところもあるのか、エカテリーナは思った。
「ふふふ、でも、あれはあれでいいんじゃない?
そのおかげで、今のあなたがあるのでしょ?
くよくよしているヒマがあったら、シャルロッテを振り向かせられるように、男を磨きなさい」
「そうですね。そうします。では、失礼致します」
ゲオルグが返事をすると、エカテリーナは、優しく微笑んだ。
「ゲオルグ」
「何か?」
「私は、あなたのような弟を持って、誇らしいわ」
「……私もです。姉上」
ゲオルグに見送られて、エカテリーナは王宮に向かった。
エカテリーナは、王宮に向かう馬車の中で、大切な弟と親友の顔を思い浮かべながら呟いた。
「本心を疑われる可能性……か……それは……つらいわね、ゲオルグ」
エカテリーナから見て、シャルロッテは、婚約破棄をされたことに随分と引け目を感じていると思えた。
だから、きっと仕事を理由に、彼女に結婚を申し込んだ方が、どうしても婚約したいのなら確実かもしれない
だが……。
もし、ゲオルグが彼女の心を無視して、そんなことをすれば――今度こそ彼女は、側にいる優秀な者たちに隠されて、二度と会えなくなって、結婚は出来なくなってしまうだろう。
シャルロッテの傍にいる、側近は随分と力を付けたようだ。
「この状況で幸せになりたいのなら、あの子に求められるまで、待つしかないわね……」
エカテリーナは、この状況を作ったハンス・ホフマンの顔を思い浮かべた。
サフィールから、ハンス・ホフマンと新しい婚約者との婚約を正式に受理したと連絡が入ったのだ。
婚約破棄をしたばかりの友人の心境を考えると、こんな風に思うのは、不謹慎かもしれない。
だが、エカテリーナは、正直に言うと、あの男が早く他とくっついてくれてよかったと思っている。
これでもう、シャルロッテに言い寄ったりは、しないだろう。
それよりも心配なのは、自分の婚約であるサフィールのことだ。
最近、サフィールに焦りを感じる。
「何事もなければいいのだけど……」
エカテリーナは、窓の外を見ながら呟いたのだった。
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