7年目の本気

NADIA 川上

文字の大きさ
115 / 124
第2章 東京編

【ジゼル  ACT1 第1幕】

しおりを挟む

 午後6時、開演 ~

 ゆっくり幕が上がってゆく――――


 【ジゼル  ACT1 第1幕】


 藍子は足に深手を負いその痛みを堪えての
 演技等とは微塵も感じさせない、
 笑顔と持ち前の軽やかなステップで
 ステージへと踊り出て行く。


 自分の出番を待ちながら、
 上手でステージの進行をじっと見守る勇人と
 恋敵役ヒラリオンの実弟・郁人。
 その郁人がボソっと呟く。


「――オレの気のせいかな」

「あー?」

「何かあいちゃん、リハ(リハーサル)の時より
 スピードもキレも今いちだ」


 郁人の言ったその言葉が気にかかり、
 勇人は藍子だけの踊りに集中して見入る。


「……足だ」

「えっ――??」

「あいつ、右足庇っていやがる」

「って、まさか、怪我??」

「俺が知るかっての――本人に聞いてくる」


 このシーンはジゼルが初めてアルブレヒトと
 心を想い通わせ、恋に落ちる、
 という物語進行上とても重要なペアパート。

 ジゼルとアルブレヒトのパ・ドゥ・ドゥ ――――
  
 踊りながら小声で短い言葉が交わされる。


「足、どーした?」

「何のこと?」

「とぼけんな。キレもスピードも落ちてる」

「大丈夫。最後まで踊りきれるから」


 藍子は相変わらずのやせ我慢で平静を保ち、
 踊っているがその実かなり辛そう。

 それまで客席の隅で観劇していた宗方と哀川も、
 藍子の微妙な変化を察知し上手までやって来ている。

 
 今日のチケットは30%が業界向けだと、
 いつか勇人が言っていた通り。

 客席の特別指定席エリアには業界の著名人・
 報道関係者・同業の著名舞踊家や評論家が
 観劇していた。

 その中の特に目の肥えた舞踊評論家と
 一部の記者達は藍子の異変に気付いている模様。


*****  *****  *****


 一方、ステージ上ジゼルの進行は、
 いよいよACT1の終盤。

 錯乱したジゼルが母親の腕の中で息絶える
 というシーン。


 セットの入れ替え及び幕間休憩の為、
 一旦幕が降ろされた。

 藍子は母親役の泪に抱き止められたまま、
 足の痛みで動く事も出来ない。

 幕が完全に降り切るまで待って、
 慌てて藍子の元へ集まる勇人達。

 勇人が藍子の傍についてそっと右足のトウシューズを
 脱がせる。
 
 包帯の上からテーピングテープでグルグル巻に
 してあるが、血が薄っすら滲んでいて、
 今までの無理が祟ったせいか?
 足首の辺りも腫れ始めている。

 神聖な舞台を蔑ろにし、
 自分自身のダンサー生命も危険に晒した藍子へ
 勇人の怒号が飛ぶ。


「バカ野郎っ! 
 こんな足で踊るなんて自殺行為だ」


 藍子は自己嫌悪とキズの痛みがごっちゃになって、
 泪の胸へ縋り付くようすすり泣く。
 専属ドクター・谷も駆け付け、藍子の足を診る。


「こりゃ酷い――かなり痛むだろ」

「大丈夫です。応急処置だけお願いします」

「この期に及んでまだそんな事……」


 と、勇人は呆れる。


「ここまで踊ったんだもの、どうしても最後まで
 やり通したい」

「谷さん、構う事ない、さっさと連れってってくれ」


 谷の助手2人が藍子を担架に乗せようとその腕を
 掴んだ。
 藍子はそれらの手をおもいっきり払って。


「いやっ!」

「いい加減にしろっ! お前、自分のわがままでこの
 ステージ台無しにする気か??」

「…………」

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...