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NADIA 川上

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大地の葛藤

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  大地はベッドに寝そべり、机に置いている
  プレゼント用に包装された小箱を眺めて
  溜息をついた。

  もう、当分の間は会えないと分かっていても
  買ってしまった絢音へのバースデープレゼントだ。

  箱の中には、有名ブランド店の商品ではないが、
  細いプラチナのリングに8月の誕生石である
  「ベリトッド」がはめ込んである指輪が入っている。

  指輪を見た時、絢音の顔が浮かび、
  即決買いしたのだ。


「渡せないかなぁ……渡したいけどなぁ……」


  ジェイクに電話して気分を紛らわしたいが、
  ジェイクは学校の夏期講習に出ると言っていた。

  大きく息を吐いて、ムクリと起き上がりタバコに
  火を点けようとしたが、最近タバコの量は
  半端なくなっている。


「肺がんになるかも……」


  気分を変える為にコーヒーでも飲もうと、
  プレゼントをギフト用の紙袋の中に入れて
  1階へ降りると、母・静流が義父の作ったケーキを
  食べている。


「母さん太るよ? もうすぐ新作の撮影に入るんじゃ
 なかった?」


  母は女優なのだ。


「あぁ、大地くんも食べるかい?」


  嬉々とした声で問いかけてきたのは、
  半年前に再婚したという義父・笙野幸作。


「いらない。っつうかさ、いくら試食と言っても
 売り物のケーキ、ただで食わしていいの?」

「ホント、幸作さんのケーキは世界一だわぁ」

「ありがとハニー」


  嬉しそうに相好を崩す。


「たまにはおふくろもさ、手料理くらい作りなよ」


  ブツブツと呟きながら母の隣に座る。


「ところであんた、せっかくのサマーバケーション
 なのに何も予定ないの? デートとか」


  少々心配した面持ちで母は息子を見た。


「やっと進級試験パスしたばっかでさ、
 恋愛がどうだのなんて考える余裕ないよ」


  嘘ばっか。
  ここ最近は絢音の事ばかり考えてる。


「この間、独り暮らししたいって言った時は彼女でも
 出来たかと思ったのに。なんだ。居ないのー?
 あ、沙希ちゃんは? まだ彼女シカゴに居るんで
 しょ?」


  母はニヤニヤと冷やかし笑いで大地を見ている。


「残念でした。親父さんの任期切れで今年の始め
 帰国した。それに、もうあいつと付き合う気は
 ないから」


  コーヒーを飲みながら、
  小皿に盛られたプティフールを食べる。


「沙希ちゃん、いい子だったのに。
 ママ案外好きだったわよ?」

「…………」


  大地は、両親に絢音との事を言ったらどうなるん
  だろう? と思った。

  うちのおふくろなら多分、カムアウトした瞬間、
  軍資金付きで駆け落ちでも薦められっかな……と
  思いながら無言でケーキを食べている。


「何も予定がないなら食事にでも行きましょうか?」

「あ、それもいいなぁ。どう? 大地くん。どうせ
 だから食事だけとは言わず泊まって来るのもいいね」

「……いいよ。すんごい美味い料理食わせてくれる
 なら」

「オッケー、場所のチョイスはママに任せて。
 美味しいレストランと雰囲気のいいお宿探しておく
 から! あぁ、3人でお出かけなんて何年ぶり
 かしら? 楽しみね!」


  嬉しそうに笑う両親を見て、
  やっぱり「家族」は大事だ。
  自分が一番安心して居られる場所。

  絢音との事で迷惑はかけられないと、
  心の中で溜息をつきながら、
  大地はケーキを苦々しく口に押し込めた。

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