インシディアス

NADIA 川上

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画竜点睛を欠く

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その頃、絢音は婚約者の神宮寺晴彦と京都・
  嵯峨野のフレンチレストランでランチをしていた。

  今日は結婚後の新居の手続きで
  不動産会社へ行ったのだ。

  一番の懸念材料であった新居をようやく決める事が
  出来てひと安心だが……


「良かったですね。絢音さんの気に入った部屋が
 確保できて」


  笑いながら絢音に話しかけた。


「え? ……ええ、そうですね」


  笑って答えるが、
  どことなく元気がなく、
  気もそぞろな絢音に首を傾げた。


「何かありましたか?」

「え?」

「いや……何となく、元気がない様な気がして」

「あ、ごめんなさい……」


  咄嗟に頭を下げる絢音に笑う。


「謝らなくていいですよ。あ、そうだ。
 お盆なんですが……」

「はい」

「実は急な出張が入ってしまったんです。今度の
 新事業にも多額の出資をして頂いてる方からの
 申し出で、どうしても断れなくて……」

「そうなんですか。でも、お仕事なら仕方ありま
 せんわ。そうお気になさらないで、晴彦さん」

「ええ。ですから、この間の件……口裏合わせ。
 大丈夫ですよ」


  晴彦は微笑みながら食事を進める。


「そうですか……」


  大地に会えるだろうか?
  彼は会ってくれるだろうか?
  しかし……連絡も取れない……


「絢音さん?」

「はい」

「ホント何かあったんじゃないですか?
 元気もないし……」

「いえ……最近色々と結婚式の準備があって……」

「確か、昨日はドレスが出来上がったんですよね」

「はい。お着物も届きました……引き出物も
 決めました」

「そうですか」


  きっと、用事が多すぎて疲れていると言いたい
  のだろうが、それだけではないようだ……
  口裏を合わせると言っても嬉しくなさそうだし……

  家で何かあったのだろうか?
  そう言えば、携帯番号まで変わってるし……
  いや、変えられたのか?


「携帯は、何故番号が変わったんですか?」

「え?……それは……」

「結婚するから心機一転に?」

「え? ええ……そうなんです」

「そうですか」

「お盆休暇は、もしかしたらお友達と会えないかも
 しれないので、出かけないかもしれません……」

「そうなんですか?」

「はい……」


  やはり家で何かあったんだ……
  結婚さえしてしまえば後は野となれ山となれ、
  だが。
  例の法案を可決させる為には新庄先生のテコ入れが
  どうしても必要だ。
  彼女の動向、誰かに調べさせるべきなのか?


「出ましょうか?」

「でも、食事がまだ ――」

「気分転換に買い物でも如何です?
 ついてきてもらえますよね」

「……はい」


  食事を途中で切り上げて、
  晴彦は絢音を助手席に乗せて車を走らせた。



***  ***  ***



  自分の乗った車が京都大丸祇園店の駐車場へ
  入って行くのに気付いた絢音は、
  無意識に早くなる鼓動を懸命に抑えた。

  何故かって?

  このデパートのバック売り場で大地が、
  日本での滞在費を稼ぐため短時間のパートタイマー
  をしているのだ。

  駐車場に車を止めて、
  絢音は晴彦の後ろを歩き始めた。

  一歩一歩、大地に近づいて行っている……
  今の時間、彼が売り場勤務に入っているとは
  限らないが、大地は自分の顔を見たらどんな
  反応をするだろう?

  笑ってくれる? それとも……怒る? 逃げる?
  私は……どんな顔をすればいい?


「絢音さん? 気分でも悪いんですか?」

「え?」


  下を向いている絢音を晴彦が怪訝に見ていた。


「あ、いえ。大丈夫です」

「そうですか。ならいいです」


  夢にまで見た愛おしい人が、
  手を伸ばせば届く所にいるのに会えない……
  初めて肌を交えたあの日以降、ずっとこんな思いを
  秘めて辛い日々を過ごしてきた。

  このチャンスをのがしたら、一生会えないかも
  知れない。
  たとえ大地からどう思われようと、ひと目でも
  会えるなら……その顔を見る事が出来るなら、
  とても嬉しい。
 
  晴彦は無言でエレベーターを出てバッグ売り場へと
  向かうと、1人の男性店員に声をかけた。

  離れた位置でその様子を見ていた絢音は、
  信じられない偶然に目を見開いた。
  
  晴彦の声かけで振り返った店員は大地だった。


「あぁ ―― 絢音さん」


  晴彦が絢音を呼び、絢音は歩き始めた。


「私はちょっとトイレに行ってくるから、その間に、
 彼女にバッグでも選んでもらえるかな?
 新婚旅行の時のバッグ」

「……分かりました……」


  歩いてきた絢音に、


「ちょっとトイレに行ってきます」


  と声をかけて晴彦は2人のもとを離れた。


「じ……神宮寺さんが旅行の時のキミのバッグを
 選んでくれって……」


  大地は絢音に小さく声をかけた。


「あ、あの ―― ごめんなさい! 兄が……
 本当にごめんなさい!」


  絢音は小さく叫んで、大地の顔を見た。


「とりあえず……バッグを見よう」

「うん……」


  2人でバッグを見ながら、


「酷い事を言ったんでしょう? ごめんなさい……」

「お兄さんなら当然さ……でも、僕も電話する勇気が
 なくて……」

「携帯は兄に取られたの……」

「そうなの?」

「しょうがないから新しい携帯買ったんだけど、
 履歴が監視されていて、おまけに部屋も盗聴されてる
 から、連絡もとれなくて……」


  大地はとっさに自分の携帯を取り出し、
  初期化して絢音に渡した。


「僕の携帯持ってて」

「え?」

「僕の方は携帯を買い直すよ。キミ用の連絡には
 メールするから」

「でも……」

「向こうの学校は9月が新学期だから、帰国する
 までには1度ゆっくり会いたいんだ。持ってて
 くれる?」

「うん……うんっ……」


  泣きそうな顔で大地から貰った携帯を
  バッグに入れた絢音に笑い、


「では、バッグを選びましょうか? お嬢様?」

「はい」


  溢れ出ていた涙を拭いて、
  絢音はやっと明るく笑えた。



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