午後

ドルドレオン

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「あなたにとって、“時間”って何ですか?」

猫──つまり彼女は、そう言って僕の目をまっすぐ見た。
その目は奇妙に深く、まるでそこに吸い込まれそうだった。
時計の針が回る音さえ、耳の奥で遠ざかっていくような気がした。

「時間、ですか……」

僕は繰り返しながら、考えた。

「過去から未来へ向かって、一方向に流れていくもの……ですかね。
 目には見えないけど、確実に存在していて、僕たちを老いさせる。」

「それは“カレンダー的な時間”ですね」と彼女は言った。
「時計や日付で測れる“社会の時間”。でも、それだけが時間ではないはずです。」

「じゃあ他に、どんな時間があるんですか?」

「たとえば、“心の中の時間”です。
 私たちの記憶、感情、夢の中では、時間はまっすぐじゃない。
 一瞬が永遠のように感じることもあるし、10年がまるで1日のように過ぎていくこともある。」

彼女はグラスの中の氷をくるりと回した。その音が、ジャズのベースラインと重なった。

「私はね、こう考えてるの。
 “時間”というのは、私たちが存在を理解するために作り出した仮の枠組みなんだって。
 もしそれが本当なら、私たちは“時間の中にいる”のではなくて、
 “時間を作りながら生きてる”のかもしれない。」

「……つまり、時間は外にあるんじゃなくて、自分の中にある?」

「ええ。逆に言えば、“時間の感じ方”を変えれば、“生き方”も変わる。
 だって私たちが過去や未来に縛られて生きるのは、
 それを“時間が直線だ”と信じ込んでいるから。」

僕はしばらく沈黙した。

「でも、現実には締切もあるし、年も取るし……。時間が“幻想”だとしても、
 そこから自由になるのは、難しいんじゃないですか?」

彼女は頷いた。

「だからこそ、“自由な時間”は希少なんです。
 たとえば——こうして誰かと意味のない会話をする時間。
 ジャズを聴いて、意味もなくぼんやりする時間。
 誰も何も期待していない空白のような時間。
 そういうときにこそ、“本当の自分”がふと顔を出す。」

彼女の言葉は、まるで遠い昔に読んだ詩のようだった。
どこか懐かしく、でも意味をすぐには掴めない。

「……あなたは、時間の外から来た人ですか?」

僕は冗談半分で尋ねた。けれど彼女は真剣な顔で少し考え込み、それから静かに言った。

「たぶんね。
 ある日、“この時間の流れ”に飽きてしまったの。
 だから、抜け出した。水曜日だけは、時間の外側にいることにしてるの。」

「水曜日だけ?」

「ええ。火曜と木曜のあいだには、誰にも気づかれない裂け目があるの。
 そこから、時間の外に出られる。」

「そんなの、信じる人いますかね?」

「あなたは今、それを信じてここにいるんじゃないですか?」

僕はそれに答えず、ふたたびコーヒーを口に含んだ。
氷がすっかり溶けて、味は少し水っぽくなっていた。
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