白椿

ドルドレオン

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 朝餉のあと、女はそっと中庭に出た。宿の者が掃き清めたのか、雪は薄く残るだけで、椿の花は端の苔の上に移されていた。誰かが拾い上げたのだ。
 その花を見下ろすうちに、女はふと、自分の頬に風が触れるのを感じた。いや、それは風ではなく、なにか内からこみ上げてくるものだった。

 「……椿は、咲いていたいと、思っていたかしら」

 呟きながら、女は立ったまま微笑んだ。口元だけがやわらかく上がり、目もとは少し潤んでいる。
 そのときだった。宿の廊下を通ってきた女将が、不意に立ち止まり、声をかけた。

 「お寒くありませんか? 朝の風は冷たうございます」

 女は振り返り、首を横に振った。その動作は、どこか夢から覚めたあとのように、ゆっくりとしていた。

 「……寒いのは、嫌いじゃないんです。涙が、ばれないから」

 そう言って、女は笑った。けれどもその笑みには、わずかに震えがあった。頬を伝った涙は、まるで雪解けの水のように、彼女の表情をつたい、静かに顎の先で消えた。

 女将は、何も言わなかった。ただ、そっと頭を下げて、その場を離れた。

 庭に残された女は、しばらくそのまま、落ちた椿を見つめていた。
 彼女の涙は、悲しみのためだけではなかった。忘れかけた何かが、あの花の白さのなかに在ったのだ。
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