硝煙

ドルドレオン

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『雨と硝煙の街』
第五章:静かな回想

バー《モルグ》の時計が、午前4時を指していた。
街はまだ眠らないが、酔いどれた亡霊たちはすでに床についた。
グラスの底に残る琥珀色の液体と、灰皿に折れた煙草だけが、俺の会話相手だった。

事件は片付いた。
だが、それで心が軽くなるほど、俺は若くなかった。

あの兄妹のことを考えていた。
唐沢健一——己の理想に狂い、他人を駒にしてでも「世界」を変えようとした男。
そして、彼の妹——正義か裏切りかもわからないまま、俺を騙し、自分もまた引き裂かれていた女。

「兄はもう、戻れないの……」

あのときの彼女の声が、耳の奥で再生される。
悲しみでも絶望でもない。
覚悟に近い響きだった。

俺には姉がいた。
小さなころ、手を引いてくれた人だ。
8年前、薬物に手を出した男に刺されて、命を落とした。
警察は“通り魔による犯行”と処理した。
だが俺は知っていた。
その男は、姉が通っていた福祉センターで“見逃された人間”だった。

それ以来だ。
俺が探偵を始めたのは。
正義って言葉には、もう何の価値も感じちゃいない。
ただ、“目の前の何か”だけは、ちゃんと見ていたい。

バーテンのマコが、黙って新しい酒を注いでくれた。
昔からそうだ。余計なことは聞かない。
それでいい。

「なあ、マコ。人は、どこまで壊れても戻れると思うか?」

彼は答えない。ただ、カウンターを布で拭きながら、少しだけ目を細めた。

「……いや、悪いな。酔ってるだけだ。」

外では、雨がまた降り出していた。
街はきれいにならない。
それでも、雨が降るたび、何かが少しだけ洗い流される。

俺は煙草に火をつけ、夜の向こうに目を細めた。
過去は変えられない。
だが、次の引き金を引くかどうかは、自分次第だ。

そしてまた、俺の中で何かが静かに、深く沈んでいった。
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