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「午後のカフェで」④
彼女の問いかけは、まるで水面に落ちた小石のように、僕の中に広がっていった。
──夢を、捨てた?
頭ではすぐには思い出せなかった。でも、心の奥底には何かがあった。言葉になる前の、かすかな後悔の影のようなもの。
「誰でも一度は夢を落とすのよ」と彼女は言った。「でも、拾える人は少ない。」
クララ・シモンズの歌が流れる空間は、時間を少しずつ溶かしていった。僕は目を閉じた。
**
昔、音楽をやっていた。誰に聴かせるでもなく、ただ、自分の部屋でギターを弾いていた。
大学三年のある日、僕は自分のデモテープをレコード会社に送った。何の期待もなく。ただ、自分に言い訳をしたくなかっただけだ。
数週間後、返信が来た。手紙にはこう書かれていた。
「音は悪くないが、決定的な何かが足りない。情熱か、狂気か、あるいは物語か。」
僕はギターを手放した。それ以来、一度も弦に触れていない。
**
目を開けると、彼女は黙って僕の顔を見ていた。
「ねえ」と彼女は静かに言った。「そのデモテープ、今でも持ってる?」
僕は頷いた。
「家の引き出しの、一番奥に。」
彼女は微笑んだ。その笑みには、少しだけ寂しさが混じっていた。
「じゃあ、そろそろ戻りましょう。外の時間が、もうすぐ動き出すから。」
彼女がプレイヤーの針を静かに上げると、クララの歌はパタリと止んだ。音が消えると同時に、あの不思議な静寂も解けていった。
扉を開けてカフェに戻ると、時間がまた流れ始めていた。
新聞のページがめくられ、カップが口元に運ばれ、遠くで誰かが笑った。
でも、彼女はもういなかった。
テーブルの上には、小さな紙の封筒がひとつ。中には短い手紙と、見覚えのある白いギターピックが入っていた。
「まだ間に合うよ。
— クララの声を思い出して。」
僕はそれをポケットに入れ、カフェを出た。
外は、まだ夏の終わりの光が漂っていた。
彼女の問いかけは、まるで水面に落ちた小石のように、僕の中に広がっていった。
──夢を、捨てた?
頭ではすぐには思い出せなかった。でも、心の奥底には何かがあった。言葉になる前の、かすかな後悔の影のようなもの。
「誰でも一度は夢を落とすのよ」と彼女は言った。「でも、拾える人は少ない。」
クララ・シモンズの歌が流れる空間は、時間を少しずつ溶かしていった。僕は目を閉じた。
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昔、音楽をやっていた。誰に聴かせるでもなく、ただ、自分の部屋でギターを弾いていた。
大学三年のある日、僕は自分のデモテープをレコード会社に送った。何の期待もなく。ただ、自分に言い訳をしたくなかっただけだ。
数週間後、返信が来た。手紙にはこう書かれていた。
「音は悪くないが、決定的な何かが足りない。情熱か、狂気か、あるいは物語か。」
僕はギターを手放した。それ以来、一度も弦に触れていない。
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目を開けると、彼女は黙って僕の顔を見ていた。
「ねえ」と彼女は静かに言った。「そのデモテープ、今でも持ってる?」
僕は頷いた。
「家の引き出しの、一番奥に。」
彼女は微笑んだ。その笑みには、少しだけ寂しさが混じっていた。
「じゃあ、そろそろ戻りましょう。外の時間が、もうすぐ動き出すから。」
彼女がプレイヤーの針を静かに上げると、クララの歌はパタリと止んだ。音が消えると同時に、あの不思議な静寂も解けていった。
扉を開けてカフェに戻ると、時間がまた流れ始めていた。
新聞のページがめくられ、カップが口元に運ばれ、遠くで誰かが笑った。
でも、彼女はもういなかった。
テーブルの上には、小さな紙の封筒がひとつ。中には短い手紙と、見覚えのある白いギターピックが入っていた。
「まだ間に合うよ。
— クララの声を思い出して。」
僕はそれをポケットに入れ、カフェを出た。
外は、まだ夏の終わりの光が漂っていた。
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