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第十六話
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孤児院で過ごしてきた年月は、振り返ればあっという間だった。笑顔の絶えない子どもたちに囲まれ、優しい大人たちに見守られ……気づけば、ルミナは成人を迎える年齢に近づいていた。
その日、院長ノエルは珍しく朝から落ち着かない様子で、机の上にいくつもの古びた魔道具や文献を広げていた。ユリウスが不思議そうに問いかけても、「何でもないよ」とだけ答え、彼女を呼ぶまで部屋に近づかないように、と告げるのだった。
夕方、柔らかな光が差し込む執務室にルミナが招き入れられた。いつもは子どもたちと一緒に笑っている院長の顔が、そのときだけはひどく真剣で、どこか決意めいた影を宿していた。
「ルミナ、座ってくれるか」
「……はい、先生」
促されるまま椅子に腰を下ろすと、ノエルは心を決めたように息を吐いた。
ノエルの少し後ろで控えているユリウスは黙って様子を伺っていた。
そしてノエルはゆっくりとルミナを見つめ、重く口を開いた。
「今日は君に、大切なことを話さなければならない。これまで黙っていたのは、まだ君が幼かったからだ。だが……成人を前に、知らずにいるわけにはいかない」
ルミナは少し緊張しながらも頷いた。
ノエルの目に宿る誠実さが、逃げずに聞かなければならないと告げていたからだ。
「ルミナ、君は今の外見を、不思議に思ったことはないか?」
「え……?」
問いかけに戸惑う。確かに、自分は孤児だと聞かされてきた。髪も瞳も、ありふれた栗色で、孤児院の仲間とさほど変わらない。あえて言えば、院長と髪も瞳の色も同じだということ。けれど、それが不自然だと思ったことはなかった。
ノエルは彼女の手を取り、その手首にある淡青色の紋章を指でなぞった。普段は衣服に隠れているため、自分でもじっくり見たことは少なかった紋章――その中心から、微かに光が滲んでいた。
「君の外見は、魔道具によって覆い隠されているんだ。君がここへ来たとき、魔道具で髪と瞳の色を変えたんだ。私と同じにね。……だから、栗色の髪も瞳も、本来の君ではないんだ」
「え……私……?」
呆然とするルミナに、ノエルは穏やかに頷いた。
そして彼の指先から柔らかい魔力が流れ込むと、紋章が淡く輝き、やがて光の粒となって霧散した。
次の瞬間、ルミナの髪は淡い空色に、瞳は深く澄んだ緑色に変わった。その姿は神秘的に輝き、とても美しかった。
「……!これ……私……?」
「聞いてはいましたが、まさか……本当に」
様子を見ていたユリウスは、目の前の光景がとても信じられなかった。
鏡を差し出され、ルミナはそこに映る自分を凝視した。見慣れた顔立ちなのに、どこか遠い存在のように感じる。自分の中の「ルミナ」とは違う、けれど確かに自分なのだ。
ノエルは深い溜息をつきながら言った。
「これが本来の君の姿だよ。……伝説に語られる“聖女”と同じ姿だ」
その言葉に、ルミナの心臓が大きく跳ねた。ユリウスとの授業で何度も耳にした「蒼翠の聖女、セレフィナ」。国中で語り継がれる、大地の聖女。
震える声でルミナは言った。
「……だから……私を隠して……?」
「そうだ」
ノエルは静かに頷いた。
「君の姿は人の目を引く。聖女の再来だと崇める者もいれば、偽物だと罵る者もいるだろう。教会の過激派のように、君を排除しようとする者だっている。……そのどれもが、君を子どもとして自由に生きさせてはくれない」
ルミナは唇を噛みしめ、膝の上でぎゅっと拳を握った。
「……先生」
少し間を置き、ぽつりと続けた。
「先生のこと……本当のお父さんだと思ってた」
その言葉に、ノエルは目を見開いた。すぐに優しい微笑みが浮かぶ。
「……それは、嬉しい言葉だよ。君がそう思ってくれたなら、それだけで十分だ」
ルミナの瞳が揺れる。涙が今にも零れそうになるのを堪えながら、ノエルは彼女の肩に手を置いた。
「だが、これからは自分で選べる。本来の姿を保つか、再び偽りの姿を纏うか……。君の魔力なら、紋章を通さずとも自分で外見を変えることができるはずだ。だから、自由に決めなさい」
「……はい」
ルミナはか細い声で答え、心の奥底に重くのしかかるものを感じていた。薄々自分の存在が、ただの少女ではないと思っていた。
他の子どもにはない力を持っていたから。
でも、まさか外見までもが伝説の影を背負うものだと突きつけられたからだ。
ルミナは小さく深呼吸をし、胸の奥で言葉を繰り返した。
(いつもの私に……戻れ。栗色の髪、栗色の瞳に……戻って)
指先から微かに魔力が立ち上るのを感じる。頭の内側にじんわりと熱が広がり、視界の端が淡く揺らめいた。
やがて――鏡に映る自分の髪色が、ゆっくりと空色から栗色へと染まり直していく。深く澄んだ緑色の瞳も、柔らかな茶色へと変わっていった。
「……! できた……!」
息を呑みながら呟くと、ノエルは目を細め、どこか誇らしげに頷いた。
「うん。君ならできると思っていたよ」
ルミナは安堵と同時に、不思議な感覚を覚えた。自分の外見を変える――それは、ただの幻術ではなく、「自分の居場所を選べる力」のように感じられた。
その日、院長ノエルは珍しく朝から落ち着かない様子で、机の上にいくつもの古びた魔道具や文献を広げていた。ユリウスが不思議そうに問いかけても、「何でもないよ」とだけ答え、彼女を呼ぶまで部屋に近づかないように、と告げるのだった。
夕方、柔らかな光が差し込む執務室にルミナが招き入れられた。いつもは子どもたちと一緒に笑っている院長の顔が、そのときだけはひどく真剣で、どこか決意めいた影を宿していた。
「ルミナ、座ってくれるか」
「……はい、先生」
促されるまま椅子に腰を下ろすと、ノエルは心を決めたように息を吐いた。
ノエルの少し後ろで控えているユリウスは黙って様子を伺っていた。
そしてノエルはゆっくりとルミナを見つめ、重く口を開いた。
「今日は君に、大切なことを話さなければならない。これまで黙っていたのは、まだ君が幼かったからだ。だが……成人を前に、知らずにいるわけにはいかない」
ルミナは少し緊張しながらも頷いた。
ノエルの目に宿る誠実さが、逃げずに聞かなければならないと告げていたからだ。
「ルミナ、君は今の外見を、不思議に思ったことはないか?」
「え……?」
問いかけに戸惑う。確かに、自分は孤児だと聞かされてきた。髪も瞳も、ありふれた栗色で、孤児院の仲間とさほど変わらない。あえて言えば、院長と髪も瞳の色も同じだということ。けれど、それが不自然だと思ったことはなかった。
ノエルは彼女の手を取り、その手首にある淡青色の紋章を指でなぞった。普段は衣服に隠れているため、自分でもじっくり見たことは少なかった紋章――その中心から、微かに光が滲んでいた。
「君の外見は、魔道具によって覆い隠されているんだ。君がここへ来たとき、魔道具で髪と瞳の色を変えたんだ。私と同じにね。……だから、栗色の髪も瞳も、本来の君ではないんだ」
「え……私……?」
呆然とするルミナに、ノエルは穏やかに頷いた。
そして彼の指先から柔らかい魔力が流れ込むと、紋章が淡く輝き、やがて光の粒となって霧散した。
次の瞬間、ルミナの髪は淡い空色に、瞳は深く澄んだ緑色に変わった。その姿は神秘的に輝き、とても美しかった。
「……!これ……私……?」
「聞いてはいましたが、まさか……本当に」
様子を見ていたユリウスは、目の前の光景がとても信じられなかった。
鏡を差し出され、ルミナはそこに映る自分を凝視した。見慣れた顔立ちなのに、どこか遠い存在のように感じる。自分の中の「ルミナ」とは違う、けれど確かに自分なのだ。
ノエルは深い溜息をつきながら言った。
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その言葉に、ルミナの心臓が大きく跳ねた。ユリウスとの授業で何度も耳にした「蒼翠の聖女、セレフィナ」。国中で語り継がれる、大地の聖女。
震える声でルミナは言った。
「……だから……私を隠して……?」
「そうだ」
ノエルは静かに頷いた。
「君の姿は人の目を引く。聖女の再来だと崇める者もいれば、偽物だと罵る者もいるだろう。教会の過激派のように、君を排除しようとする者だっている。……そのどれもが、君を子どもとして自由に生きさせてはくれない」
ルミナは唇を噛みしめ、膝の上でぎゅっと拳を握った。
「……先生」
少し間を置き、ぽつりと続けた。
「先生のこと……本当のお父さんだと思ってた」
その言葉に、ノエルは目を見開いた。すぐに優しい微笑みが浮かぶ。
「……それは、嬉しい言葉だよ。君がそう思ってくれたなら、それだけで十分だ」
ルミナの瞳が揺れる。涙が今にも零れそうになるのを堪えながら、ノエルは彼女の肩に手を置いた。
「だが、これからは自分で選べる。本来の姿を保つか、再び偽りの姿を纏うか……。君の魔力なら、紋章を通さずとも自分で外見を変えることができるはずだ。だから、自由に決めなさい」
「……はい」
ルミナはか細い声で答え、心の奥底に重くのしかかるものを感じていた。薄々自分の存在が、ただの少女ではないと思っていた。
他の子どもにはない力を持っていたから。
でも、まさか外見までもが伝説の影を背負うものだと突きつけられたからだ。
ルミナは小さく深呼吸をし、胸の奥で言葉を繰り返した。
(いつもの私に……戻れ。栗色の髪、栗色の瞳に……戻って)
指先から微かに魔力が立ち上るのを感じる。頭の内側にじんわりと熱が広がり、視界の端が淡く揺らめいた。
やがて――鏡に映る自分の髪色が、ゆっくりと空色から栗色へと染まり直していく。深く澄んだ緑色の瞳も、柔らかな茶色へと変わっていった。
「……! できた……!」
息を呑みながら呟くと、ノエルは目を細め、どこか誇らしげに頷いた。
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