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第十七話
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その夜、ルミナは眠りにつきながら、再びあの光る空間に立っていた。
懐かしい、温かい光。そこに神の声が響く。
「久しいな、ルミナ」
「……神様!」
駆け寄ろうとしたルミナは、胸の奥に抱えていた疑問を口にしてしまった。
「私……聖女の生まれ変わりなの?」
一瞬の静寂。そして、穏やかで力強い声が返ってきた。
「――違う」
その言葉に、ルミナは驚いて立ち尽くした。
「ちがう……? でも、見た目が……」
「お前の世界にいた聖女ってやつを真似たんだ。もう同じような奴はいないのか?アイツの一族は皆同じ見た目をしていたんだがな」
思わぬ真実にルミナは言葉が出なかった。
そんなルミナを横目に神は続ける。
「俺たちの力を与えた者が聖女と呼ばれる……お前の世界ではそうなんだろ?ある程度は丁重に扱われると思ったんだが……止めた方が良かったのか?まぁ、あの男に預けたのは正解だったが……」
まるで独り言のように続けていた神は、スッとルミナを見た。
「そういうわけで、お前は“聖女の再来”ではない。お前は“お前”だよ」
胸の奥に絡みついていた重さが、ほんの少しだけほどけていくのを感じた。
「お前と違ってアイツはヤバかったんだぜ?本当の話を教えてやろうか?」
「アイツ……?」
神は口の端を吊り上げ、黒い瞳を細めた。
「“聖女”って呼ばれてた女だよ」
その言葉に、ルミナの心臓が跳ねた。
人々が語る伝説の聖女――清らかで優しく、この国の信仰の対象。けれど神の声音は、尊崇でも慈愛でもなく、皮肉と愉悦に満ちていた。
「俺たち神に祈ってたと言われてたみたいだが、あの女……ずっと文句を言ってやがった」
「……文句?」
ルミナは思わず聞き返した。
「ああ。『どうして人は苦しむんだ』『なぜ子どもたちが飢えるんだ』ってな。祈りどころか、毎日毎日飽きもせず……」
神は鼻で笑いながらも、どこか楽しそうに目を細めた。
「おかしいだろ?多くの人が祈りを捧げる聖女様がよぉ。けど実際は、神に毒づいてたわけだ」
ルミナは胸の奥がざわめくのを感じた。伝説の聖女は清らかな理想像として語られてきた。だが、神が語るその姿は――人間臭く、怒りを抱え、そして……どこか親しみすら覚えるものだった。
「そんで、それを面白がった別の神があの女の願いを叶えた」
「……叶えた?」
神は片手をひらひらと振り、興味なさげに続けた。
「ああ。だがその代償に、ただの村娘が“聖女”なんて呼ばれて……。あくどい奴らに利用されて、戦だの祭事だの、ずいぶんこき使われたみてぇだな」
そこで神は鼻を鳴らし、どこか憐れむような笑みを浮かべた。
「けどまぁ、最期は村に戻って、ひっそり幸せに暮らしてたよ。家族持って、畑耕して、子や孫に囲まれてな。人としては悪くねぇ終わり方だったんじゃねぇか?」
ルミナは息を呑んだ。
「神様は助けてくれなかったの?」
神はげらげら笑い出す。
「俺たちは気まぐれだ。面白い女の願いを少し叶えただけ。あとはただの村娘が、自分にできることをやって、必死に人を助けようとしただけだ」
神は静かに笑んだ。炎のような赤金の髪が揺れ、その漆黒の瞳が夜の底のように深く、ルミナを捕えて離さない。
「だが……お前は俺が惚れた魂だ。ずっと見ててやる。最期のそのときまで……俺を楽しませてくれよ」
その声音は甘やかで、まるで愛を囁くようだった。だが同時に、そこに抗いがたい縛鎖の冷たさがあった。
「あぁ……その力で、お前はこれからどうなっていくんだろうなぁ……」
ぞくり、とルミナの背筋が震える。突きつけられているのは執着そのもの。甘い蜜に溶け込んだ狂気。
「……どうして、そこまで……」
恐る恐る問いかけるルミナに、神は細めた瞳で囁いた。
「決まってる。お前の魂が綺麗だったからだ。真っ白で真っすぐで穢れを知らないような……汚してみたくなるだろ?」
炎の髪が光を散らし、漆黒の瞳がすべてを飲み込む。
神は"そのとき"を想像して昂っているようだった。それは誓いであり、呪いであり、甘美な囁きであり、狂気の宣告だった。
ルミナの胸は恐怖に締め付けられる。恐ろしくて、重くて、逃げ場のない運命のように思える。
なのに──その言葉にほんの一滴、安堵を混ぜてしまった自分に気づく。
ずっと見ててやる、と言い切るその声が。
綺麗だ、と言いこちらを見るその視線が。
なぜかほんの少しだけ、心を温めたのだ。
(どうして……怖いのに、安心なんて……)
自分でも理解できない感情に、ルミナは唇を噛んだ。
神は彼女のそんな揺らぎさえ愉しむように、漆黒の瞳を細めた。
神はゆっくりと、ルミナの頬へと手を伸ばした。
大きな手が、すぐそこまで迫ってくる。触れられれば、その瞬間にすべてを飲み込まれてしまう──そんな直感に、ルミナの胸は恐怖で高鳴った。
だが、指先が彼女の頬に届く直前で、その手はふっと止まった。
空気に触れるように宙を漂わせたまま、神は細めた瞳で彼女を見下ろす。
「……いっそこのまま壊しちまうか……」
「いや、それじゃ意味がない」
「あぁ、楽しみだなぁ……」
指先はほんのわずかに震えている。触れたい衝動を必死に押しとどめるように。
その仕草はむしろ、彼の執着の深さをあらわにしていた。
ルミナは身動き一つできず、ただその言葉を飲み込むしかなかった。
頬に触れられてはいないはずなのに、なぜか熱が残る気がして──心臓が痛いほど脈打っていた。
神の指先が頬のすぐ手前で止まったまま、ルミナの胸奥にまで絡みつくような視線を投げかける。甘く、しかし狂気じみた執着心が、夜の闇の中に光の糸のように走る。
神の指は、そっと空気に触れるように宙を漂わせたまま。近づけたい、しかし今はまだ──というその間合いは、ルミナの感覚に永遠のように刻まれた。
ふと、空気が柔らかく揺れ、光の粒子のようなものが辺りを漂う。森の中にいるかのような、夢ならではの非現実感に、ルミナの意識はゆらりと揺れた。
そして目を覚ますと、朝の光が淡く窓辺に差し込んでいた。体はベッドに包まれ、胸の奥でまだ神の言葉の余韻が熱を帯びている。
(夢……だったの?)
指先で頬に触れると、昨夜の感触はない。だけど、あの声と視線は確かに心の奥底に焼き付いていた。
心臓はまだ少し速く鼓動している。まるで、あの神の力が微かに自身の中に残っているかのように。ルミナは深く息を吸い込み、布団を握りしめた。
(……私は、どうすればいいの……?)
問いかけは、自分でも答えの出ないものだった。ただ、胸の奥に残る温度と、わずかな恐怖と、理解しきれない期待が混ざり合って、奇妙な感覚を生み出している。
少しだけ目を閉じると、昨夜の神の姿が脳裏に浮かぶ。炎のような赤金色の髪、夜の闇を閉じ込めたような漆黒の瞳、そして言葉の端々に滲む狂気。
(……この力を、どう使うの……?)
問いは消えない。けれど、今はまだ現実の世界。外の光が優しく差し込む孤児院の一室に、ルミナは小さな手を胸に当て、そっと息を整えた。
昨日までと変わらぬ日常が、彼女を待っている。だが、あの夢は確かに、これまでのものとは違った。小さな心に、神の存在が鮮烈に刻まれた朝だった。
懐かしい、温かい光。そこに神の声が響く。
「久しいな、ルミナ」
「……神様!」
駆け寄ろうとしたルミナは、胸の奥に抱えていた疑問を口にしてしまった。
「私……聖女の生まれ変わりなの?」
一瞬の静寂。そして、穏やかで力強い声が返ってきた。
「――違う」
その言葉に、ルミナは驚いて立ち尽くした。
「ちがう……? でも、見た目が……」
「お前の世界にいた聖女ってやつを真似たんだ。もう同じような奴はいないのか?アイツの一族は皆同じ見た目をしていたんだがな」
思わぬ真実にルミナは言葉が出なかった。
そんなルミナを横目に神は続ける。
「俺たちの力を与えた者が聖女と呼ばれる……お前の世界ではそうなんだろ?ある程度は丁重に扱われると思ったんだが……止めた方が良かったのか?まぁ、あの男に預けたのは正解だったが……」
まるで独り言のように続けていた神は、スッとルミナを見た。
「そういうわけで、お前は“聖女の再来”ではない。お前は“お前”だよ」
胸の奥に絡みついていた重さが、ほんの少しだけほどけていくのを感じた。
「お前と違ってアイツはヤバかったんだぜ?本当の話を教えてやろうか?」
「アイツ……?」
神は口の端を吊り上げ、黒い瞳を細めた。
「“聖女”って呼ばれてた女だよ」
その言葉に、ルミナの心臓が跳ねた。
人々が語る伝説の聖女――清らかで優しく、この国の信仰の対象。けれど神の声音は、尊崇でも慈愛でもなく、皮肉と愉悦に満ちていた。
「俺たち神に祈ってたと言われてたみたいだが、あの女……ずっと文句を言ってやがった」
「……文句?」
ルミナは思わず聞き返した。
「ああ。『どうして人は苦しむんだ』『なぜ子どもたちが飢えるんだ』ってな。祈りどころか、毎日毎日飽きもせず……」
神は鼻で笑いながらも、どこか楽しそうに目を細めた。
「おかしいだろ?多くの人が祈りを捧げる聖女様がよぉ。けど実際は、神に毒づいてたわけだ」
ルミナは胸の奥がざわめくのを感じた。伝説の聖女は清らかな理想像として語られてきた。だが、神が語るその姿は――人間臭く、怒りを抱え、そして……どこか親しみすら覚えるものだった。
「そんで、それを面白がった別の神があの女の願いを叶えた」
「……叶えた?」
神は片手をひらひらと振り、興味なさげに続けた。
「ああ。だがその代償に、ただの村娘が“聖女”なんて呼ばれて……。あくどい奴らに利用されて、戦だの祭事だの、ずいぶんこき使われたみてぇだな」
そこで神は鼻を鳴らし、どこか憐れむような笑みを浮かべた。
「けどまぁ、最期は村に戻って、ひっそり幸せに暮らしてたよ。家族持って、畑耕して、子や孫に囲まれてな。人としては悪くねぇ終わり方だったんじゃねぇか?」
ルミナは息を呑んだ。
「神様は助けてくれなかったの?」
神はげらげら笑い出す。
「俺たちは気まぐれだ。面白い女の願いを少し叶えただけ。あとはただの村娘が、自分にできることをやって、必死に人を助けようとしただけだ」
神は静かに笑んだ。炎のような赤金の髪が揺れ、その漆黒の瞳が夜の底のように深く、ルミナを捕えて離さない。
「だが……お前は俺が惚れた魂だ。ずっと見ててやる。最期のそのときまで……俺を楽しませてくれよ」
その声音は甘やかで、まるで愛を囁くようだった。だが同時に、そこに抗いがたい縛鎖の冷たさがあった。
「あぁ……その力で、お前はこれからどうなっていくんだろうなぁ……」
ぞくり、とルミナの背筋が震える。突きつけられているのは執着そのもの。甘い蜜に溶け込んだ狂気。
「……どうして、そこまで……」
恐る恐る問いかけるルミナに、神は細めた瞳で囁いた。
「決まってる。お前の魂が綺麗だったからだ。真っ白で真っすぐで穢れを知らないような……汚してみたくなるだろ?」
炎の髪が光を散らし、漆黒の瞳がすべてを飲み込む。
神は"そのとき"を想像して昂っているようだった。それは誓いであり、呪いであり、甘美な囁きであり、狂気の宣告だった。
ルミナの胸は恐怖に締め付けられる。恐ろしくて、重くて、逃げ場のない運命のように思える。
なのに──その言葉にほんの一滴、安堵を混ぜてしまった自分に気づく。
ずっと見ててやる、と言い切るその声が。
綺麗だ、と言いこちらを見るその視線が。
なぜかほんの少しだけ、心を温めたのだ。
(どうして……怖いのに、安心なんて……)
自分でも理解できない感情に、ルミナは唇を噛んだ。
神は彼女のそんな揺らぎさえ愉しむように、漆黒の瞳を細めた。
神はゆっくりと、ルミナの頬へと手を伸ばした。
大きな手が、すぐそこまで迫ってくる。触れられれば、その瞬間にすべてを飲み込まれてしまう──そんな直感に、ルミナの胸は恐怖で高鳴った。
だが、指先が彼女の頬に届く直前で、その手はふっと止まった。
空気に触れるように宙を漂わせたまま、神は細めた瞳で彼女を見下ろす。
「……いっそこのまま壊しちまうか……」
「いや、それじゃ意味がない」
「あぁ、楽しみだなぁ……」
指先はほんのわずかに震えている。触れたい衝動を必死に押しとどめるように。
その仕草はむしろ、彼の執着の深さをあらわにしていた。
ルミナは身動き一つできず、ただその言葉を飲み込むしかなかった。
頬に触れられてはいないはずなのに、なぜか熱が残る気がして──心臓が痛いほど脈打っていた。
神の指先が頬のすぐ手前で止まったまま、ルミナの胸奥にまで絡みつくような視線を投げかける。甘く、しかし狂気じみた執着心が、夜の闇の中に光の糸のように走る。
神の指は、そっと空気に触れるように宙を漂わせたまま。近づけたい、しかし今はまだ──というその間合いは、ルミナの感覚に永遠のように刻まれた。
ふと、空気が柔らかく揺れ、光の粒子のようなものが辺りを漂う。森の中にいるかのような、夢ならではの非現実感に、ルミナの意識はゆらりと揺れた。
そして目を覚ますと、朝の光が淡く窓辺に差し込んでいた。体はベッドに包まれ、胸の奥でまだ神の言葉の余韻が熱を帯びている。
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心臓はまだ少し速く鼓動している。まるで、あの神の力が微かに自身の中に残っているかのように。ルミナは深く息を吸い込み、布団を握りしめた。
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問いかけは、自分でも答えの出ないものだった。ただ、胸の奥に残る温度と、わずかな恐怖と、理解しきれない期待が混ざり合って、奇妙な感覚を生み出している。
少しだけ目を閉じると、昨夜の神の姿が脳裏に浮かぶ。炎のような赤金色の髪、夜の闇を閉じ込めたような漆黒の瞳、そして言葉の端々に滲む狂気。
(……この力を、どう使うの……?)
問いは消えない。けれど、今はまだ現実の世界。外の光が優しく差し込む孤児院の一室に、ルミナは小さな手を胸に当て、そっと息を整えた。
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