その聖女、神の愛し子です!

一路(いちろ)

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第三十二話

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村へと続く街道を抜けた先に、素朴な家々が点在していた。
木造の建物が多く、畑と森に囲まれた小さな村だ。

「こちらが依頼先の村で間違いありません」

ユリウスの言葉に、ルミナはほっと息をついた。
長時間の徒歩ではあったが、道中に問題はなく、無事に到着できたことに安堵する。

ヴァルガは周囲を警戒するように鼻を動かしていた。

村の入口で声をかけると、すぐに年配の男が現れた。
日に焼けた顔に、どこか疲労の色が滲んでいる。

「冒険者の方々ですかな?」
「はい。依頼を受け、参りました」

ユリウスが丁寧に名乗り、続いてフェルディナントが一歩前に出る。

「私はフェルディナント。騎士団所属だ」

簡潔で、無駄のない言葉だった。

「おお……騎士様まで……」

男は驚きつつも、深く頭を下げる。

「わしはこの村の村長です。どうか、お力をお貸しください」

村長の家に通され、簡単な状況説明が始まった。
最近、森の奥に棲む魔獣が狂暴化し、夜な夜な村の周囲に現れるという。
まだ家屋への被害はないが、畑が荒らされ、村人たちは外に出ることを恐れていた。

「本日も、見回りをしていた者がおりまして……」

村長から話を聞いている最中、扉が乱暴に開いた。

「村長! 森で……魔獣が! 見回りに出ていた者が襲われました!」

空気が一変する。

「場所は」

フェルディナントが即座に問う。

「東の森のはずれです!」
「案内しろ」

短い命令だった。
フェルディナントはルミナとヴァルガに視線を走らせる。

「付いて来るな、とは言わん。だが、前には出るな」
「分かりました」

三人は急ぎ森へ向かった。

現場に着くと、血の匂いが鼻を突いた。
地面には引きずられた跡と、倒れた村人。

「生きている。だが、出血が多い」

フェルディナントはすぐに応急処置を施しながら、奥を睨む。

藪が揺れ、魔獣が姿を現した。

「……狂暴化しているな」

筋肉は異様に膨張し、目は血走り、呼吸は乱れている。
魔力の歪み、あるいは何らかの外的要因。
どちらにせよ――

「理性を失った魔獣は危険だ」

フェルディナントは剣を抜いた。

「この場で討伐する」

一歩踏み出した、その瞬間。

「フェル様、待ってください」

制止の声に、即座に振り返る。

「下がれ、ルミナ。怪我人が出ている」
「分かってます」

ルミナは真剣な表情で続けた。

「だからこそ……私に、やらせてください」
「……何を言っている」
「魔獣を、鎮めます」

フェルディナントの動きが止まる。

「鎮める?狂暴化した魔獣は討伐対象だ。危険だぞ」
「分かってます」
「では、どうする」

フェルディナントは鋭く問う。

「どうやって、この状況を収めるつもりだ」

ルミナは一瞬、視線を伏せた後、はっきりと言った。

「傷つけずに、鎮めます」

その言葉に、フェルディナントの眉が僅かに動く。

「……意味が分からん」

フェルディナントは率直に言った。

「討伐以外の選択肢はない」
「私には、あります」

短い沈黙が落ちた。

魔獣が地面を蹴り、前脚を振り上げる。

「時間がない」

フェルディナントは剣を構え直した。

「危険だ。退け」
「お願い致します、フェル様」

ルミナは一歩、前へ出た。

「三十秒だけ、ください」
「三十秒で何が変わる」
「変えてみせます」

真っ直ぐな眼差し。
そこに恐怖はなく、ただ確信だけがあった。

フェルディナントは歯を食いしばる。

「……分かった。だが、一瞬でも無理だと判断したら、即座に斬る」
「はい」

ヴァルガが低く唸り、ルミナの前に半歩出る。

「大丈夫だよ」

ルミナはヴァルガの頭を撫で、魔獣へ向き直り、静かに手を差し伸べた。
淡い光が広がる。
フェルディナントは息を詰めて見守った。

――詠唱はない。
――魔道具もない。

それでも、確かに空気が変わっていく。

暴れていた魔獣の動きが、次第に鈍くなる。
荒れていた呼吸が落ち着き、血走っていた瞳から凶気が薄れていった。

「……これは……」

知識として知っていたはずの力。
だが、現実に目の当たりにするのは、全く別物だった。

やがて魔獣は力なく伏し、抵抗をやめた。
森に静寂が戻る。

「……生きているな」
「はい」

ルミナは振り返り、深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

フェルディナントは剣を収め、魔獣を見下ろす。

「……これは、浄化?まさか、本当に……」

視線が、ルミナへ戻る。

「お前にそんな力があるとまでは……聞いていなかった」
「申し訳ありません」

ルミナは控えめに微笑んだ。
フェルディナントは一度、深く息を吐いた。

「規格外だな」

その声には、疑念よりも、重い現実を受け入れた者の響きがあった。

――この力は、剣以上に扱いが難しい。
――そして、それを持つ者は、守られるべき存在でもある。

フェルディナントは、そう心に刻んだ。

----

魔獣が鎮まり、森に静寂が戻ったあと、フェルディナントはすぐに踵を返した。

「ユリウスのところへ戻る。怪我人の状態が気がかりだ」
「はい」

森の入口付近では、ユリウスが村人を寝かせ、止血を施していた。
顔色は悪いが、命に別状はなさそうだ。

「ユリウス、容体は」
「致命傷ではありませんが、裂傷が深く……このままでは後遺症が残る可能性があります」

その言葉を聞き、ルミナは静かに膝をついた。

「失礼します」

彼女は怪我人の手をそっと取り、目を伏せる。

「少し、触れますね」

指先から柔らかな光が溢れた。
温かな波が傷口を包み込み、裂けた皮膚がゆっくりと塞がっていく。

「……っ」

村人が小さく息を吸い、次の瞬間、驚いたように身を起こした。

「……あれ? 痛く、ない……?」
「無理に動いてはダメですよ」

フェルディナントは、目を見開いたまま固まっていた。

「……治癒、だと」

浄化だけではない。
それも、詠唱も魔道具もなしに。

「すげぇ……!」
「治ってる! 本当に治ってるぞ!」

村人たちが一斉にどよめいた。

「ありがとうございます!」
「命の恩人だ!」

誰かが叫ぶ。

「聖女様だ……!」
「聖女様が来てくださったんだ!」

ルミナは慌てて首を振った。

「私はただの冒険者ですよ」
「聖女様でも冒険者の姉ちゃんでも何でもいいさ!アンタが治してくれたのは事実なんだからよ!」

感謝の声は止まらなかった。
手を合わせ、涙を流す者すらいる。

フェルディナントはその光景を、言葉もなく見つめていた。
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