出会いは突然に〜愛人の行方〜

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4.同僚としての距離感とは?

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それから、仕事は驚くほどやりやすくなった。



円滑なコミュニケーションがとれるようになり、仕事量の偏りも解消されていく。



「本当に本田さんが上司になってくれて良かったよ」



イケメンのコネ疑惑に、あからさまに不満を示していたおじさん連中も、今ではすっかり本田さんに心酔している。



その上、部長への就任が驚くほど早かったのは、お察しの通りだ。



昼休みが残り少なくなった頃、背後から聞き慣れた声が響いた。



「あ、亜美!」



振り向くと、声の主がこちらに向かってくる。声の主は、同僚の中山直哉くん。



その人懐っこい雰囲気は、まるでゴールデンレトリーバーみたいだ。



「どうしたの?」



「これ見てよ!」



直哉くんはスマホを差し出すと、韓国料理店のホームページにアップされたメニューを見せてくれた。









私も直哉くんも辛いものが大好きで、そのお店には何度か一緒に行っている。



「これ、明日からだって!」



明日はノー残業デー。いつもより早く帰れる。



これはきっと、『食べに行け』という神様のお導き……!?



「え、それなら明日……」



――行こう。



そう言おうとした瞬間、その言葉は一人の影によってかき消された。



「……本田部長?」



振り向くと、すぐ後ろに本田さんが立っていた。



直哉くんより頭一つ分背が高く、鋭い眼光が印象的で、自然と漂う威圧感が場を支配していた。



その登場に驚いた直哉くんが、口をポカンと開けたまま固まってしまうのも無理はない。



「中山くん、昨日提出してもらった資料の件で話がある」



「えっ、あ、はい!」



「亜美も後で呼び出すかもしれない。最終確認だ」



――え、今この人……私のこと「亜美」って言った!?



心の中でパニックになりつつも、なんとか平静を装おうとする。









呼び捨てにされるのが嫌というわけではない。



でも、プライベートならともかく、入社したばかりの職場で部下を呼び捨てにしたら、噂になりかねない。



「ちょっと本田さん、その呼び方は……!」



私は慌てて本田さんの腕を引き、耳打ちするように声をひそめた。



けれど、彼は怪訝そうな顔でこちらを見てくるだけ。



「何が悪い。だって俺とお前は――」



「ストップ! それ以上、喋らないでください!!」



勢いよく遮った私の迫力に驚いたのか、本田さんがようやく口を紡いだ。



本田さんは肩をすくめてそれ以上何も言わなかったけれど、私の心の中では嵐が吹いていた。









……はぁ、本田さんといると心臓がいくつあっても足りないよ……。



職場恋愛は一見すると大人っぽくて、憧れを抱く人も多いかもしれない。



けれど、私はそんな憧れなんて一切ないし、仕事先でいい雰囲気になるつもりもない。



職場ではただの『上司と部下』でいたい、私の願いはそれだけだ。



私が本田さんの「愛人」であることを知られたくないのには理由がある。



第一に、仕事に私情を持ち込みたくない。



資料課はチームで動くことが多いから、私たちの関係が全体に影響を及ぼす可能性がある。



第二に、もし愛人関係が知られたら、どんな目で見られるか分からない。



同僚たちの軽蔑や、好奇の視線に晒されるのは想像するだけで恐ろしい。



『愛人になれ』と言い出したのは本田さんで、私はまだその関係に納得していない。



正直なところ、愛人なんてやめたい。



でも、あの時助けてもらった手前、それを口にすることもできない。









今の私の希望はこれだけ。



プライベートでは好きにしていい。その代わり、職場では私のことは放っておいてほしい。できないならせめて、普通に接してほしい。



――なんて思えば思うほど、事態は悪化していく。









今日は待ちに待った華の金曜日。



昼休みになると、明日からの休みにテンションが上がった社員たちが次々と部屋の中央に集まり始めた。



資料課は皆仲が良く、週末に飲みに行くのが半ば恒例になっている。



もちろん参加は自由だし、私は今回もパスするつもりだった。









「じゃあ、本田さんの歓迎会しない⁉」



その提案が誰の口から飛び出したのかは覚えていない。



けれど、その言葉を皮切りに、みんなのテンションは一気にヒートアップした。



「本田さん、どうですか?!」



盛り上がる声。本田さんはその質問に答える前に、なぜか私を見てくる。



「……亜美、お前は行くのか?」



いやいや、なんで私に聞くの?



それに、呼び捨てはやめてほしいって何度も言ったのに、相変わらず呼び捨てだし。



「……え? 私?」



「亜美が行くなら俺も行く」



「は⁈ 私は行きませんけど。それに、自分で決めれば……」



そこまで言いかけた瞬間、周りの視線に気づいた。



最近、本田さんとの関係を疑われているのではないかと感じていて、人の視線が妙に気になってしまう。



皆の目は明らかに、『山崎さんが来なければ飲み会が成立しない』と言いたげだった。



――仕方ない。



「……わかりました、行きます。でも、1軒だけですからね!」



「「よっしゃー! 本田さんが来るぞ!」」



あっという間にその話は他の部署にまで広がり、大人数での歓迎会が開催されることに決まった。









定時が過ぎ、皆が浮ついた気分で次々と外に出る中、由紀子先輩がこっそり近づいてきた。



「2人が付き合ってること、皆分かってるから大丈夫だよ」



「なっ……!? 全然大丈夫じゃないですけど!」



あぁ、これも全部本田さんのせいだ。



私は頭を抱えながら、みんなの1歩後ろをついていくしかなかった。
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