シェアハウスの片隅で~無口な同居人と恋をしてみた~

もにもに子

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雨脚はまだ強く、玄関のドアが閉まると同時に水滴を払う音が響いた。
リビングでくつろいでいた三人は顔を上げる。
テレビの音も、マグカップを置く音も、一瞬でかき消されるような沈黙が訪れた。

現れたのは篤だった。
肩にかかることもあった前髪はすっきりと切られ、濡れた黒髪が額に軽くかかるだけ。
長く目元を隠していた前髪がなくなったせいで、普段は伺い知れなかった瞳の輪郭がはっきりと見える。
それは真っ直ぐで深みのある色をしていて、曇天の光を受けてもなお強い輝きを帯びていた。

「……え」

先に声をあげたのは祐介だった。

「な、おま……篤? お前……その髪」

翔も目を丸くし、ぽかんと口を開けている。

「……別人みたいだな」

悠人は声にならなかった。
思わず瞬きを繰り返し、心臓が音を立てるのを止められない。

――かっこいい。

その言葉が、頭の中で勝手に浮かんでしまった。
慌てて否定しようとしても、目の前の姿がそれを許してくれなかった。

篤は濡れた傘を畳みながら、居心地悪そうに視線を逸らす。

「……美容院に行ってきた」

低い声がリビングに落ちる。
それだけで三人の驚愕はさらに増した。

悠人は、ただ黙ってその横顔を見ていた。
前よりもずっと輪郭が際立って、表情が読み取りやすくなっている。
無骨な雰囲気は変わらないのに、不思議と柔らかさを感じさせる。

――今までどうして隠れていたんだろう。

そんな疑問すら浮かぶ。

篤はリビングの視線に耐えかねたのか、軽く肩をすくめた。

「……そんなに変か」

「変じゃねえよ!」

祐介がすぐさま声を張り上げる。

「むしろ……なんていうか……」

言葉を探して口ごもっている。

翔が代わりにぽつりと漏らす。

「似合ってる」

その一言が静かに響く。

悠人は無言のまま、胸の奥で同じ言葉を繰り返していた。

――似合ってる。

けれど、口に出せなかった。
もしも今ここで言えば、心の奥にある「かっこいい」という気持ちまで露わになりそうで怖かった。

篤は濡れた髪をタオルで拭きながら、何事もなかったかのようにリビングを横切る。

「……風呂、借りる」

その背中が階段へ消えていくまで、三人は誰も動けなかった。

扉が閉まる音がして、ようやく祐介が大きく息を吐く。

「いや、マジでびっくりしたわ……あれ、ほんとに篤か?」

「篤だよ」翔が苦笑する。

「でも……正直、俺もちょっと驚いた」

悠人は相槌も打てず、ただ胸の奥のざわめきに戸惑っていた。
雨の匂いとともに現れた篤の姿が、強烈に脳裏に焼き付いて離れない。
さっぱりした髪型に現れた瞳。
そこに映ったのは、自分がまだ知らない篤の一面だった。

心臓が落ち着くまで、しばらく時間がかかりそうだった。
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