17 / 38
⑰
雨脚はまだ強く、玄関のドアが閉まると同時に水滴を払う音が響いた。
リビングでくつろいでいた三人は顔を上げる。
テレビの音も、マグカップを置く音も、一瞬でかき消されるような沈黙が訪れた。
現れたのは篤だった。
肩にかかることもあった前髪はすっきりと切られ、濡れた黒髪が額に軽くかかるだけ。
長く目元を隠していた前髪がなくなったせいで、普段は伺い知れなかった瞳の輪郭がはっきりと見える。
それは真っ直ぐで深みのある色をしていて、曇天の光を受けてもなお強い輝きを帯びていた。
「……え」
先に声をあげたのは祐介だった。
「な、おま……篤? お前……その髪」
翔も目を丸くし、ぽかんと口を開けている。
「……別人みたいだな」
悠人は声にならなかった。
思わず瞬きを繰り返し、心臓が音を立てるのを止められない。
――かっこいい。
その言葉が、頭の中で勝手に浮かんでしまった。
慌てて否定しようとしても、目の前の姿がそれを許してくれなかった。
篤は濡れた傘を畳みながら、居心地悪そうに視線を逸らす。
「……美容院に行ってきた」
低い声がリビングに落ちる。
それだけで三人の驚愕はさらに増した。
悠人は、ただ黙ってその横顔を見ていた。
前よりもずっと輪郭が際立って、表情が読み取りやすくなっている。
無骨な雰囲気は変わらないのに、不思議と柔らかさを感じさせる。
――今までどうして隠れていたんだろう。
そんな疑問すら浮かぶ。
篤はリビングの視線に耐えかねたのか、軽く肩をすくめた。
「……そんなに変か」
「変じゃねえよ!」
祐介がすぐさま声を張り上げる。
「むしろ……なんていうか……」
言葉を探して口ごもっている。
翔が代わりにぽつりと漏らす。
「似合ってる」
その一言が静かに響く。
悠人は無言のまま、胸の奥で同じ言葉を繰り返していた。
――似合ってる。
けれど、口に出せなかった。
もしも今ここで言えば、心の奥にある「かっこいい」という気持ちまで露わになりそうで怖かった。
篤は濡れた髪をタオルで拭きながら、何事もなかったかのようにリビングを横切る。
「……風呂、借りる」
その背中が階段へ消えていくまで、三人は誰も動けなかった。
扉が閉まる音がして、ようやく祐介が大きく息を吐く。
「いや、マジでびっくりしたわ……あれ、ほんとに篤か?」
「篤だよ」翔が苦笑する。
「でも……正直、俺もちょっと驚いた」
悠人は相槌も打てず、ただ胸の奥のざわめきに戸惑っていた。
雨の匂いとともに現れた篤の姿が、強烈に脳裏に焼き付いて離れない。
さっぱりした髪型に現れた瞳。
そこに映ったのは、自分がまだ知らない篤の一面だった。
心臓が落ち着くまで、しばらく時間がかかりそうだった。
リビングでくつろいでいた三人は顔を上げる。
テレビの音も、マグカップを置く音も、一瞬でかき消されるような沈黙が訪れた。
現れたのは篤だった。
肩にかかることもあった前髪はすっきりと切られ、濡れた黒髪が額に軽くかかるだけ。
長く目元を隠していた前髪がなくなったせいで、普段は伺い知れなかった瞳の輪郭がはっきりと見える。
それは真っ直ぐで深みのある色をしていて、曇天の光を受けてもなお強い輝きを帯びていた。
「……え」
先に声をあげたのは祐介だった。
「な、おま……篤? お前……その髪」
翔も目を丸くし、ぽかんと口を開けている。
「……別人みたいだな」
悠人は声にならなかった。
思わず瞬きを繰り返し、心臓が音を立てるのを止められない。
――かっこいい。
その言葉が、頭の中で勝手に浮かんでしまった。
慌てて否定しようとしても、目の前の姿がそれを許してくれなかった。
篤は濡れた傘を畳みながら、居心地悪そうに視線を逸らす。
「……美容院に行ってきた」
低い声がリビングに落ちる。
それだけで三人の驚愕はさらに増した。
悠人は、ただ黙ってその横顔を見ていた。
前よりもずっと輪郭が際立って、表情が読み取りやすくなっている。
無骨な雰囲気は変わらないのに、不思議と柔らかさを感じさせる。
――今までどうして隠れていたんだろう。
そんな疑問すら浮かぶ。
篤はリビングの視線に耐えかねたのか、軽く肩をすくめた。
「……そんなに変か」
「変じゃねえよ!」
祐介がすぐさま声を張り上げる。
「むしろ……なんていうか……」
言葉を探して口ごもっている。
翔が代わりにぽつりと漏らす。
「似合ってる」
その一言が静かに響く。
悠人は無言のまま、胸の奥で同じ言葉を繰り返していた。
――似合ってる。
けれど、口に出せなかった。
もしも今ここで言えば、心の奥にある「かっこいい」という気持ちまで露わになりそうで怖かった。
篤は濡れた髪をタオルで拭きながら、何事もなかったかのようにリビングを横切る。
「……風呂、借りる」
その背中が階段へ消えていくまで、三人は誰も動けなかった。
扉が閉まる音がして、ようやく祐介が大きく息を吐く。
「いや、マジでびっくりしたわ……あれ、ほんとに篤か?」
「篤だよ」翔が苦笑する。
「でも……正直、俺もちょっと驚いた」
悠人は相槌も打てず、ただ胸の奥のざわめきに戸惑っていた。
雨の匂いとともに現れた篤の姿が、強烈に脳裏に焼き付いて離れない。
さっぱりした髪型に現れた瞳。
そこに映ったのは、自分がまだ知らない篤の一面だった。
心臓が落ち着くまで、しばらく時間がかかりそうだった。
あなたにおすすめの小説
【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話
須宮りんこ
BL
【あらすじ】
高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。
二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。
そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。
青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。
けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――?
※本編完結済み。後日談連載中。
魔性の男
makase
BL
俺はとにかくモテる。学生の頃から、社会人になった今でも、異性問わずにモテてしまう。
最近、さえない同性の先輩に好意を持たれている。いつものことだろう。いい人だから、傷つけたくはないな。
そう、思っていた。
好きです、今も。
めある
BL
高校の卒業式に、部活の後輩・安達快(あだち かい)に告白した桐越新(きりごえ あらた)。しかし、新は快に振られてしまう。それから新は大学へ進学し、月日が流れても新は快への気持ちを忘れることが出来ないでいた。そんな最中、二人は大学で再会を果たすこととなる。
ちょっと切なめな甘々ラブストーリーです。ハッピーエンドです。
僕たち、結婚することになりました
リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった!
後輩はモテモテな25歳。
俺は37歳。
笑えるBL。ラブコメディ💛
fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。
王様の恋
うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」
突然王に言われた一言。
王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。
ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。
※エセ王国
※エセファンタジー
※惚れ薬
※異世界トリップ表現が少しあります
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。