『「嘘つき令嬢」と婚約破棄された私、真実しか言えない「呪いの首輪」のせいで聖女だとバレて冷徹公爵に執着されています』

恋守あい

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翌朝、目が覚めると同時に私は自分の首筋に触れました。


指先に触れる冷たく硬い感触。
夢ではありませんでした。
私は、あの冷徹公爵――アッシュ・ヴァルハイト公爵の屋敷に連行され、本音しか話せなくなる呪いの首輪を嵌められてしまったのです。


(落ち着くのよ、クロエル。まだ手は遅くないわ)


鏡に映る自分を見つめ、私は深呼吸をしました。


(昨日はつい、アッシュ様の容姿が好みすぎて失言をしてしまったけれど、今日は徹底的に嫌われる努力をしましょう。元婚約者のジュリアン様やマリエル様のためにも、私は『稀代の嘘つき悪女』として、その一生を日陰で終えなければならないのだから!)


自分にそう言い聞かせ、私は鼻息荒く立ち上がりました。


まずは朝食です。
私は昨日のメイド、リタが運んできた豪華なトレイを前に、わざとらしく顔をしかめました。


(よし、ここで『こんな庶民の食べ物、喉を通りませんわ!』と言って、トレイをひっくり返す勢いで罵倒してやるのよ!)


「……リタ。あなた、私を誰だと思っていて? こんな……っ」


喉の奥に、あの不快な熱が走りました。
紫の宝石が、ちかちかと不吉に明滅します。


「……こんな……っ、こんなにも心のこもった温かい朝食を用意してくれるなんて、あなたは天使か何かなの!? 焼きたてのパンの香りが私の荒んだ心を優しく包み込んで、一口食べるごとに幸せが全身に駆け巡ってしまいますわ!」


「お、お嬢様……! そんなに喜んでいただけるなんて……。夜明け前から厨房で火を焚いた甲斐がありました!」


「違うの! 今の言葉は忘れてちょうだい! 本当は、このスープが塩辛すぎて……っ」


(本当は、このスープが塩辛すぎて……!)


「……本当は、このスープがあなたの慈愛に満ちた味がして、最後の一滴まで飲み干すのがもったいないくらい最高ですわ! ああ、私、このお屋敷に一生住み着きたいですわ!」


「まぁ! お嬢様ったら! すぐにおかわりを持ってまいりますね!」


リタは顔を輝かせて部屋を飛び出していきました。


私はテーブルに突っ伏しました。
……勝てない。
この首輪には、逆立ちしても勝てません。


(どうして私の本音は、こんなに節操がないのかしら……。もっとこう、『死ねばいいのに』とか『大嫌い』とか、そういうどす黒い感情は持ち合わせていないの!?)


失意のまま朝食を完食し(あまりにも美味しくて手が止まりませんでした)、私は屋敷の庭園へと散歩に出ることにしました。


「監獄」と言われた割には、監視の騎士たちも「どうぞ、お好きなところへ」と、なぜかとても親切です。
昨日の私の「本音の告白」は、すでに屋敷中の噂になっているようでした。


庭園を歩いていると、一人の若い庭師が困り果てた様子で植え込みの前に立ち尽くしていました。


「どうしたの?」


「あ、クロエルお嬢様。いえ、その……旦那様が大切にされていた薔薇の枝を、誤って折ってしまいまして……。今から報告に行かねばならないのですが、きっと激怒されるだろうなと……」


(チャンスだわ!)


私は目を輝かせました。


(ここで彼を激しく叱責し、私が『慈悲のない悪女』であることを周囲に知らしめるのよ。そして、アッシュ様が彼を罰しようとしたときに、さらに酷い言葉を投げかければ……!)


「……あなた、なんてことをしてくれたのかしら! そんなミスをするなんて……っ」


(……そんなミスをするなんて、万死に値しますわ! 今すぐ消えなさい!)


「……そんなミスをするなんて、それだけあなたが一生懸命にこの庭と向き合っていた証拠ですわ! 大丈夫よ、この程度の傷なら、私の魔力で少し手当てすれば、きっと来年にはもっと美しい花を咲かせますわ。自分を責めないで、その優しい手を大切にしてちょうだい!」


私は無意識に、折れた枝に手を添えて治癒の魔力を流していました。
庭師の青年は、呆然と私を見つめ、やがてその目に大粒の涙を溜めました。


「お、お嬢様……。なんてお優しい……。世間ではあんなに悪く言われていたのに、本当は女神様のようなお方だったのですね……!」


「ち、違うの! 私は今、あなたを罵倒しようとしていたのよ! 信じて!」


「はい! お嬢様が照れ隠しでそんなことをおっしゃるのも、今なら分かります! 俺、旦那様に正直に話してきます。お嬢様のおかげで勇気が出ました!」


青年は元気よく走り去っていきました。


「……はぁ。もうダメだわ……」


私は庭のベンチに力なく座り込みました。
私の悪女としての評判が、音を立てて崩れていくのが分かります。


「――朝から随分と、忙しそうだな」


低く、耳に心地よい声が聞こえ、私は跳ね上がるように立ち上がりました。
そこには、漆黒の執務服を身に纏ったアッシュ様が立っていました。


(あ、アッシュ様……! 今日も今日とて、彫刻のように整ったお顔……。朝日を浴びた銀髪が眩しすぎて、直視できませんわ!)


「……あ、アッシュ様。ご機嫌よう」


「庭師の件、報告を受けた。君が彼を庇い、さらに魔力を使って薔薇を助けたそうだな」


(まずいわ! 善行が筒抜けだわ!)


私は精一杯の虚勢を張り、扇で口元を隠しました。


「……勘違いしないでくださいまし。私はただ、無能な庭師がいなくなって、庭が荒れるのが嫌だっただけですわ。それに、魔力が余っていて使い道がなかっただけのこと……!」


(これでいいわ、冷たく聞こえたはずよ!)


――ググッ。


首輪が、これまでで一番強く熱を持ちました。


「……勘違いしないでくださいまし。私はただ、……あんなに一生懸命な人が、あなたの怒りに触れて悲しむ顔を見たくなかっただけなんですの! 本当は、あなたが彼を許してくれる心の広いお方だと信じていましたし、そんなあなたの慈悲深さを、私は誰よりも愛しているんですの……!」


「…………っ!」


アッシュ様が、目を見開いて一歩後退しました。
彼は片手で顔を覆い、指の隙間から、信じられないものを見るような目で私を見つめています。


「君……。君は、自分が何を言っているのか自覚しているのか?」


「自覚……、は、……してますわ……!」


(あああ、自覚したくないのに、口が勝手に「愛している」なんて! しかも、あなたへの好意までセットで出力されてるじゃない!)


「……君は、嘘つきだと思っていた」


アッシュ様が、ゆっくりと私に近づいてきました。
逃げようとした私の背中に、彼の手が回されます。
逃げ場のない距離で、彼と視線がぶつかりました。


「王太子の前では、浮気をしたと嘯き、不実な悪女を演じてみせた。だが、この首輪を嵌めてからというもの、君の口から出るのは……吐き気がするほど清らかな、真実ばかりだ」


彼の指先が、私の首のチョーカーをなぞりました。
その微かな震えが、私の肌に伝わってきます。


「……クロエル。君が王太子のために吐いた『嘘』の、本当の理由はなんだ?」


「そ、それは……っ」


私は口を真一文字に結びました。
言えません。
マリエル様たちのために、私がすべてを被って消えるつもりだったなんて。


ですが、私の意志とは裏腹に、首輪が容赦なく真実を暴き出します。


「……それは、……あの二人が、身分なんて関係なく、心から幸せに笑い合える世界を……、私が作りたかったからですわ……! 大好きな親友と、頼りないけど根は優しい王太子殿下が、結ばれないなんて……そんなの悲しすぎますもの……!」


私は、ついにすべてを白状してしまいました。
目尻に涙が浮かびます。


アッシュ様は、しばらくの間、無言で私を見つめていました。
やがて、彼は深くため息をつくと、私の額に自分の額をそっと預けました。


「……馬鹿な女だ。自分の人生を投げ打ってまで、他人の幸せを守ろうとするなど」


「……ええ、本当に、おっしゃる通りですわ……」


(私も、自分を馬鹿だと思ってます。でも、止められないんですもの……)


「だが、分かった。君のその『綺麗な心』、これからは私が、責任を持って監視(まも)らせてもらう」


「え……?」


アッシュ様の瞳に、これまでのような冷たさはありませんでした。
そこにあるのは、獲物を見つけた狩人のような、あるいは……。
宝物を見つけてしまった子供のような、深い情熱。


「……困りますわ、公爵様。私、あなたにそんなに優しくされたら……」


(……あなたにそんなに優しくされたら、本当にあなたのことを、王太子殿下よりも、誰よりも好きになってしまいますわ……!)


案の定、私の口から出た言葉は、最悪の(最高の)愛の告白でした。


アッシュ様の耳まで真っ赤に染まるのを見て、私は「もうどうにでもなれ」と、心の中で白旗を揚げたのでした。
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