『「嘘つき令嬢」と婚約破棄された私、真実しか言えない「呪いの首輪」のせいで聖女だとバレて冷徹公爵に執着されています』

恋守あい

文字の大きさ
19 / 38

19

しおりを挟む
「……ああ、もう。どうしてこのお屋敷には、こうも次から次へと『招かれざる客』がやってくるのかしら」


私は窓の外、立派な紋章のついた馬車が正門をくぐるのを眺めながら、深いため息をつきました。


せっかくアッシュ様の「教育」という名の熱烈な甘やかしを逃れて、一人で静かに反省会をしようと思っていたのに。
現れたのは、先日お会いしたばかりの元婚約者、ジュリアン王太子殿下でした。


しかも今日はお一人。マリエル様を置いて、一体何の用ですの?


「お嬢様、殿下が『どうしても話したいことがある』と、かなり切羽詰まったご様子で客間にお通しいたしました」


セバスさんが困ったような顔で報告に来ました。
私はわざとらしく首筋をさすり、不敵な笑みを浮かべました。


「いいわ、セバス。今度こそ、あの方の淡い期待を粉々に打ち砕いて差し上げますわ。私がどれほど『冷酷な女』か、思い知らせてあげるチャンスですもの!」


(そうよ! あの方がまだ私に罪悪感を持っているなら、それを『嫌悪』に変えてやるの。それが私の、最後の嘘つきとしての務めですわ!)


私は気合を入れて、客間へと向かいました。
扉を開けると、そこには先日よりもさらに顔色の悪い、ボロボロのジュリアン様が座っていました。


「……クロエル。急に来て、すまない」


「殿下。またいらしたの? 王太子としての公務はどうなさいましたの。私のような『不実な女』の顔を見る暇があるなら、もっと国民のために汗を流すべきですわ」


私は椅子に座るなり、足を組んで傲慢な態度を取りました。
さあ、怒りなさい! 私を罵りなさい!


「……クロエル。私は、あの日からずっと考えていたんだ。君がマリエルの前で吐いた『真実』。あれは……本当なのか?」


ジュリアン様が、震える声で問いかけてきました。


「本当、とは何のことかしら? 私があなたを愛していなかったこと? ええ、本当ですわ。私はあなたとの結婚なんて、義務でしかないと思っていたの。だから浮気だって……っ」


(だから浮気だって、平気でできたんですのよ!)


――ググッ。


喉の奥に、焼けた鉄のような真実がせり上がってきます。
チョーカーが、かつてないほど激しく、部屋を真昼のような光で満たしました。


「……だから浮気だって、……平気でできたんですのよ! ……なんて、本当は浮気なんて一度もしていませんわ! あの時見せた証拠も、全部私が雇った役者に頼んで捏造したデタラメですのよ!!」


「…………なんだと!?」


ジュリアン様が、ガバッと立ち上がりました。


(あああああ! 私のバカ! なんで今さらそんなことをバラしているのよ!!)


「……クロエル、それはどういう意味だ!? 君は浮気をしていなかったというのか!?」


「ち、違います! 今の言葉は、この呪いの首輪が勝手に物語を作っているだけですわ! 私は本当に、夜な夜な男たちと……っ」


(夜な夜な男たちと、密会を楽しんでいたんですのよ!)


――ググッ。


「……夜な夜な男たちと、……密会してアリバイ工作の打ち合わせをしていたんですのよ! 殿下がマリエル様と二人きりで会えるように、私がわざと自分が不潔な女に見えるように、必死で立ち回っていたんですのよ!!」


「…………っ!!」


ジュリアン様が、あまりの衝撃に膝から崩れ落ちました。


「……嘘だろ。……君は、マリエルと私のために……そこまで……」


「違います! 感謝なんてされたくありませんわ! 私はただ、あなたのような『恋愛に疎い残念な男』に付き合うのが面倒になったから、さっさと誰かに押し付けたかっただけ……っ」


(そうよ、面倒だったのよ! あなたの世話を焼くのが!)


――ググッ。


「……面倒になったから、……なんて、本当は、あなたの幸せを自分のこと以上に願っていたからこそ、あんなに苦労して嘘をついたのよ! あなたは昔から優しすぎて、婚約者の私に気を使ってばかりだった……。そんなあなたが、心から愛する女性と結ばれるなら、私の名誉なんてどうでもよかったんですのよ!!」


私はついに、涙目になりながら叫んでしまいました。
隠しておきたかった、私の「究極の自己犠牲」の全貌。
それが、本人の前で無残にも暴かれていきます。


「……ああ、私は……。私はなんて、なんて愚かだったんだ……!!」


ジュリアン様が、床を拳で叩いて慟哭し始めました。


「君のその、あまりにも深い愛に甘えて……。私は君を悪女だと信じ込み、罵倒し、首輪を嵌めて……。君が一人で、どんな思いであの夜会に立っていたのかも知らずに……っ!!」


(そうよ! あなたはバカよ! だから私が一生懸命お膳立てしてあげたのに、なんで今さらそんなに落ち込んでいるのよ!)


「……殿下、もういいですわ。……終わったことです。あなたはマリエル様と幸せに……っ」


(あなたはマリエル様と幸せになればいいの。それが私の望みだったんだから)


――ググッ。


「……あなたはマリエル様と幸せになればいいの。……なんて、本当は、あなたのその情けない顔を見ていると、私の努力が台無しになった気がして、悔しくてたまらないんですのよ! さっさと立ち上がって、私の分まで幸せになると誓いなさいな!!」


「…………クロエル……。君という女性は……」


ジュリアン様が、顔を上げて私を見つめました。
その瞳には、かつての「甘え」ではなく、自分の犯した罪の重さを噛みしめる「ざまぁ」な自責の念が、これ以上ないほど刻まれていました。


(……よし。これでようやく、あの方に『自分が何をしたか』を分からせることができましたわね……。私の望んでいた形とは少し違いますけれど)


そこへ、静かに扉が開きました。
現れたのは、冷徹な仮面をかなぐり捨て、怒りと独占欲に満ちたオーラを纏ったアッシュ様でした。


「……ジュリアン殿下。そろそろ、私の婚約者を解放していただきたい」


アッシュ様が私の背後に立ち、守るように肩を抱きました。


「ア、アッシュ……」


「彼女の『真実』をすべて聞いたのであれば、もう満足でしょう。……あなたのせいで、私のクロエルはひどく心を痛めている。これ以上の干渉は、公爵家として容赦いたしませんぞ」


「……分かっている。……ああ、分かった。……アッシュ、君に、彼女を託す。……私には、彼女を愛する資格すら、なかったのだから……」


ジュリアン様は、ふらふらとした足取りで客間を去っていきました。
その背中は、かつての王太子の威厳を失い、一人の「愚かな男」としての後悔に満ちていました。


一人残された私は、アッシュ様の腕の中で、ガックリと力を抜きました。


「……終わりましたわ。……全部、バレてしまいましたわ……」


「……ああ。おかげで私は、君がどれほど私の想像を超える『聖女』だったかを知ることができた」


アッシュ様が、私の耳元で低く囁きました。


「……殿下のためにそこまでした君が、……今、私の腕の中にいる。……それが、私にとって何よりの勝利だ」


「……勝手なことを……。私は……っ」


(私は、あなたのことも、いつか……っ)


――ググッ。


「……私は、あなたのことも、いつか……っ、……いつかじゃなくて、今この瞬間も、殿下への情けなんて吹き飛ぶくらい、あなたに夢中なんですのよ! 殿下の謝罪なんてどうでもいいわ。早く私を、あなたの愛で満たしてちょうだい……!!」


「…………。喜んで」


アッシュ様の瞳が、獲物を捕らえた喜びで怪しく光りました。


(あああああ! 私の『ざまぁ』計画が、またしても公爵様の『溺愛チャンス』に変換されてしまいましたわーーー!!)


元婚約者を完膚なきまでに絶望させた代償は、公爵様による逃げ場のない「深い愛」だったのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どんなあなたでも愛してる。

piyo
恋愛
遠征から戻った夫の姿が変わっていたーー 騎士である夫ディーノが、半年以上の遠征を終えて帰宅した。心躍らせて迎えたシエラだったが、そのあまりの外見の変わりように失神してしまう。 どうやら魔女の呪いでこうなったらしく、努力しなければ元には戻らないらしい。果たして、シエラはそんな夫を再び愛することができるのか? ※全四話+後日談一話。 ※毎日夜9時頃更新(予約投稿済)&日曜日完結です。 ※なろうにも投稿しています。

君が幸せになりたくなくても

あんど もあ
ファンタジー
来年には王立学園を卒業する伯爵家嫡男のライアンは、いい加減に婚約者を見つけないといけない。そんなライアンが新入生のクリスティナを好きになって婚約するのだが、実はクリスティナは過去の罪の贖罪のために生きていた。決して喜びや楽しさを求めず、後ろ向きに全力疾走しているクリスティナにライアンは……。

政略結婚が恋愛結婚に変わる時。

美桜羅
恋愛
きみのことなんてしらないよ 関係ないし、興味もないな。 ただ一つ言えるのは 君と僕は一生一緒にいなくちゃならない事だけだ。

好きでした、婚約破棄を受け入れます

たぬきち25番
恋愛
シャルロッテ子爵令嬢には、幼い頃から愛し合っている婚約者がいた。優しくて自分を大切にしてくれる婚約者のハンス。彼と結婚できる幸せな未来を、心待ちにして努力していた。ところがそんな未来に暗雲が立ち込める。永遠の愛を信じて、傷つき、涙するシャルロッテの運命はいかに……? ※十章を改稿しました。エンディングが変わりました。

ある公爵令嬢の死に様

鈴木 桜
恋愛
彼女は生まれた時から死ぬことが決まっていた。 まもなく迎える18歳の誕生日、国を守るために神にささげられる生贄となる。 だが、彼女は言った。 「私は、死にたくないの。 ──悪いけど、付き合ってもらうわよ」 かくして始まった、強引で無茶な逃亡劇。 生真面目な騎士と、死にたくない令嬢が、少しずつ心を通わせながら 自分たちの運命と世界の秘密に向き合っていく──。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

【完結】婚約破棄に祝砲を。あら、殿下ったらもうご結婚なさるのね? では、祝辞代わりに花嫁ごと吹き飛ばしに伺いますわ。

猫屋敷むぎ
恋愛
王都最古の大聖堂。 ついに幸せいっぱいの結婚式を迎えた、公女リシェル・クレイモア。 しかし、一年前。同じ場所での結婚式では―― 見知らぬ女を連れて現れたセドリック王子が、高らかに宣言した。 「俺は――愛を選ぶ! お前との婚約は……破棄だ!」 確かに愛のない政略結婚だったけれど。 ――やがて、仮面の執事クラウスと共に踏み込む、想像もできなかった真実。 「お嬢様、祝砲は芝居の終幕でと、相場は決まっております――」 仮面が落ちるとき、空を裂いて祝砲が鳴り響く。 シリアスもラブも笑いもまとめて撃ち抜く、“婚約破棄から始まる、公女と執事の逆転ロマンス劇場”、ここに開幕! ――ミステリ仕立ての愛と逆転の物語です。スッキリ逆転、ハピエン保証。 ※「小説家になろう」にも掲載。(異世界恋愛33位) ※ アルファポリス完結恋愛13位。応援ありがとうございます。

処理中です...