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「……いいですか、リタ。今日こそは、今日こそは絶対に失敗しませんわよ!」
街へと向かう馬車の中で、私は拳を固く握りしめ、自分自身に気合を入れました。
これまでの私の失敗(?)は、すべて「身内」や「事情を知る者」の前だったからに違いありません。
しかし、今日は違います。
行き先は王都の賑やかな市場。
そこには私のことを「婚約破棄された哀れな悪女」だと信じている、善良な平民たちが大勢いるはずなのです!
「お嬢様、そのお顔……また何か恐ろしいことを企んでいらっしゃいますね?」
リタが苦笑いしながら、私の膝に置かれたバスケットを整えます。
「ええ、そうですわ! 私は今日、この街の商人を脅し、民衆から搾取し、公爵家の権力を振りかざしてやりたい放題してやりますの! アッシュ様も、民衆から石を投げられるような女を側に置いておくわけにはいかないでしょう?」
(そうよ! これこそが悪女の王道! 『パンがないならお菓子を……』的な暴言を吐きまくってやるんですの!)
「……ほう。随分と威勢がいいな。私の腕に抱きつきながら言うセリフではないが」
隣で優雅に足を組んでいるアッシュ様が、私の腰をグイと引き寄せました。
……いつの間にか、私は気合が入りすぎて彼の腕の中に収まっていたようです。
「……っ! これ、これはただの、……その、敵を油断させるための高度な心理戦ですわ!」
「心理戦か。……いいだろう、好きにするがいい。私はただ、君に危害が及ばないよう、この腕でしっかり守らせてもらうだけだ」
アッシュ様の瞳が、獲物を守る龍のように熱く光りました。
やがて馬車が市場の広場に到着し、扉が開かれます。
私は「さあ、来るがいいわ! 私を罵り、石を投げなさい!」と意気込んで一歩を踏み出しました。
ところが、そこに待っていたのは罵声ではなく……。
「「「「クロエル様ぁあああ! 聖女様のお出ましだぁあああ!!」」」」
地響きのような大歓声でした。
「え、ええ……っ!?」
見れば、市場の人々が我先にと駆け寄り、私の前に跪いています。
八百屋のおじさんは泥のついた大根を掲げ、花屋の娘さんは色とりどりの花束を抱えています。
「お嬢様! こないだの『福利厚生改革』のおかげで、私の息子の給料が上がりました! おかげで病気の母ちゃんに薬を買ってやれました! これ、うちで一番いい大根です、持ってってください!」
「お嬢様! 博物館への寄贈品のおかげで、この街の観光客が増えて、商売あがったりです! これ、今朝摘んだばかりのバラです、受け取ってください!」
(な、な、なんなんですの、この状況は!? 私は感謝されるようなことは何も……あ、壺を寄贈したのがバレてますわ!)
私は慌てて、扇で顔を隠しました。
(落ち着くのよ、クロエル。ここで『こんな泥臭い野菜、私の肌が汚れるから捨てなさい!』と言って、彼らの真心を踏みにじるのよ!)
「……あなたたち、調子に乗らないでちょうだい! こんな汚らしい大根なんて……っ」
――ググッ。
喉の奥で、真実の熱が爆発しました。
チョーカーが、白昼の広場で一際鮮やかに、紫色の慈愛の光を放ちました。
「……あなたたち、調子に乗らないでちょうだい! ……なんて、本当は、こんなに立派な大根を育てるために、あなたがどれほど毎日土にまみれて働いてきたかと思うと、愛おしくて抱きしめたくなってしまいますわ! この泥こそが、あなたの誠実な努力の証……。私、この大根を金貨よりも大切に、皮まで残さず美味しくいただきますわ!!」
「「「おおお……っ!! お嬢様ぁあああ!!」」」
広場に、感動の涙の嵐が吹き荒れました。
(違う! 違うのよ! 私は『捨てろ』と言いたかったのに、なんで『皮まで食べる』なんてサバイバルな宣言をしているのよ!)
さらに、花屋の娘さんに対しても、私の口は暴走を止めません。
「花なんて……っ、……花なんて、あなたのその純粋な笑顔に比べれば、ただの雑草に見えてしまいますわ! あなたのその優しい心が育てた花……、私、一生枯らさないように魔法をかけて、宝物にしますわ! ありがとう、なんて素敵な贈り物かしら!!」
「お嬢様……! 私、今日からお嬢様のファンクラブに入りますぅうう!!」
私は、次々と手渡される野菜や花束に埋もれながら、魂が抜けたような顔で立ち尽くしました。
「……クロエル。君は本当に、人心掌握の天才だな」
アッシュ様が、私の後ろからそっと花束を取り上げ、私を抱きかかえるようにして守りました。
「あ、アッシュ様……。違いますの。私は彼らを蔑もうとして……っ」
(彼らを蔑んで、公爵家の威信を傷つけたかったんですのよ!)
――ググッ。
「……彼らを蔑んで……っ、……なんて、本当は、この国の民がこんなに温かくて力強いのだと知って、私、この国に生まれてよかったと心から誇りに思っているんですの! アッシュ様、私、この人たちの幸せを守るためなら、自分の命なんて安いものだと思ってしまいますわ……!!」
「「「「お嬢様ぁああああああ!!」」」」
民衆の熱狂は、もはや教祖を迎える信者のそれとなっていました。
市場中の人々が「クロエル様万歳!」「ヴァルハイト公爵家万歳!」と叫び、中には感動のあまり拝み始めるお年寄りまで出る始末。
(終わりましたわ……。私の『悪女追放計画』、完全に『建国神話』にすり替わってしまいましたわ……)
私は、アッシュ様の腕の中でガックリと項垂れました。
「……クロエル。そんなに自分を犠牲にしたいのなら、まずは私のために、その情熱を使ってくれないか?」
アッシュ様が、私の耳元で低く、独占欲に満ちた声で囁きました。
「……これほどまでに民に愛される君を、屋敷から出すのはやはり間違いだった。……今すぐ帰るぞ。君のその『尊い真実』は、私一人だけが独占するべきだ」
「ええっ、ちょっ、アッシュ様!? お買い物は……っ!」
「……お買い物は……っ、……なんて、本当は、お買い物なんてどうでもいいから、早くあなたと二人きりになって、……もっと、もっと激しく愛し合いたいですわ!!」
「…………っ、……承知した。期待に、全力で応えよう」
(あああああ! 私の口! 公爵様のブレーキを全力で破壊してしまいましたわーーー!!)
市場中が祝福の花吹雪に包まれる中、私はアッシュ様によって馬車へと押し込まれ、逃げ場のない「溺愛の牢獄」へと連れ戻されていくのでした。
街へと向かう馬車の中で、私は拳を固く握りしめ、自分自身に気合を入れました。
これまでの私の失敗(?)は、すべて「身内」や「事情を知る者」の前だったからに違いありません。
しかし、今日は違います。
行き先は王都の賑やかな市場。
そこには私のことを「婚約破棄された哀れな悪女」だと信じている、善良な平民たちが大勢いるはずなのです!
「お嬢様、そのお顔……また何か恐ろしいことを企んでいらっしゃいますね?」
リタが苦笑いしながら、私の膝に置かれたバスケットを整えます。
「ええ、そうですわ! 私は今日、この街の商人を脅し、民衆から搾取し、公爵家の権力を振りかざしてやりたい放題してやりますの! アッシュ様も、民衆から石を投げられるような女を側に置いておくわけにはいかないでしょう?」
(そうよ! これこそが悪女の王道! 『パンがないならお菓子を……』的な暴言を吐きまくってやるんですの!)
「……ほう。随分と威勢がいいな。私の腕に抱きつきながら言うセリフではないが」
隣で優雅に足を組んでいるアッシュ様が、私の腰をグイと引き寄せました。
……いつの間にか、私は気合が入りすぎて彼の腕の中に収まっていたようです。
「……っ! これ、これはただの、……その、敵を油断させるための高度な心理戦ですわ!」
「心理戦か。……いいだろう、好きにするがいい。私はただ、君に危害が及ばないよう、この腕でしっかり守らせてもらうだけだ」
アッシュ様の瞳が、獲物を守る龍のように熱く光りました。
やがて馬車が市場の広場に到着し、扉が開かれます。
私は「さあ、来るがいいわ! 私を罵り、石を投げなさい!」と意気込んで一歩を踏み出しました。
ところが、そこに待っていたのは罵声ではなく……。
「「「「クロエル様ぁあああ! 聖女様のお出ましだぁあああ!!」」」」
地響きのような大歓声でした。
「え、ええ……っ!?」
見れば、市場の人々が我先にと駆け寄り、私の前に跪いています。
八百屋のおじさんは泥のついた大根を掲げ、花屋の娘さんは色とりどりの花束を抱えています。
「お嬢様! こないだの『福利厚生改革』のおかげで、私の息子の給料が上がりました! おかげで病気の母ちゃんに薬を買ってやれました! これ、うちで一番いい大根です、持ってってください!」
「お嬢様! 博物館への寄贈品のおかげで、この街の観光客が増えて、商売あがったりです! これ、今朝摘んだばかりのバラです、受け取ってください!」
(な、な、なんなんですの、この状況は!? 私は感謝されるようなことは何も……あ、壺を寄贈したのがバレてますわ!)
私は慌てて、扇で顔を隠しました。
(落ち着くのよ、クロエル。ここで『こんな泥臭い野菜、私の肌が汚れるから捨てなさい!』と言って、彼らの真心を踏みにじるのよ!)
「……あなたたち、調子に乗らないでちょうだい! こんな汚らしい大根なんて……っ」
――ググッ。
喉の奥で、真実の熱が爆発しました。
チョーカーが、白昼の広場で一際鮮やかに、紫色の慈愛の光を放ちました。
「……あなたたち、調子に乗らないでちょうだい! ……なんて、本当は、こんなに立派な大根を育てるために、あなたがどれほど毎日土にまみれて働いてきたかと思うと、愛おしくて抱きしめたくなってしまいますわ! この泥こそが、あなたの誠実な努力の証……。私、この大根を金貨よりも大切に、皮まで残さず美味しくいただきますわ!!」
「「「おおお……っ!! お嬢様ぁあああ!!」」」
広場に、感動の涙の嵐が吹き荒れました。
(違う! 違うのよ! 私は『捨てろ』と言いたかったのに、なんで『皮まで食べる』なんてサバイバルな宣言をしているのよ!)
さらに、花屋の娘さんに対しても、私の口は暴走を止めません。
「花なんて……っ、……花なんて、あなたのその純粋な笑顔に比べれば、ただの雑草に見えてしまいますわ! あなたのその優しい心が育てた花……、私、一生枯らさないように魔法をかけて、宝物にしますわ! ありがとう、なんて素敵な贈り物かしら!!」
「お嬢様……! 私、今日からお嬢様のファンクラブに入りますぅうう!!」
私は、次々と手渡される野菜や花束に埋もれながら、魂が抜けたような顔で立ち尽くしました。
「……クロエル。君は本当に、人心掌握の天才だな」
アッシュ様が、私の後ろからそっと花束を取り上げ、私を抱きかかえるようにして守りました。
「あ、アッシュ様……。違いますの。私は彼らを蔑もうとして……っ」
(彼らを蔑んで、公爵家の威信を傷つけたかったんですのよ!)
――ググッ。
「……彼らを蔑んで……っ、……なんて、本当は、この国の民がこんなに温かくて力強いのだと知って、私、この国に生まれてよかったと心から誇りに思っているんですの! アッシュ様、私、この人たちの幸せを守るためなら、自分の命なんて安いものだと思ってしまいますわ……!!」
「「「「お嬢様ぁああああああ!!」」」」
民衆の熱狂は、もはや教祖を迎える信者のそれとなっていました。
市場中の人々が「クロエル様万歳!」「ヴァルハイト公爵家万歳!」と叫び、中には感動のあまり拝み始めるお年寄りまで出る始末。
(終わりましたわ……。私の『悪女追放計画』、完全に『建国神話』にすり替わってしまいましたわ……)
私は、アッシュ様の腕の中でガックリと項垂れました。
「……クロエル。そんなに自分を犠牲にしたいのなら、まずは私のために、その情熱を使ってくれないか?」
アッシュ様が、私の耳元で低く、独占欲に満ちた声で囁きました。
「……これほどまでに民に愛される君を、屋敷から出すのはやはり間違いだった。……今すぐ帰るぞ。君のその『尊い真実』は、私一人だけが独占するべきだ」
「ええっ、ちょっ、アッシュ様!? お買い物は……っ!」
「……お買い物は……っ、……なんて、本当は、お買い物なんてどうでもいいから、早くあなたと二人きりになって、……もっと、もっと激しく愛し合いたいですわ!!」
「…………っ、……承知した。期待に、全力で応えよう」
(あああああ! 私の口! 公爵様のブレーキを全力で破壊してしまいましたわーーー!!)
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