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「待て、待て待て待て! アラル皇帝陛下、冗談が過ぎますぞ!」
静まり返った広間に、カイル王子の裏返った声が響き渡った。
彼は顔を真っ赤にし、レティシアの手を握るアラルを指差している。
「彼女は今、私が断罪したばかりの悪女です。隣国の皇帝たるお方が、そのような女を妻にするなど……正気とは思えん!」
アラルはカイルを一瞥すらしない。
ただ、手の中にあるレティシアの細い指先を、壊れ物を扱うような手つきでそっと撫でた。
「悪女? 行列に並んでいて断罪に遅れるような、これほど無欲で素直な令嬢が、他にどこにいるというのだ。君の目は節穴か?」
「節穴……っ。ですが、彼女はエレナに嫌がらせを!」
カイルが喚き散らす横で、レティシアはふあ、と小さく欠伸を漏らした。
彼女の関心はすでに、カイルの怒声よりも、先ほどアラルが口にした「絶品スイーツ」へと移っている。
「あの、アラル陛下とお呼びすればよろしいでしょうか」
「様、でいい。……いや、アラルと呼んでくれ」
「ではアラル様。その……ギニョール帝国に行けば、本当に珍しいお菓子が食べられるのですか?」
レティシアが期待に満ちた瞳で見上げると、アラルはわずかに頬を染め、視線を逸らした。
彼は「戦場の死神」の異名を持つが、女性、特にこのような真っ直ぐな瞳を向けられることには耐性がない。
「……ああ。我が国は交易の要所だ。西方の砂糖も、南方の果実も、すべて最高級のものが集まる。専属の菓子職人も百人は下らない」
「ひゃ、百人……! それは素晴らしいですね。是非、伺わせていただきます」
「決まりだ。話が早くて助かる」
アラルは満足げに頷くと、背後に控えていた黒装束の騎士たちに目配せをした。
彼らは音もなく動き出し、レティシアを囲むように配置につく。
「な、なんなのだ、その物々しい構えは! レティシア、お前はまだ国外追放の許可も出していないのだぞ!」
カイルが慌てて割って入ろうとするが、アラルの放つ鋭い覇気に気圧され、足が止まる。
アラルは冷徹な声音で言い放った。
「婚約を破棄し、公爵家からも縁を切ると言ったのは君だ。であれば、彼女は今この瞬間から、どこの国に属そうが自由。違うか?」
「それは……そうだが……」
「ならば、彼女を我が帝国の国賓として招待する。……異論があるなら、我が軍が相手になろう」
皇帝の冷ややかな一言に、会場中の貴族たちが息を呑んだ。
弱小国に近いエストニア王国にとって、大国ギニョール帝国との戦争など、滅亡を意味する。
「レティシア様……本当に行ってしまわれるのですか?」
エレナが、勝ち誇ったような、それでいてどこか不安げな表情で声をかけた。
レティシアは歩き出す足を止め、振り返って穏やかに微笑む。
「ええ。エレナ様、カイル殿下をよろしくお願いいたします。お二人で、仲良く書類仕事に励んでくださいませ」
「しょ、書類仕事?」
「はい。私が今まで処理していた、領地の税収計算や、夜会の手配、王宮内の予算調整……。あ、引き継ぎ資料は私の部屋の机に置いてありますから」
レティシアは、驚愕に目を見開くカイルとエレナに優雅に一礼した。
そして、アラルのエスコートに身を任せ、軽やかな足取りで広間を去っていく。
「さて、レティシア。まずは我が国の名物、琥珀糖のタルトから用意させよう」
「琥珀糖のタルト……。響きだけでお腹が空いてきました」
「……可愛いな。全部、君のものだ」
夜会の扉が閉まる間際、カイルの「おい、待て! そんな量の書類、誰がやると思っているんだ!」という絶叫が聞こえてきたが、レティシアの耳にはもう届かなかった。
静まり返った広間に、カイル王子の裏返った声が響き渡った。
彼は顔を真っ赤にし、レティシアの手を握るアラルを指差している。
「彼女は今、私が断罪したばかりの悪女です。隣国の皇帝たるお方が、そのような女を妻にするなど……正気とは思えん!」
アラルはカイルを一瞥すらしない。
ただ、手の中にあるレティシアの細い指先を、壊れ物を扱うような手つきでそっと撫でた。
「悪女? 行列に並んでいて断罪に遅れるような、これほど無欲で素直な令嬢が、他にどこにいるというのだ。君の目は節穴か?」
「節穴……っ。ですが、彼女はエレナに嫌がらせを!」
カイルが喚き散らす横で、レティシアはふあ、と小さく欠伸を漏らした。
彼女の関心はすでに、カイルの怒声よりも、先ほどアラルが口にした「絶品スイーツ」へと移っている。
「あの、アラル陛下とお呼びすればよろしいでしょうか」
「様、でいい。……いや、アラルと呼んでくれ」
「ではアラル様。その……ギニョール帝国に行けば、本当に珍しいお菓子が食べられるのですか?」
レティシアが期待に満ちた瞳で見上げると、アラルはわずかに頬を染め、視線を逸らした。
彼は「戦場の死神」の異名を持つが、女性、特にこのような真っ直ぐな瞳を向けられることには耐性がない。
「……ああ。我が国は交易の要所だ。西方の砂糖も、南方の果実も、すべて最高級のものが集まる。専属の菓子職人も百人は下らない」
「ひゃ、百人……! それは素晴らしいですね。是非、伺わせていただきます」
「決まりだ。話が早くて助かる」
アラルは満足げに頷くと、背後に控えていた黒装束の騎士たちに目配せをした。
彼らは音もなく動き出し、レティシアを囲むように配置につく。
「な、なんなのだ、その物々しい構えは! レティシア、お前はまだ国外追放の許可も出していないのだぞ!」
カイルが慌てて割って入ろうとするが、アラルの放つ鋭い覇気に気圧され、足が止まる。
アラルは冷徹な声音で言い放った。
「婚約を破棄し、公爵家からも縁を切ると言ったのは君だ。であれば、彼女は今この瞬間から、どこの国に属そうが自由。違うか?」
「それは……そうだが……」
「ならば、彼女を我が帝国の国賓として招待する。……異論があるなら、我が軍が相手になろう」
皇帝の冷ややかな一言に、会場中の貴族たちが息を呑んだ。
弱小国に近いエストニア王国にとって、大国ギニョール帝国との戦争など、滅亡を意味する。
「レティシア様……本当に行ってしまわれるのですか?」
エレナが、勝ち誇ったような、それでいてどこか不安げな表情で声をかけた。
レティシアは歩き出す足を止め、振り返って穏やかに微笑む。
「ええ。エレナ様、カイル殿下をよろしくお願いいたします。お二人で、仲良く書類仕事に励んでくださいませ」
「しょ、書類仕事?」
「はい。私が今まで処理していた、領地の税収計算や、夜会の手配、王宮内の予算調整……。あ、引き継ぎ資料は私の部屋の机に置いてありますから」
レティシアは、驚愕に目を見開くカイルとエレナに優雅に一礼した。
そして、アラルのエスコートに身を任せ、軽やかな足取りで広間を去っていく。
「さて、レティシア。まずは我が国の名物、琥珀糖のタルトから用意させよう」
「琥珀糖のタルト……。響きだけでお腹が空いてきました」
「……可愛いな。全部、君のものだ」
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