​断罪の場に遅刻しただけなのに皇帝陛下に溺愛されています

恋守あい

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王宮の外には、漆黒の塗装に金細工が施された、見上げるほど巨大な馬車が待機していた。
ギニョール帝国の紋章である「双頭の龍」が、月光に照らされて鈍く光っている。

アラルは、レティシアの腰を抱くようにして、軽々と馬車の中へとエスコートした。
ふかふかの絨毯に、絹のクッション。
そこは、エストニア王国の王族が使う馬車よりも、遥かに贅沢な空間だった。

「……あ。アラル様、その、少し近すぎませんか?」

「……。すまない、慣れていないのだ。君を逃したくないという本能が勝った」

アラルは無表情のまま、しかし耳の先端をわずかに赤くして、少しだけ距離を置いた。
レティシアは不思議そうに瞬きをしたが、すぐにテーブルの上に置かれた銀の皿に目を奪われた。

「これは……もしや、先ほどおっしゃっていた琥珀糖のタルトですか?」

「そうだ。移動中に小腹が空くだろうと思ってな。帝国から連れてきた専属菓子職人に、今しがた作らせた」

「今しがた? 馬車の中で、ですか?」

「我が国の馬車には、簡易的な調理魔道具が備わっている。君が望むなら、いつでも焼きたてを提供できるぞ」

「……帝国、素晴らしいですね。一生ついていきます」

レティシアは迷うことなくタルトを手に取った。
サクリ、という軽やかな音と共に、芳醇なバターの香りと、宝石のような琥珀糖の優しい甘さが口いっぱいに広がる。

「美味しい……。カイル様との婚約時代には、ダイエットだと言われて、週に一度しかお菓子を許されませんでしたわ」

「……。あのアホ王子は、宝石を泥の中に捨て置く趣味でもあるのか」

アラルの瞳に、一瞬だけ鋭い殺気が宿った。
しかし、幸せそうに頬を緩めるレティシアを見ると、その殺気はすぐに霧散し、代わりに深い独占欲が顔を出す。

「レティシア。君はもう、誰に遠慮する必要もない。我が帝国では、君の笑顔が何よりも優先される」

「それは、お菓子をたくさん食べても怒られないということでしょうか?」

「ああ。むしろ、君が食べたいものをすべて用意できないことを、私は恥じるだろう」

「……。アラル様は、意外と情熱的なのですね」

レティシアが少し照れたように笑うと、アラルは視線を彷徨わせ、拳を口元に当てて咳払いをした。

一方その頃、レティシアがいなくなった夜会会場では。
カイル王子は、執事から手渡された一束の書類を前に、引き攣った笑いを浮かべていた。

「な、なんだこれは……。今夜の夜会の、精算書? なぜ私に持ってくる」

「レティシア様がいらっしゃいませんので。これまではすべて、レティシア様が公爵家の予算から調整し、支払いまで済ませておられました」

「はぁ!? 公爵家の金で払っていたのか? ……待て、この金額は何だ。エレナが注文した『バラの花びら一万枚のシャワー』の代金が、まだ未払いだと?」

「はい。レティシア様が『私的な浪費は認められません』と差し止めておられた案件ですが、殿下が強引に進められたものでございます」

エレナは青ざめ、カイルの袖を縋るように掴んだ。
だが、カイルに彼女をフォローする余裕はない。

「くそっ、あいつ……! あんなに地味に、黙々と作業していただけだと思っていたのに!」

「殿下、さらに……明日の閣議の資料ですが。レティシア様がまとめてくださっていた『下水道整備の予算案』が、未完成のままとなっております」

「……。私がやるのか?」

「左様でございます。殿下の婚約者としての責務、と仰っておられましたから」

広間に響くのは、カイルの絶望的な呻き声だった。
彼が「悪女」と決めつけた少女は、実はこの国の機能を裏で支えていた心臓そのものだったのである。

そんな騒動など露知らず、レティシアを乗せた馬車は国境を越えていく。

「アラル様、あの、もう一ついただいても?」

「……。ああ、全部食べてもいい。なんなら、私の分も君にやろう」

「まあ! では、遠慮なく!」

月の下を駆ける黒い馬車の中で、レティシアは幸せを噛み締めていた。
断罪されて、婚約破棄されて、追い出されたはずなのに。
なぜか今、人生で一番幸せな時間が始まろうとしていることに、彼女はまだ、微かな違和感さえ抱いていなかった。
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