​断罪の場に遅刻しただけなのに皇帝陛下に溺愛されています

恋守あい

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ギニョール帝国の白亜の宮殿、その大舞踏会会場。
何百もの魔導ランプが灯り、贅を尽くした空間には帝国中の有力貴族たちが集まっていた。

しかし、オーケストラの調べが止まり、会場が静まり返ったのは、その二人が現れた瞬間だった。

「……信じられん。あの方が、あの『死神』と恐れられた皇帝陛下か?」

「隣の女性を見ろ。まるで月明かりを纏っているようだ。彼女が噂の『お菓子好きの賢者』か?」

階段の上に立つアラルの表情は、これまで見たこともないほど誇らしげだった。
彼はレティシアの腰をしっかりと抱き寄せ、並み居る貴族たちを鋭い眼光で見下ろした。

「諸君、今夜は楽しんでくれ。……そして、私の隣にいるレティシア・ヴァン・ベルクに最大の敬意を払うことを忘れないように」

アラルの低い、しかし会場の隅々まで通る声が響く。
レティシアは、あまりの視線の多さに少しだけ身を縮めた。

「アラル様、皆様がこちらを凝視していて、少しばかり歩きにくいですわ」

「気にするな。彼らはただ、太陽を間近に見た住民のように困惑しているだけだ」

「それは流石に、目が痛そうですわね」

レティシアは微笑みながら階段を下りた。
彼女が歩くたびに、ドレスに縫い込まれたダイヤモンドが火花を散らすように輝く。

貴族たちが次々と挨拶に来るが、アラルが放つ「近寄るな」というオーラがあまりに強烈なため、誰も三メートル以内に近づけない。

「レティシア顧問、先日の港湾都市の件、感服いたしました! 我が領地の赤字も、是非一度ご相談を……」

「……下がれ。今は彼女のプライベートな時間だ。仕事の話をするなら、首を洗ってからにしろ」

「ひっ、申し訳ございません!」

逃げるように去っていく貴族の背中を見送りながら、レティシアは溜息をついた。

「アラル様、あれでは相談に乗ることもできませんわ。……あ、それよりアラル様。あちらのテーブルに見える、山盛りの赤い果実は何でしょう?」

「あれか? 隣の公国から献上された『紅炎苺』だ。一つで金貨一枚は下らない稀少品だが……」

「金貨一枚の苺……! 食べたいですわ!」

レティシアは、社交などそっちのけでビュッフェテーブルへと向かった。
ドレスの裾を翻し、一目散に苺へと突撃するその姿は、ある意味でどんな淑女よりも優雅で、どんな戦士よりも迷いがなかった。

「……ふむ。甘酸っぱくて、濃厚な香りが鼻に抜けますわ。これは素晴らしいです!」

「そうか。ならばその公国の苺を、今後十年間はすべて買い占めておこう」

「それは流石に独占禁止法……いえ、独占のしすぎですわ」

幸せそうに頬を膨らませるレティシア。
その様子を見て、会場の貴族たちは衝撃を受けていた。
「冷徹な皇帝が、あんなに優しそうな顔をして苺を差し出している……!」

その微笑ましい光景が繰り広げられている頃、エストニア王国のカイル王子は、暗い執務室で一人、震えていた。

「……招待状が、届いていない?」

「はい、殿下。ギニョール帝国の舞踏会、近隣諸国のすべての王族に招待状が送られましたが……我が国だけは、名簿から除外されておりました」

「馬鹿な……! レティシアは私の婚約者だったのだぞ! なぜ、彼女の晴れ舞台に私が呼ばれないんだ!」

カイルは机を叩いたが、もはや彼を諌める者さえいなかった。
エレナは、王宮の財産が底をついたことを悟り、すでに別の逃げ道を探して、怪しげな商人との接触を繰り返していた。

カイルが捨てた「地味な女」は、今や世界で最も甘やかされ、最も眩しい場所にいた。
そして彼は、その光を二度と拝むことのできない、暗闇の底へと沈みつつあった。
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