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ギニョール帝国の帝都正門前。
そこには、かつての威光はどこへやら、泥にまみれた馬車と数人の疲れ切った騎士を引き連れたカイル王子の姿があった。
「開けろ! 私はエストニア王国の第一王子、カイル・フォン・エストニアだ! 我が婚約者、レティシアを迎えに来た!」
門番の騎士たちは、憐れみを含んだ冷ややかな視線でカイルを見下ろしている。
そこへ、静かに門が開き、一頭の漆黒の馬に跨ったアラル皇帝が現れた。
「……騒々しいな。私の庭先で喚くのは、どこの無礼者だ?」
アラルの背後には、完全武装した帝国の精鋭たちがずらりと並んでいる。
その圧倒的な威圧感に、カイルの連れてきた騎士たちは一歩、また一歩と後退した。
「ア、アラル皇帝……! 貴様に用はない! レティシアを出せ! 彼女は私の婚約者だ。これ以上の不当な拘束は、国際問題に発展するぞ!」
「婚約者、か。……君はあの夜会で、大勢の貴族の前で彼女を断罪し、婚約を破棄したはずだが? 記憶力まで無能になったのか」
アラルの冷徹な言葉に、カイルは顔を真っ赤にして叫び返した。
「あれは……あいつを教育するための芝居だ! 少し突き放せば、もっと謙虚に働くと思ったのだ! さあ、レティシアをここへ呼べ!」
その時、アラルの後ろから、のんびりとした足取りで一人の令嬢が姿を現した。
彼女は、片手に大きな串に刺さった「特製焼きたてチュロス」を持ち、幸せそうに頬張っている。
「……んむ。アラル様、このシナモンシュガー、香りが最高ですわ」
「レティシア! おお、レティシア! 心配したぞ、こんな野蛮な皇帝に捕らえられて……!」
カイルが馬車から身を乗り出して叫ぶ。
レティシアはチュロスを口に含んだまま、不思議そうにカイルを見つめた。
「……。あの、失礼ですが。どちら様でしょうか?」
「………………は?」
カイルの動きが、凍りついたように止まった。
レティシアはゴクリとチュロスを飲み込むと、小首を傾げて続けた。
「見覚えがあるような気もいたしますが……。ああ、もしかして、以前の夜会で私を『悪女』と呼んで、行列に並んでいた私に怒鳴り散らした……ええと、カ……カエル様?」
「カイルだ! カイル・フォン・エストニアだ! 忘れたのか、三年間も婚約していた私を!」
「三年間……。そういえば、そんなこともありましたわね。でも、あの日、正式に婚約は解消されましたし、私はもうあなたの婚約者ではありませんわ」
レティシアは再びチュロスを一口かじり、淡々と言い放った。
「今は、アラル様にいただいたこのチュロスの味を守ることで頭がいっぱいですの。……それで、わざわざ国境を越えて、お菓子を奪いにいらしたのですか?」
「違う! お前を連れ戻しに来たんだ! 特別に、お前のこれまでの不敬を許してやる。だから今すぐその棒状の菓子を捨てて、私の馬車に乗れ!」
カイルの傲慢な物言いに、アラルの周囲の空気が一気に爆発せんばかりの殺気を帯びた。
アラルはゆっくりと剣の柄に手をかける。
「……レティシア。聞く必要はない。この男、ここで切り刻んで、我が国の肥やしにしても構わないか?」
「アラル様、それは勿体ないですわ。肥やしにするなら、もっと良質な馬糞の方が……」
「……。それもそうだな。君の言う通りだ」
アラルが冷たく笑うと、カイルは恐怖でガチガチと歯を鳴らした。
彼はようやく気づいた。
レティシアにとって、自分という存在は、もはや焼きたてのチュロス一本分の価値さえないということに。
「さあ、カイル様。お引き取りを。これ以上お話を続けても、私の紅茶が冷めてしまいますわ」
レティシアは優雅に一礼すると、アラルの差し出した手を取り、背を向けて歩き出した。
カイルの絶望的な叫びが背後で響いたが、彼女の関心はすでに「次の一口」へと移っていた。
そこには、かつての威光はどこへやら、泥にまみれた馬車と数人の疲れ切った騎士を引き連れたカイル王子の姿があった。
「開けろ! 私はエストニア王国の第一王子、カイル・フォン・エストニアだ! 我が婚約者、レティシアを迎えに来た!」
門番の騎士たちは、憐れみを含んだ冷ややかな視線でカイルを見下ろしている。
そこへ、静かに門が開き、一頭の漆黒の馬に跨ったアラル皇帝が現れた。
「……騒々しいな。私の庭先で喚くのは、どこの無礼者だ?」
アラルの背後には、完全武装した帝国の精鋭たちがずらりと並んでいる。
その圧倒的な威圧感に、カイルの連れてきた騎士たちは一歩、また一歩と後退した。
「ア、アラル皇帝……! 貴様に用はない! レティシアを出せ! 彼女は私の婚約者だ。これ以上の不当な拘束は、国際問題に発展するぞ!」
「婚約者、か。……君はあの夜会で、大勢の貴族の前で彼女を断罪し、婚約を破棄したはずだが? 記憶力まで無能になったのか」
アラルの冷徹な言葉に、カイルは顔を真っ赤にして叫び返した。
「あれは……あいつを教育するための芝居だ! 少し突き放せば、もっと謙虚に働くと思ったのだ! さあ、レティシアをここへ呼べ!」
その時、アラルの後ろから、のんびりとした足取りで一人の令嬢が姿を現した。
彼女は、片手に大きな串に刺さった「特製焼きたてチュロス」を持ち、幸せそうに頬張っている。
「……んむ。アラル様、このシナモンシュガー、香りが最高ですわ」
「レティシア! おお、レティシア! 心配したぞ、こんな野蛮な皇帝に捕らえられて……!」
カイルが馬車から身を乗り出して叫ぶ。
レティシアはチュロスを口に含んだまま、不思議そうにカイルを見つめた。
「……。あの、失礼ですが。どちら様でしょうか?」
「………………は?」
カイルの動きが、凍りついたように止まった。
レティシアはゴクリとチュロスを飲み込むと、小首を傾げて続けた。
「見覚えがあるような気もいたしますが……。ああ、もしかして、以前の夜会で私を『悪女』と呼んで、行列に並んでいた私に怒鳴り散らした……ええと、カ……カエル様?」
「カイルだ! カイル・フォン・エストニアだ! 忘れたのか、三年間も婚約していた私を!」
「三年間……。そういえば、そんなこともありましたわね。でも、あの日、正式に婚約は解消されましたし、私はもうあなたの婚約者ではありませんわ」
レティシアは再びチュロスを一口かじり、淡々と言い放った。
「今は、アラル様にいただいたこのチュロスの味を守ることで頭がいっぱいですの。……それで、わざわざ国境を越えて、お菓子を奪いにいらしたのですか?」
「違う! お前を連れ戻しに来たんだ! 特別に、お前のこれまでの不敬を許してやる。だから今すぐその棒状の菓子を捨てて、私の馬車に乗れ!」
カイルの傲慢な物言いに、アラルの周囲の空気が一気に爆発せんばかりの殺気を帯びた。
アラルはゆっくりと剣の柄に手をかける。
「……レティシア。聞く必要はない。この男、ここで切り刻んで、我が国の肥やしにしても構わないか?」
「アラル様、それは勿体ないですわ。肥やしにするなら、もっと良質な馬糞の方が……」
「……。それもそうだな。君の言う通りだ」
アラルが冷たく笑うと、カイルは恐怖でガチガチと歯を鳴らした。
彼はようやく気づいた。
レティシアにとって、自分という存在は、もはや焼きたてのチュロス一本分の価値さえないということに。
「さあ、カイル様。お引き取りを。これ以上お話を続けても、私の紅茶が冷めてしまいますわ」
レティシアは優雅に一礼すると、アラルの差し出した手を取り、背を向けて歩き出した。
カイルの絶望的な叫びが背後で響いたが、彼女の関心はすでに「次の一口」へと移っていた。
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