​断罪の場に遅刻しただけなのに皇帝陛下に溺愛されています

恋守あい

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帝国国境近くの宿営地。
ボロボロの天幕の中で、カイル王子は忌々しげに爪を噛んでいた。


「……許せん。あのアラル皇帝も、あの生意気な女も。私をあんな門前払いにしおって!」


「カイル様、もう諦めて帰りましょうよ。こんな埃っぽい場所、お肌に悪いですわ」


隣で文句を言うエレナを、カイルは鋭い目付きで睨みつけた。
すでに二人の間に「愛」と呼べるような甘い空気はない。


「黙れ! このまま帰れば、私は王位継承権を剥奪される。……こうなれば手段は選ばん。セバス、例の準備はできているか?」


影から現れた執事が、無表情に頷いた。


「はい。レティシア様に『最後のお別れと謝罪のための茶会』の招待状を送りました。場所は国境の不干渉地帯。……警備の薄い、崖に面した東屋です」


「よし。茶の中に、一時的に自由を奪う薬を混ぜておけ。彼女を無理やりにでも馬車に押し込めば、帝国の連中も手出しはできまい」


カイルの歪んだ笑みが、暗い天幕を照らす。
彼はまだ信じていた。レティシアさえ戻れば、魔法のように国政が元通りになると。


数日後。指定された東屋に、レティシアは現れた。
護衛のアラルを少し離れた場所に待たせ、彼女は一人でテーブルに着く。


「カイル様、お待たせいたしました。……それで、お話とは?」


「ああ、レティシア。よく来てくれた。これまでの非礼を詫びたくてね。この茶は、君の好きだったエストニア王宮特製の茶葉だ。飲んでくれ」


カイルが震える手で茶を注ぐ。
レティシアはそのカップを手に取り、鼻先で香りを確かめた。


「……。カイル様、このお茶、少しばかり『余計な風味』が混ざっていませんか?」


「な、何のことだ? 気のせいだろう」


「いえ。私の舌は、美味しいものと不純物を見分けるためにありますから。……これ、麻痺薬の『眠り姫の吐息』でしょう? それも、かなり安物の」


カイルの顔から血の気が引いた。
レティシアは呆れたようにカップをテーブルに戻した。


「毒を盛るのなら、せめて最高級の茶葉に、味を邪魔しない無味無臭の薬を使っていただかないと。……これでは、せっかくの茶葉が台無しですわ」


「貴様……! 気づいていたのか!」


「当然です。……アラル様、もうよろしいですよ」


レティシアが声を上げると同時に、東屋の周囲に張り巡らされていた不可視の結界が砕け散った。
そこから現れたのは、抜刀したアラルと、完全に包囲した帝国の影の部隊だった。


「……カイル王子。私の婚約者に毒を盛ろうとは。死罪でも生ぬるいな」


アラルの瞳には、これまでにない激情の炎が宿っていた。
カイルは腰を抜かし、無様に地面を這い蹲った。


「ま、待て! これはただの冗談だ! 話し合えばわかる!」


「話し合う必要はない。……レティシア、この男、どう処分したい?」


レティシアは、アラルの差し出したハンカチで自分の手を丁寧に拭うと、冷ややかにカイルを見下ろした。


「アラル様。この方は、お菓子の味も、人の心の価値も、何もわかっておられないようです。……殺すのは時間の無駄ですから、そのまま王国へ送り返して差し上げてください」


「……いいのか?」


「ええ。今の王国に戻る方が、彼にとってはどんな拷問よりも苦しいはずですから。……それよりアラル様、口直しに、帝都の有名なミルフィーユを食べに行きたいですわ」


「……ああ。君の望む通りにしよう」


アラルはレティシアを抱き寄せ、震えるカイルを一瞥もせずにその場を去った。
残されたカイルには、間もなく訪れる「王国の崩壊」という名の、終わりのない断罪が待ち受けていた。
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