​断罪の場に遅刻しただけなのに皇帝陛下に溺愛されています

恋守あい

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ギニョール帝国全土が、沸き立っていた。
稀代の冷徹皇帝アラルが、ついに伴侶を迎える。
その相手が、かつて隣国で「無能」と蔑まれていた公爵令嬢レティシアであることは、すでに帝都中の誰もが知る公然の事実となっていた。

「……アラル様、祝典の予算案を見せていただきましたけれど。これ、少しばかり無駄が多すぎませんか?」

レティシアは、サクサクと小気味よい音を立ててクッキーを齧りながら、山積みの書類の一角を指差した。
執務室には、皇帝妃としての教育を担当する官僚たちが数名、緊張した面持ちで控えている。

「無駄? 当然だろう。君を迎えるための祝典だ。国庫が空になっても構わんと命じてある」

「それでは困りますわ。国庫が空になったら、来年のお菓子の新作開発費が出なくなってしまいますもの」

レティシアは、官僚たちから奪い取ったペンを走らせ、瞬く間に数字を書き換えていく。

「ここの装飾費、高級な絹を使うより、帝都の職人組合が作った新作のレースを使ったほうが安上がりですし、地元の産業も潤いますわ。浮いた予算で、全領民に配るお菓子の質を一段階上げられます」

「な……。レティシア様、それでは流通が追いつきません!」

官僚の一人が慌てて声を上げるが、レティシアは動じない。

「追いつかせますわ。北部の運送ギルドが、冬の間は仕事がなくて困っているはずです。彼らに特別手当を出して動員すれば、三日で全土に配送可能ですわよ。……あ、その手当は、この貴族向けの余興費を削れば捻出できますわ」

レティシアが提示した「お菓子を全土に届けるための物流改革案」に、官僚たちは言葉を失った。
彼女にとっては「皆で美味しいものを食べたい」という一心での計算だったが、それは結果として、帝国の経済をかつてない速度で循環させる、魔法の数式だった。

「……アラル様。私、この予算で通してよろしいでしょうか?」

「ああ。君が正しいと言えば、それが帝国の法だ」

「ありがとうございます。では、この浮いた分で……私の結婚式のケーキ、もう一段高くしてもよろしいかしら?」

「十段でも二十段でも積み上げろ。……おい、聞こえたか。今すぐ建築家に連絡して、崩れないケーキの構造計算をさせろ」

皇帝の極端な指示に、官僚たちは「かしこまりました!」と叫んで部屋を飛び出していった。
彼らの目にはもう、レティシアは「他国から来た令嬢」ではなく、帝国の繁栄を約束する「幸運の女神」に映っていた。

数日後、レティシアは視察のために帝都の広場へと降り立った。
そこでは、彼女が手配したお菓子が子供たちに配られていた。

「これ、新しい皇帝妃様がくれたの?」
「うん! すっごく甘くて美味しいよ!」

歓声を上げる子供たちを見つめ、レティシアは満足げに頷いた。
その美しさと、民を慈しむ(と思われている)慈愛に満ちた姿に、広場に集まった人々は一斉に跪いた。

「レティシア様万歳! 帝国の至宝に栄光あれ!」

地鳴りのような歓声に、レティシアは少しだけ照れたように笑った。

一方、エストニア王国の地下牢。
カイルは、カビの生えた硬いパンを前に、虚空を見つめていた。

「……なぜだ。なぜ、あいつが……。私の前では、あんなに地味に、ただ書類を書いていただけだったのに……」

彼が気づかなかったのは、レティシアが「地味」だったのではない。
彼女が完璧に仕事をこなし、彼に何の苦労もさせなかったからこそ、彼は彼女の価値を見誤ったのだ。
失って初めて知る、代わりのきかない宝石の輝き。
しかし、その宝石はもう、彼の手の届かない高みで、新しい主と共に世界を照らしていた。
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