​断罪の場に遅刻しただけなのに皇帝陛下に溺愛されています

恋守あい

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ギニョール帝国の離宮にて、小国ボルドーからやってきた使節団との会食が行われていた。
テーブルの上には、友好の証として彼らが持参した「黄金の雫」と呼ばれる稀少な蜂蜜が並んでいる。


「陛下、そしてレティシア様。これは我が国の秘境、霧の谷でしか採れない最高級の蜂蜜でございます。一口舐めれば、あらゆる病を癒やし、幸福に包まれると言われております」


使節団の代表、マルク伯爵が慇懃無礼な笑みを浮かべて頭を下げる。
アラルは無表情にその男を眺めていたが、レティシアが興味深そうにスプーンを手に取ると、わずかに眉を寄せた。


「……レティシア。毒見が済むまで待て」


「アラル様、大丈夫ですわ。この蜂蜜からは、とても『人工的』な香りがいたしますもの」


レティシアは迷うことなくスプーンの先を舌に乗せた。
マルク伯爵の頬がピクリと引き攣る。


「……ふむ。アラル様、これ、最高級どころかただの砂糖水ですわね」


「……何だと?」


会場に緊張が走る。
レティシアは紅茶を一口飲んで口の中を清めると、淡々と解説を始めた。


「霧の谷の蜂蜜は、高山植物の花粉が含まれるため、後味に微かな苦味と清涼感があるはずです。ですがこれは、安価な甜菜糖を煮詰め、着色料と……そうですね、微量の『恍惚薬』が混ぜられていますわ」


「な、何を馬鹿な! 我が国の至宝を侮辱する気か!」


マルク伯爵が声を荒らげるが、レティシアの目は笑っていない。


「侮辱しているのはそちらですわ。この薬、多量に摂取すれば判断力を失わせるものですね。アラル様にこれを食べさせ、不当な通商条約を結ばせるおつもりでしたの?」


レティシアがそう言い終える前に、アラルが立ち上がった。
その全身から放たれる圧倒的な威圧感に、使節団の面々はガタガタと椅子を鳴らして震え上がった。


「……私のレティシアに、偽物を食わせただけでなく、毒まで盛ろうとしたか」


「ち、違います! それは……!」


「黙れ。我が国の特別顧問であり、次期皇帝妃である彼女の舌は、帝国の法と同じだ。……騎士団、この詐欺師たちを地下牢へ連れて行け。ボルドー公国には、明日、我が国の全戦力をもって返答をする」


「ア、アラル様、戦は多額の費用がかかりますわよ。それより、あちらの国の蜂蜜の利権をすべて差し押さえる方が、お菓子作りのためには有益ですわ」


レティシアが袖を引くと、アラルの殺気がわずかに和らいだ。
彼はレティシアを抱き寄せ、その額に深い口づけを落とした。


「……君がそう言うなら、そうしよう。だが、不快だ。君に不味いものを口にさせたことが、何よりも許せん」


「ふふ、大丈夫ですわ。お口直しに、アラル様が昨日買ってきてくださったショコラをいただければ、すぐに忘れてしまいますから」


「……。ああ、今すぐ用意させよう。世界中のショコラを集めてくる」


その頃、エストニア王国のカイルは、ついに貴族たちによって廃嫡が決定していた。
平民以下の暮らしに落とされた彼は、市場の隅で、かつてレティシアがよく買っていた安売りのパンを眺めていた。


「……高い。パン一つが、なぜこんなに高いんだ……」


かつて彼が「おやつ代」として笑って切り捨てていた端金さえ、今の彼には手に届かない大金だった。
レティシアという盾を失い、魔法の解けた王国には、冷酷な現実だけが横たわっていた。
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