遅咲き鬱金香(チューリップ)の花咲く日

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!

文字の大きさ
79 / 125

朝顔の悩み②

しおりを挟む
「金香ちゃん? 起きてるかい?」
 先生ではなかった。
 金香はほっとしてしまい、そしてすぐに先生にも飯盛さんにも申し訳がなくなった。
 返事をしようとしたのに声は出てこなかった。喉がからからになっているのだとそこでやっと気付く。
 昨夜から水分をなにも取っていない。そのせいだろう。
 なのでふらふらと起き上がり鍵を開けた。立っていたのは声のとおり飯盛さんだった。
「起きてこないから心配したよ。具合が悪いかい?」
「いえ、……っ、けほっ……」
 心配そうに問われて、返事をしようとしたが喉がかさついて声が出ない。喉を押さえて咳き込む。
 飯盛さんはそれを見て、「喉が痛いかい? お水を持ってこよう」と言ってくれ、そして水さしに水を汲んできてくれた。
 部屋でそれを飲み、やっと金香はひといきつく。はぁ、と声が零れた。
 今度はなんとか喋れそうだ、と思う。
 水を持ってきてくれて、一度去っていた飯盛さんが今度はお粥を持ってきてくれた。それはまったく、この屋敷にきて一ヵ月ほど経って風邪を引いたときと同じであった。
「風邪かな。夏風邪も流行っているようだしね」
「……。……そうかも、しれません」
 喋れた。
 思いながら言ったが金香の声は酷いものになっていた。
 飯盛さんはやはりあのときと同じ、お母さんのような心配顔をして金香の額に触れてくれる。「熱は無いようだね」と言った。
 それはそうだ。風邪ではないのだから。
 でもそういうことにしておくしかないではないか。
 そして具合が、……体のではなく心のだが……悪いのは本当なのであるし。
「朝の、お支度……伺えなくて、すみま、けほっ……」
 言いかけてまた咳が出た。喉が枯れているのは水分不足だけではなく、随分泣いたからかもしれない。
 思い当たってまた昨夜のことを思い出してしまった。
「ああ、無理をして喋らなくていいよ。喉が痛いんだろう」
 飯盛さんは金香のこれを風邪だと思ったのだろう、お粥を勧めてくれて言った。
「先生がおっしゃっていたよ、昨日具合が悪そうだったからそのせいかもしれない、と」
 出された『先生』という言葉の響きだけで心臓が跳ねた。昨夜のことをよりまざまざと思い出してしまって。
 そして知る。
 先生にお気を使わせてしまった。失礼だったのは自分だったというのに。
 きっと朝餉の準備にも朝餉の席にも出なかったのに誰も訪ねてこなかったのは、先生がお気を使ってそう言ってくださったからだろう。
 先生の優しさや心遣いに甘え切ってしまっていることを再び感じてしまい、またぽろぽろと涙が零れてきた。
 目の前に居た飯盛さんは驚いたろう。「どうしたんだい」と訊いてくれる。
 いえ、とか、なんでもないです、とか言いながら目元を拭ったがどう見てもなんでもなくはないだろう。
「なにか心配事かい?」
 そうも訊かれたが、今はまだひとに相談などをできる気がしなかった。
 言えるはずがないではないか。昨夜の出来事。
 金香の心情は察されたのか、なんなのか。
 飯盛さんは手を伸ばして、金香の頬に触れた。
「落ち着いたらでいいから、話しておくれ。なにかあるなら相談に乗るよ」
 昨日から涙を流しっぱなしの頬に触れ、撫でてくれる。やはりお母さんのようだった。
 違う意味で心が痛み、金香は「ありがとうございます」と言うのがやっとだった。
 飯盛さんは「今日は屋敷の仕事はいいから、寝ておいで」と、そのまま出ていく。
 やはり金香は「ありがとうございます」としか言えなくてお盆に乗せられたお粥を見た。
 それは飯盛さんの優しさである。
 そしてきっと飯盛さんだけではない。屋敷のほかのひとも心配してくれているのだろう。
 一番心配してくださっているのは源清先生に決まっているけれど。
 どうしよう。
 やはり金香は途方に暮れたものの、とりあえず、と手を伸ばした。お粥の椀を手に取る。
 優しさは有難くいただこう、と思った。
 お腹になにか入ってあたたまれば、なにか良い考えも浮かぶかもしれない、と思えたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...