渦の中

古川ゆう

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第一章

1.3 1人目、絶望の淵

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「おい、てめえ!! 聞いてんのか!!」

突如として耳をつんざく様な男の野太い怒鳴り声で結衣は意識を取り戻した。

だが、視界がぼんやりとしていて開こうとしても目は開かず状況も理解出来ないでいた。

その刹那、結衣の溝落ちに感じた事のない激痛が走った。

男は床に正座して座っている結衣の腹を蹴ったのである。

「おい、てめぇなあ。」

「泣いたって許さねえからな。」

男は怒りに満ち、結衣に激怒している。

結衣はうずくまり溝落ちを手で抑えながらも必死に目を開けた。

すると目の前には見た事もない大柄な男。

「だれ……。」

頭の中は困惑と恐怖で埋め尽くされる。

男は睨みながら「てめえ学校で何言ったんだ?」鬼の形相でこちらに顔を近づけ言ってきた。

正座をさせられ、男の言っている言葉が理解できずに俯いていた時に結衣は底知れぬ違和感を感じた。

「何かがおかしい。」

あきらかに身体が小さいのだ。

小学生、低学年くらいだろうか。

「私はビルの屋上から飛び降りて死んだ筈なのに…。どうして…。」

「この子は私?」

「私がこの子なの?」

「何で私は生きてるの?」

不安からか、結衣はズボンをぎゅうっと強く小さくなった手で握りしめた。

履いているズボンは湿っている。

男に蹴られた時に漏らしてしまったのだろう。

「おい、早く答えねえと次は…。」

男の声を遮る様に聞いた事のない女の声で

「もうやめときな。」

そう酷く冷静な声で男に言うのが聞こえてきた。

結衣はその言葉を聞き

「たすかったんだ。よかった。」

心の中で安堵した。

「それ以上やったら痕が残るよ。」

聞き間違いかとも思えたその非情な言葉は小さな背中を一瞬にして凍らせ震い立たせた。

「ああ。そうだな。」

「すまねえ。」

男の謝意は私に向けられたものではなく
女に向けられたものだと目線を見て分かった。

結衣は身体を震わしながら息が詰まりそうな程に涙が出るのを必死に堪えていた。

女はタバコをふかし
害虫でも見ているかの様な目で

あき、買い物行ってくるから勝手に外出るんじゃないよ。」と言ってきた。

喉の奥が詰まり言葉が出ず
結衣はコクッと微かに頷いた。

だが男は、満身創痍の結衣に対し
追い討ちをかけるかの如く

「出たら殺すからな。」と言い放ち結衣の頭を手で叩いた。

「うっ」と弱々しい声を漏らしてしまう。

「うるさいんじゃ、ボケ。」

知らない男と女は身支度を済ますと
結衣の存在を消し去るかの様に
家を出て行った。

2人が家を出る際にはドアの鍵を外側から掛ける音が聞こえてきた。

静寂となった部屋に、その施錠音が鈍く響き渡り、結衣の心が壊れた音が聞こえた。
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