異世界から帰れない

菜花

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スカウトは計画的に

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 沙世はさっそくリオネルに働いてもらおうとした。心細い身の上だったが、たった今初めてこの世界で仲間が出来たのだ。沙世のテンションも上がる。仲間が出来たら、一緒に食事したり買い物したり、大変なことを分かち合ったり嬉しいことも一緒に喜んだりしたい。リオネルさんは男の人だから、一緒にいればもう他の男の人が言い寄ってこないかもと次から次へと楽しい想像がわく。

 そんな沙世を尻目に、リオネルはずっと何かを考え込んでいた。

 何故だろう。今なら自分が魔獣相手に無双出来そうな気がする。早く力を解放したくてうずうずするようなこの高揚感は何だ? 人のサポートなんかより、自分で魔法をぶっ放して活躍したい。……それには今交わした約束が邪魔だ。



「あの、沙世さん。今日はもう任務をしないのですか?」
「え? ああそうだね。せっかくだから魔獣退治をして二人の相性をみようか」
「はい。今なら……俺も力になれそうです」
「リオネルさんも戦うの? ああでも、実際どれくらいなのか知っておきたいかな、確かに」



 沙世は子供なだけあって良くも悪くも単純で素直だった。考え無しとも言う。
 いきなり力を手にした人間がどうなるかなんて想像もしていなかった。







 Bランクの任務を受けた。陸タコと呼ばれる魔獣を退治する依頼で、沙世の魔力なら数分で終わる仕事だった。

 森で陸タコが現れた瞬間、「お願いです、俺にやらせてください」 とリオネルが言うものだから、危なくなったら自分が助ければいいと考えて沙世は彼に任せることにした。
 結果、沙世より時間がかかったが、リオネルは並の人間よりも高火力で正確な魔法を何度も打って陸タコを倒した。

「リオネルさん、凄いじゃないですか!」

 沙世は無邪気に喜ぶ。リオネルのことはもう大事なパーティーの一員のように思っていたので、彼の活躍は喜ぶべきことだった。
 とても戦闘が苦手な人間の成果ではなかったが、この時には沙世もこれが「限界突破」 の効果であると理解していた。リオネルのコンプレックスを克服させてあげられたんだ、と呑気に喜んでもいた。
 そんな沙世をリオネルは蔑んだような目で見る。さすがの沙世もあれ? と思ったらしい。どうしたのかと尋ねた。


 リオネルはもうその時には沙世が邪魔になっていた。おそらく先程の沙世の呪文の効果なのだろうが、自分はもう沙世を除けばこの街で一番の魔法士になったと言っていい。陸タコをたった一人で一日、いや数時間で倒せる人間なんてこの世界にも数えるほどだろう。それなのに、どうして自分より年下の小娘のサポートをしなければならないんだ? というか、沙世はこの実力を見ても自分にサポートさせる気なのだろうか?

「沙世……さん。俺のサポートは必要ですか」
「? はい。だってそういう約束ですよね?」

 沙世に悪意はない。ただ事実を言っただけだ。
 だがそれがリオネルの神経を逆撫でした。
 パーティー追放されるところを見ていたんだろうに。そういう人間が力を欲することくらいは想像出来るだろうに。力がついた今でも約束で縛って雑用させる気満々なのか。自分が底辺だと諦めていた時はそれでも仕方ないと思えたが、力がついてなお小娘の下にいるなんてこの街ではどんなに惨めで情けないことか。こっちの事情を考えてもくれないのか。

「それ、口約束であって正式に書類で交わした約束じゃないですよね」
「え?」
「俺はもう自分で戦える。何が悲しくて乳臭い小娘の世話なんてしなければいけないんだ? お前の実力なら別に俺でなくてもいいだろ。よそ当たれよ」

 沙世は突然のリオネルの豹変に驚いた。驚いたが、沙世とてせっかく見つけたパーティーメンバー候補をそんな簡単に失いたくない。

「そ、そんな急に言われても……リオネルさんは人との約束をそんな簡単に破るんですか? 大体、その力は私がリオネルさんに授けたものですよ!」

 正論だ。正論を言われたリオネルは、つい自分が言われて傷ついた言葉をそのまま世に言ってしまった。

「頼んでもいないのに恩着せがましい女だな。冒険者として生きてきた人間に雑務をやらせようなんて役割を履き違えるなよ。今の今まで俺以外にメンバーが一人もいない女一人の怪しいパーティーだったくせに。文句があるなら訳有りパーティーをやめてから言え」



 そこまで言われて追いすがるほど、沙世のプライドも低くなかった。
「じゃあ、ここで……さよならですね」
 そう言って沙世は背中を向けて去った。
 リオネルは少しだけ罪悪感に苛まれたが、この先一生恩に着せられてはたまらないと納得させた。







 その日からリオネルは「銀髪の貴公子」 と呼ばれて街の花になった。実力でいえば沙世のほうがずっと上なのだが、世間というものは見た目を重視する。ザ・一般人な沙世より見目麗しいリオネルが騒がれるのは自明の理だった。
 華麗に魔獣を退治する姿は数少ない女性を皆虜にし、男すらもその実力には舌を巻いて絶賛した。
 追放した仲間が「戻ってこないか?」 とリオネルに言ってきたが、鼻で笑って追い返したのは言うまでもない。
 全てが絶好調のリオネルは女遊びに走った。男が多い街なので自然とそういう店も多い。全ての店に馴染みの女性を作って夜ごと華やかに遊んだ。女性達は戦闘の様子は知らなくても活躍は耳に入っているとリオネルを絶賛するし、素晴らしい戦士だと持ち上げてくれる。実力を目にしても自分の下につけと言ってきた沙世とは大違いだと喜んだ。







 沙世はリオネルに手酷く拒否されてしばらく凹んでいた。だがよくよく考えれば、許可もとらずに勝手に力を与えて、明らかに戦闘向きな仕様になっていたのに約束は約束だとサポートをさせようとして、確かに無神経な一面は自分にもあったなと徐々に思い始めていた。
 なら、同じ間違いをしなければいい。
 そう思った沙世は次の仲間を探すことにした。こう見えて切り替えは早いのだ。

 今度はちゃんと許可をとって、そのうえでサポートしてくれるかって選択肢をちゃんと示して、限界突破もタダでやるんじゃなくて報酬で与えるってことにすれば余計なトラブルにならないかな。いや、何ならこんな能力があること自体黙っていればいい。何でもかんでも相手に話す義務なんてないし、最悪こちらが損するだけだ。
 リオネルの件は残念ではあったが、それでもあんなに困っていた彼が活躍して元気になったのなら無駄ではない、と思いたい。

 その日は週に一度の買い物に出かけたところで、思わぬ拾い物をした。

 小汚い男の子が偉そうな男達に重い荷物を持たされこき使われているところを目撃した。男の子はふらふらと歩いていたが、やがて疲労が限界に達したのか糸が切れるように倒れてしまった。

「レジス! 道端で寝やがって常識のないやつだな。時間までには宿に戻れよ!」

 男の子はレジスというらしい。リーダーらしき男の言葉にさすがに異を唱えた人間もいたのだが、強く言い返されて黙っていた。

「可哀想だ? ふん、俺の方が可哀想だろ。レジスは親父の愛人の子なんだ。俺は愛人のところに入り浸る親父を見て育ったんだぜ? 愛人が病気で亡くなったからって何だ。視界に入るだけでむかつくやつの世話頼まれるなんてやってらんねーよ。クズの息子はクズだ。だから俺がしつけてやってんだよ」

 そう言ってリーダーは本当にレジスを置いて行った。気の毒で仕方なかった沙世は、レジスを宿に連れ帰ることにした。人の目に見えなくなる魔法をかけて、風魔法で浮かせて運ぶ。やせててガリガリの身体なので何歳か分からないが、多分同い年か少し下くらいだろうか。







 目を覚ましたレジスはここが天国かと思った。ふかふかの布団なんてもう何年振りだろう。兄は決して自分がこういうのを使うことを許さないからきっと死んだんだ。この気持ち良さにもう少し浸りたい……。

「お目覚め? レジスくん」

 天使の声かと思った。違った。この辺りでは有名な戦場の流星の声だった。

「倒れていたから思わず連れ帰ってしまったんだけど、迷惑ではない?」
「それは……ありがとうございます」
「本当なら保護者に連絡するべきなんだろうけれど……貴方はあのパーティーに戻りたい?」
「……」

 戻らなくていいなら戻りたくない。それがレジスの本音だった。
 黙ったのを見て察した沙世は、これならいけるだろうとレジスに契約をもちかける。

「私に協力してくれるなら、戻らなくてもいいようにしてあげる」

 レジスは、あの戦場の流星ならそれくらい出来るだろうなという確信があった。最近でこそ銀髪の貴公子の影に隠れているが、単純な実力だけなら戦場の流星のほうがずっと上だ。

「諸々のサポートを頼みたいの。ああ、姿を変える魔法も使えるから安心して。何でこんな依頼をするかって? 図書館に入りたいんだけどまだお金が足りなくてね。一人では限界がある」

 レジスに断る理由はなかった。仮に彼女が悪魔だったとしても、異母兄よりはマシだろうと思っていた。

 沙世はレジスの了解を得て、さっそく前から目をつけていた一軒家を買い上げて居を構えることにした。ここは一人だけだと高くなるが、二人以上だと安くなるのだ。このお金を図書館に使えばもっと早く入れるのだろうが、元の世界でも浮浪者は公共施設の利用を断られることがあった。この世界の住民票を手に入れて、あとは図書館に行く費用……の前に、人を雇うんだからレジスのぶんの身の回りの道具を揃えないと。ブラック上司にはなりたくはなかった。遠回りだが、確実に行くためだから仕方ない。







 沙世にとって世話役がいる生活は想像以上に楽だった。起きたら着替えも朝食も用意されていて、買い物もレジスがやってくれている。ちなみにレジスにはいかつい男に見えるように魔法をかけてある。仕事から帰ったら風呂の準備も寝る準備もしていあった。なんだかお嫁さんでも貰った気分だ。何より、ただいまと言っておかえりなさいと返事がくるのは何度味わってもホッとした。

 レジスもレジスで殴られないし美味しいものが食べられるし、ふかふかの布団で寝られるこの環境が最高だった。もう戻れと言われても戻りたくない。いや、戻るかもしれない。こんな優しくて素敵な人に言われたらどんな命令でも従ってしまうかもしれない。

 レジスの献身的なサポートは沙世を身軽にした。家事をしなくてよくなったので時間がとれる。空いた時間で更に任務をこなす。あっという間にまとまった額が手に入った。早速図書館……いや、念のため余裕が出るまでもうちょい頑張ろう。あとは……。

「レジスくん、足りないものとかない?」

 沙世はこうして定期的にレジスに確認した。リオネルの件で自分にブラック上司の片鱗があるかもしれないと思ってから、ブラック上司にならないように必死だった。

「ええと……調味料がそろそろ無くなりそうですね。あと家の横の木が隣家にはみ出ていると苦情が来たので、伐採道具があればと」
「なるほど。分かった……ってそうじゃなくて、なんかこう、私に不満とかあったら……」
「とんでもない! 以前と違ってパーティー全員の世話どころか沙世様一人のお世話だけで済むなんて、とても快適です。しかもこうして度々気遣ってくださるし、沙世様は優しい方です。僕の女神です」


 女神。そうまで言われて沙世の頬がボッと赤くなった。

 レジスを拾ってはやひと月。彼は見違えるように健康になった。こけていた頬はふっくらとして、ガリガリだった身体も少しずつ肉がついてきた。荒れ放題だった茶色の髪も肌も綺麗な色つやが出て、何の光も映さないように見えた灰色の目も今はきらきらして……何というか、こうしてみるとリオネルにも負けないくらいの美少年に見える。
 彼をこうまで育てたのは私なのよね、と大勢に自慢してやりたい欲求に駆られたが、すぐ反省した。
 これだからリオネルに嫌われたんだ。もっと慎ましく生きなきゃ……。




 その日、沙世が任務完了の報告をして報酬をもらうためにギルドの受付に行くと、やたら荒れているパーティーがいた。

「だから、何で補充がされてねーんだよ!」
「知らねーよ俺がやってたんじゃないし……つか気づいたやつがやればいいだろ」
「前もって準備しとけよそれでも俺のパーティーの一員なのか! 気が利かないやつはレジスみたいに追い出すからな!」
 鼻をならして去っていくパーティーリーダー……レジスの異母兄だ。その異母兄が去ると、残っていたメンバーが口々に不満を漏らした。


「……最近何かにつけてやたら怒鳴りやがって……」
「自分がなんもしないくせに他人に何でもやらせようとするの傲慢だろ。今月なんか何の報酬も貰ってないし、もう潮時だな」
「パーティー抜けるって言ってこようか?」
「よせよせ、あんな生意気野郎にそんな義理あるか? 黙ってバックレちまおうぜ」

 沙世は責任を感じていたが、だからといって今の異母兄のところにレジスを返したら、今までの何倍も当たり散らされそうで出来なかった。まあ、今まで普通にパーティーやれてた人なんだから大丈夫だよね、と思って頭の片隅にしまった。その後、異母兄の姿を見ることは無かったので、思い出すこともなかった。







 お金が溜まった。時間も空いた。これでようやく図書館に行ける。
 その日の朝、沙世はうきうきだった。

「沙世様、今日はどちらへ?」

 朝食の時、レジスは毎回沙世がどこへ行って何をする予定なのか聞いてきた。沙世は少しばかり束縛されているみたいで重く感じなくもなかったが、異母兄と離れた今、頼れるのは沙世のみとなったレジスの立場を思えば仕方ないことなのだろうと思い直した。


「図書館に行ってくる」
「調べものですか?」
「うん。一日そこにいると思う」
「何を……調べるんですか?」
「……色々ね。私まだ知らないことが多いから」

 ついはぐらかしてしまった。異世界転移の情報なんて言ったら、自分が異世界人だと白状するようなものだ。あくまで上司と部下のような関係なんだから、間に信頼というものはまだ無いんだから、それを言う訳にはいかない。

 レジスは少し納得していない表情を見せたが、聞かれたくない様子の沙世を見てそれ以上の追及はしなかった。
 朝食を食べ終わった沙世は元気よく出かけていく。彼女がいなくなったのを確認して、レジスは日課の掃除を始める。

 こぢんまりとした小さな家だが、部屋数はそれなりにあるし、少し歩けば庭の奥には物置もある。家の中を片付け終わったレジスは物置に向かった。
 そこには沙世がいらなくなったから捨ててほしいと頼んできた沙世の私物がそこかしこに保存されていた。

「沙世様……僕の救世主……」

 頬擦りしたり吸ったりしながら幸せを感じる。地獄のような環境から救い出してくれたのは沙世だけだった。
 これを知られたら面倒だろうが、彼女は私物が驚くほど少なくわざわざ物置まで使うほど場所に困っていないから当分は大丈夫だ。



 その時、奥でカタンと音がした。



「……まだ生きていたのか」



 猿ぐつわをはめられて今にも死にそうな隣人の男がそこに居た。



『俺も昔は人に言えない仕事をしていから分かるんだよ。あんたら訳有りだろ? 黙っててやるからあの小奇麗なお嬢ちゃん一発貸せよ』
 ここに来て二日目。笑いながら隣人の男がそんなことを言ってきた。
 咄嗟に絞め落としてここに監禁してしまった。女神を汚そうなんて許されない。僕は何も間違ってない。
 女神の私物を集めた聖域に置くのは嫌悪があったが、背に腹は代えられなかった。
 異母兄は動物を懐かせるのが上手かった。その方法は、他の人間に命令して動物を縄で木に縛らせ、何も食わせない状態で数日過ごさせてから、異母兄が優しい人間面してご飯を差し出すとあっという間に懐くという。すっかり人間不信になった動物から噛まれることもあったが、それを我慢して優しくすれば、あとはもう従順な駒になるんだとか。
 だから自分も同じことをした。従順になったら見逃してやらなくもなかったのだが。
 もうだいぶ弱ったしいけるかなと猿ぐつわを外すと隣人は唾をまき散らして吠えた。

「殺してやる! タダで済むと思うなよ! お前ら豚箱行きだ!」

 仕方ない。女神の手を煩わせる訳にはいかないのだ。幸い道具も女神が買ってきてくださった。



 こんな男はいなかった。そう、最初から。
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