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序章 タダ飯を食らう者

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「クソッ、何が祓い屋だ・・・」

 自室に入るなり鞄を机に投げ、そのまま畳に転がり込む。

「世間一般からしたら『祓い屋』なんて職業はねぇよ、ただの無職同然だっての!」

 『祓い屋』としての仕事が面倒だからと長男の俺に仕事をやらせ、当の本人は自宅の客の来ない店で日中はダラダラと店番。

 腹が立ってしょうがない。

 親父から押し付けられた仕事のせいで今日も散々な目に遭った。

「祠の掃除してこいって言うから行ってみたのによ」

 祠は山の奥の奥で、クモの巣に何度も引っ掛かるし、石に足をとられるし・・・。

 やっとこさ辿り着いて、いざ祠の掃除をやろうとするも、祠は廃れ祀られている筈の土地神さんは既に家出済み。

 あんだけ苦労したのに!?

 あの時は誰もいなかったから思わず発狂してしまった。

「帰り道はあやかしに襲われて逃げ続けていたら迷って、帰宅したのは六時半・・・フザケンナッ!?」

 苛々が収まらず畳の上をゴロゴロと転がっていると、勢いよく襖が開かれる。

 現在中学一年生で弟の守継が腕を組んで俺を見下ろしている。

「兄ちゃん、飯だから降りてきてだって」

 目が合いそれだけ言うと弟は部屋を出ていった。

「ほーい」

 遅すぎる返事をして、俺は制服を脱ぎ部屋着に着替えて佐崎一家の待つ居間へと向かう。

 居間に入ると源信とその妻である弥生、源太郎の弟の守継と祖父の源兵衛が料理の並んだ食卓に座っていた。

「源太郎ー、はいご飯よ」

「ありがとー」

 母である弥生から白米の盛られた茶碗を受け取り守継の隣、いつもの席に腰を下ろす。
 
 弥生は全員に皿が行き届いていることを確認すると合掌をし、それを見た全員が合掌をする。

「全員揃いましたね。それではいただきます」

『いただきます』

 揃った声で言うと弟はおかずに、じいちゃんと親父はビール瓶を一本開けて互いの杯に注ぎ、コツンと小気味良く音を立てる。

『んっ、んっ、んっ~プッハァー!!』

 二人ともビールを一気に飲み干して一息ついておかずに手を出す。

「毎日毎日飲んでるけど大丈夫なの?」

「んぁ?大丈夫、大丈夫。こんなんじゃ死なん死なん!」

「いいか!酒は百薬の長と言ってだな・・・」

 守継が尋ねるが大人二人は気にするどころか、再びビール瓶を手に取り注ぎ込む。

「お前はあんな風になるなよ守継?」

「分かってるって、あんなに呑んでたら癌になって早死にしちゃうよ」

 心配する俺を他所に守継はおかずとご飯を口に運びながら、淡々と語る。

「しっかりしてるな・・・」

 つい二ヶ月程前まで小学校に通っていたとは思えない物言いに違和感を覚えるどころか感心してしまう。

 この二人を見て育てばこういう風に育つのか?

「反面教師とも言うわよ?守継おかわりは?」

 弥生はさらっと夫を子供の教育教材として利用していることを口走る。
 俺も反面教師にしてきたはずなんだけど?

「源太郎!またしくじったらしいの!!」

 祖父、源兵衛はおかずを飲み込むと触れて欲しくない話題を食卓に持ち込む。

「何でじいちゃんまで知ってんだよ・・・」
 
 俺がまさかと思い親父に目をやると既に出来上がりつつあったため、その間抜け面な表情からは本心を読み取ることができない。

「馬鹿者!一家の長たるワシのところには協会を通じて色々入ってくるんじゃよ!情報が!」

 なるほど、協会め・・・ちょっと偉いからって他人の監視まで付けやがって!

 源兵衛は懐から一枚の紙を取り出す。
 何をするつもりだと気を張っていたら、一つ咳払いをして紙に書かれてあることの内容を音読し始める。

「ごほんっ!!」

『祓い屋佐崎家八代目当主佐崎源兵衛殿。この度は協会からの依頼をお受けくださりありがとうございます。協会を代表してお礼申し上げます。
『報告』
 さて、此度の依頼は《土地神の祠の手入れ》ということで、御子息である源太郎殿が向かってくれました。
 道中険しい道のりに少々愚痴を垂れつつも石に躓き、クモの巣に掛かりながら祠へと辿り着き増した。
 想像以上に荒れていた祠を懸命に手入れされる様子には大変感服いたしました。
 ですが、祠にいるはずの土地神の姿が見当たらず、どうやら家出済みの祠だったようです。
 帰り道には不意打ちで妖に襲われるものの、見事な逃げ足を披露してくれました。
 以上が今回の報告にございました。
 担当者 黒子 』

「とのことらしいぞ?」

 源兵衛は紙を折り畳むと再び懐に仕舞い、やれやれとでも言いたげな顔で源太郎を見る。

「ブハハハッ!妖に襲われてぇ逃げるだぁ~!?そんなぁ風に~育てた覚えはねぇぞぉ~!?」

 出来上がっている親父は顔を真っ赤にして俺を指さし爆笑している。

「うるせえな・・・」

 ただ俯くだけで言い返す言葉もない。

「そろそろ佐崎の長男である自覚をもたんか。
 お前が生まれつき力の弱いことはワシらは百も承知じゃ、それでもお前に『源』の名を与えたんじゃ。
 少しは自分の頭で考えてみろ源太郎」

 代々この土地で祓い屋として住み続けている佐崎家は、長男として生まれた男が『源』の名を与えられ、一家の長として協会から斡旋される仕事や一般人からの依頼をこなし今までこの地で暮らしていた。

「ごちそうさまでした」

 居心地の悪さしか感じることのできなかった源太郎は逃げるように自室に戻る。
 畳の上に腰を下ろして、右手の手の平に力を込める。

 蝋燭ほどの大きさの光が手の平でユラユラと宙に浮いている。

「分かってるっての・・・」

 手の平で揺れている光は俺自身の祓い屋のとしての才能の無さを際立たせる。

 小さい頃は親父からも「子供の時はこんなもんだ」と教えられ、「時期に大きくなるもんだ」と言われていたが気がつけばもう高校生。

 光は大きくなることはなかった。

「こんなんじゃ、小物一匹相手にするのがやっとだぞ・・・」

 いつの間にか独り言で自虐をするようにもなってしまった。

「はぁ・・・」

 源太郎の溜め息が蝋燭ほどの光を揺らし、光はゆっくりと消えた。
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