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〜「大丈夫」は誰から? 悲愴な私でありたい〜

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冷たいビールが私を一気に現実に戻した。
部屋の電気は消えて、窓の外の街灯や店の看板のライトが時々、私を照らす。
ドラマなら美しくて切なそうな女優が綺麗に映る部屋だろう。
でも、現実に美しさを纏った儚さなんてないのだ。
部屋の鏡には哀れで、醜い自分が映っている。
そして、私の隣には2人の男が爆睡中だ。 誰も聞いていないため息をつきながら、布団をかける。
この人達は、私の何を知っているのだろうか。

さっきまで、昔話をしてうるさかった部屋は、真っ暗で私が動く音しか聞こえない。
私の存在は所詮、そんなものなのかと2人への対抗心が芽生える。
そんなことでムキになってどうするのかと馬鹿にされた気がして、お酒で流してみた。
でも、今日だけは小さくて無駄な、可愛く思える感情で心を埋め尽くしたかった。
誰にも言えない、吐き出すこともない、男の関係で心も体も埋め尽くしたくなかった。

私は、馬鹿な女で加害者の女だと思い知らされた1年間の関係。
生ぬるい酒を水のように呑んだ。喉がグッと熱くなる。部屋がほどよくゆらめいて、体もほどよく温かくなる。
定まらない瞳を、部屋の隅に置いてある半分残ったバーボンに向ける。
負の感情のまま酔ってしまうと、ろくなことにならないのだと自覚する。
あの男の『バカだな、お前』と黒とピンクが混ざったような声が頭に響き始めたからだ。
気づけば、バーボンとミネラルウォーター、煙草を持ってベランダにいた。

少し、遠くでどちらかの寝言が聞こえる。今日だけは、許してね。そして、起きないでねと心の中で呟く。
すっかり、馴れてしまった手つきで煙草に火をつける。
1年前に教わった、タバコのふかし方なんて無視して思いっきり吸った。 バーボンも一気に飲む。
喉が焼けるのかと思うほど、きつかった。それでいい。それがいいのだ。
美味しくもないし、あの男との記憶も消えない。 でも、何かが足りない今の私にはちょうど良かった。
半分あったバーボンはものの30分で飲み干した。夜景は、気持ち悪いぐらい揺れて、体は暑さを通り越して、寒くなる。このまま、アルコール中毒で死ぬのかと回らない頭でぼんやりと考える。
最期の一服をとタバコを取り出す。火を付ける前に、猛烈な吐き気に襲われる。
2人がいることも忘れ、重すぎる足を絡めながらトイレまで向かう。
胃がひっくり返ったかのように吐く。吐瀉物からは、バーボンの香りと1時間前に食べた焼き鳥だと思われるゴミのような塊が出た。息を吸っては吐いての繰り返しでさすがに苦しい。
4歳の気持ちになって、孤独と吐き気の苦しさで胸が締め付けられる。涙は、零れそうで零れない。
息は上がって、意識がなくなりそうなのが自分でも分かる。 あぁ、このまま死ぬんだ。自業自得だ、薄っすらと笑いが込み上げる。トイレの便座にもたれて、意識がとぶのを待つ。バーボンの香りと生ゴミの匂いで死ぬのかと思うとまた吐き気がした。

ふと、足音が聞こえて誰かが私を包む。温かくて、大きい何かが私の背中を擦る。
さっきまで、吐き気を催す匂いが、落ち着くいつもの匂いに変わっていることに気づく。
新鮮な感覚に意識が戻って誰かの声が聞こえる。私は、今更ハッとした。
相手の反応が気になって、顔色を伺うかのように
「蓮…」と島原蓮の名を呼んだ。
「大丈夫か?有紀、 吐いていいから。」それ以上何も言わず、私の背中をさすり続けていた。
酔ったせいか、はたまた幻覚か、蓮とあの男の姿が重なって仕方がなかった。声も匂いも顔も違うのに、
どうして、私を愛してくれないの?と聞きたくなるぐらい、何かが似ていた。
気づけば、私は涙が流れ、
「ごめんなさい、ごめっ、こんなっ、私っ」と蓮に泣きついていた。
「いいから、大丈夫だから、ゆっくり息して、ね?」そうギュッと抱きしめる。
またあの男と重なって私は涙が止まらなかった。
『秘密なんて、簡単なことじゃないんですよ。俺たちは一生、愛し合えないんです。』
男の真っ黒な声が聞こえて、喉が締まる。
「っ、どうして、どうしてっ、っ、あああああっっ‥」
口元を押さえながら、蓮の肩を叩き続けた。
蓮は抱きしめるばかりで、何も言わなかった。
泣きつかれたのか、意識がなくなりそうなのか、目がどんどん重くなって、蓮の肩がぼんやりしてきた。
蓮の穏やかな声が聞こえた気がした。
「だいじょうぶだから、だいじょぅ‥有紀…」
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