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1章 異界の地
第五十三話 暗色
しおりを挟む正午を少し過ぎた時間、モンタスの街にある食堂はどこも一杯になる。
客は港に停泊している船舶の船員、船荷を運ぶ作業員や、商品を取り扱う商人等が大半だ。
だが、いつもの活気溢れる街の景観は無く、走り回る騎士達の姿を不安気に見る人々の姿が目立つ。
実際、冒険者ギルドの食堂でも影響が出ていた。
「実際不味い状況だよなー」
ギルド内にある食堂の卓を囲んでいた冒険者が、大きめなゴブレットを傾ける。
「まぁ…前の小競合いから四年か…考えりゃ不思議じゃ無いが…」
「情報だと、ランテレス将軍直々の出馬らしいぜ?」
「!まじかよ……ローシャは何してんだ?」
「さぁな?ローシャが破られたって話は聞かないな」
ローシャは、サルモン辺境伯が治める国境都市。堅固さにおいて、モンタスよりも遥かに頑強に出来ている。
「じゃあサルモンの野郎が、わざとマーレ軍を見過したって事か?」
「そうなるだろうな……あの数の兵士を気付かなかったは無理があるだろ」
男達が黙り込む。
カンカン!カンカン!
ギルド内に鐘の音が鳴り響いた。
食堂にいた冒険者達の顔が引き締まる。
「……やっぱこうなるよな…」
緊急依頼を知らせる鐘の音が響く。
ゴブレットの酒を一気に飲み干し、冒険者達はギルド受付ホールに向かい歩き出した。
「ユウジはどうするんだ?」
ジャンが煮豆を口に運びながら質問してきた。
「戦いますよ。戦争なんてやる気無いんですが、知らん顔も出来ませんし……色々も柵出来ましたから…」
「ロゼは……聞くまでも無いか」
当然とばかりにロゼは肯く。
「メルカス伯爵は、騎士団全軍をモンタスへ進軍させてます…が」
「早くて四日って所だろうな…戦力差四倍はキツイが、やるしか無いだろうな」
ジャンが腕を組みながら天井を仰ぎ見る。
「因みに俺とバロンドは残るぜ。モンタスが落ちたら洒落にならないからな」
ジャンの言葉にバロンドが肯く。
「まぁしかし、これでサルモンがマーレに与してるのが明白になったが、……にしてはマーレ軍の数が少なく無いか?」
バロンドの疑問は当然だった。
一国が他国に攻め入るのにたかだか三万程度の数で済まないはずだ。
「まさか奴ら…沿岸を伝って各領の港街を落とす気じゃ無いだろうな?」
ジャンの言葉に誰もが眉を顰める。
「…まさか。いくらなんでも、そんな海軍力マーレに無いはずよ?」
「そうなんだが……大体サルモンの所の動きが分からないのが辛いな…」
当然なジャンの心配に俺は考え込む。
「ジャンさん、マーレ王国が侵攻してくるにはサルモン辺境伯のローシャを通る以外に進路は無いんですか?」
「もう一つルートがあるには有るのよ。山越えになるけどサルモン領の北方、リネンを通るルートね」
俺の質問にロゼが答えた。
「過去に一度だけリネン近郊で戦闘が行われた事があるな……あれは酷い戦いだった…」
ジャンの顔が曇る。
「仮に、サルモン辺境伯がマーレ王国と繋がってるとして、サルモン辺境伯の目的は何でしょう?」
俺の疑問に三人が考え込む。
「サルモンの糞がマーレに義理立てする理由は無いだろうな…あいつはグレイヤード王国の生まれだしな…」
ジャンの言葉にロゼとバロンドが肯く。
「十三年前、仮に王弟が勝っていたら、この国は今より良くなっていたと思いますか?」
「……随分大胆な事聞くなユウジ…」
ジャンがびっくりした顔をする中、考え込んでいたロゼが顔を上げる。
「私の知る限り、王弟ジェラード様は現状よりは良い統治をすると思うわ」
「まぁ、そのあたりは俺みたいな冒険者にはわからんな…」
バロンドがロゼの言葉に肩を竦めた。
「……ユウジは、サルモンの裏切りにはそれなりの理由があると言いたいわけか?」
「……理由はあると思います。裏切りはその場の思い付きでは無いでしょうからね……ともあれ、今は目の前の脅威をどうするか?ですね」
バロンドが肯く。
「メルカス伯爵の軍が到着する迄は多分…籠城戦になるだろうな」
「モンタスの街は港にも塀があるから助かる。無かったら籠城出きねーからな」
籠城戦か…
マーレ軍もこちらが籠城戦をする事は戦力的に予想はしているはず…
「俺達冒険者も多分騎士団に協力する事になるだろうな」
「……冒険者が規律ある動き出来るんですか?」
俺の疑問にジャンとバロンドがニヤリと笑う。
"無理だな"と二人が口を揃えて言うのを見て、ロゼが溜め息を洩らすのだ。
まぁ、そりゃそうだろうと俺も思うのだ。
「基本的に、騎士団が俺達に望むのは敵の人数減らしだけさ。何等かの作戦がある場合だけ、事前に告知する位だな」
「ただ…このモンタスに攻め入る気満々の面子がな…」
バロンドの呟きにロゼも肯く。
「血風、ザイルバーン王子、ラン テレス将軍よね?」
「ああ……マーレの思惑が分からんが、ユウジやロゼの能力は、メーガン伯爵やユーリヒにとって大きな助けになるからな。飯食ったらグレイズの旦那と連絡取るか」
カンカン!カンカン!
カンカン!カンカン!
遠くで鐘を叩くような音がする。
食堂に座る幾人かが険しい顔をして立ち上がる。
「……何の音ですか?」
「…ギルドの緊急招集の鐘だ……どうやらメーガン伯爵から冒険者ギルドに協力要請があったようだな…」
バロンドが肯く。
「慌てても仕方ない。基本的に籠城戦になるだろうから…今のうちにゆっくりと飯でも食っとくに限る」
バロンドの言葉にジャンが首を捻る。
「…籠城戦で時間が稼げりゃ……まぁ、そんな生易しい奴らじゃ無いだろうな」
血風やザイルバーン王子、ランテレス将軍と言う実力有る人材が、このモンタスに集まっている理由が分からない。
ジャンの言う通り、強固な壁を持つ街を攻めるなら、当然籠城戦は想定してるはずだろう。
(……と、なると受けは危険か……)
「……儂は余り気が進まんな…」
椅子に掛け、腕を組んだ男がボソリと呟いた。
ランテレス将軍。
長年マーレ王国軍を率いて来た老齢の男は、血風が考案した作戦に気の進まぬ様子だった。
「まぁ、そう言うなランテレス。味方に被害が少ない良い作戦だと思うぞ?」
ザイルバーン王子が苦笑する。
「…じゃが、魔物を完全にコントロール出来るのか?出来ねば市民に被害が出る」
ランテレスがジロッとザイルバーン王子の横に立つ女を睨んだ。
「ランテレス将軍の御心配は当然ですわね。でも、御心配いりませんわ。人間と違って、魔物は力の有るものに絶対服從ですの」
血風の言葉に"フン"と鼻白む。
「まぁ良い。お主が騎士の気概を軽んじてるのは良く理解した。魔物を使うなど騎士に思い付かんわ」
「お褒めにあづかり有難う御座います」
ザイルバーン王子が、テーブルの上に置かれた小さな笛を手に取る。
「イネイラ、好きにやれ」
小さな笛を受け取った血風が、肯くのを見て、ザイルバーンは少し目を細める。
「ところでイネイラ。お前が気にしている冒険者は出てくるのか?」
「…キュイラスの娘と良い仲の様に見えましたからね…間違いなく出てきますね」
ザイルバーンと血風の会話にランテレスが首を捻る。
「何じゃ、その冒険者とは?それにキュイラスの娘だと?」
ランテレスの疑問にザイルバーン王子が肯く。
「悪い悪い。ランテレスには話して無かったな。……あの街にキュイラスの娘が冒険者として滞在しててな」
「ほう……」
ランテレスが自慢の髭を撫でる。
「イネイラが言うには、キュイラスの娘と一緒に行動してる冒険者……そいつの実力が計り知れないらしい」
「……成る程…実際どうなんじゃ?キュイラスの娘の加重魔法は、確かに脅威だが、それでも数で圧倒出来る。…で、その冒険者はどうなんじゃ実際?」
ランテレス将軍の質問に首を横に振るイネイラ。
「作戦を考案した、私が言うのもなんですが、あの冒険者に関しては未知数ですわ」
「おぬし、それを知って作戦を考案したのか」
「未知数は未知数ですわ。この作戦が失敗するなら他の手も意味が無いと思いますわ」
ランテレスが椅子の背もたれに背を預ける。
「……まぁ最悪、我々も派手に時間稼ぎをすれば良いだけだしな…」
ザイルバーン王子が苦笑する。
「モンタス、メルカス伯爵のサージュ。ジグスタン領のトーンヘルブには少数だが軍船を回しているから、動けぬだろうよ」
「……後は奴の働き次第だな……」
ランテレス将軍が遥か北方を進んでいる友軍を思い目を閉じた。
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